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キリング・ミー・ソフトリー【小説】99_ "STAY GOLD" !!!


舞い上がって自惚れるな、相手は莉里さんだ。
近頃は比較的、仲が深くなって距離が縮まり、ほんの少し心を開いてくれたと迂闊に交際を申し込んでみろ、また無知とか子供だからなどと拒まれる。
彼女が求めるのは友情、もしや微かに愛情も含まれるかも知れないが恋愛対象外。


しかし随所でこちらに笑いかける姿があまりにも愛らしくて、必死に言い聞かせなければ勘違いしそうな程だった。
上着を脱ぐとオーバーサイズのニットが現れたのもあざとい手管としか捉えられず、従来のフェスでは窺えなかった部分を覗かせる。


会場の下見に行き、徒歩圏内にあるショッピングモールで一旦ゆっくりお茶でもしようと向かい合わせに座って語らう現実を噛み締めた。彼女のショルダーバッグの中にはライブ用の衣類が入っており、この後着替えるという。更に大好きなバンドのツアーが待ち受けるとは、これ以上幸せに満たされて良いのだろうか。
夢や幻の類いではないことを切に祈る。


揃いのTシャツを身に付け、ゲストで早くも興奮状態に陥り、首を長くして〈彼ら〉を出迎えた途端、莉里さんが震えた。割れんばかりの歓声と共に1曲目のイントロが始まる。一気に鳥肌が立ち、すかさず背中に飛び乗った彼女が前へと流れていく。
昼間にカラオケで捧げた、幾つか存在するうちのラブソングが早々に披露される……どうせ気付いちゃいないけど。


通常は耳障りな他人の歌もいっそ好ましく誰もが皆、口ずさむ。
前回の帰り道で莉里さんにフラれた記憶が呼び起こされ、暫しの間は殆ど聴けなくなってしまったのにこうしてライブを観に来るとは奇妙な感覚。伝説の名に違わぬヒーローはやはり最強にカッコ良かった。


恐ろしい勢いでダイバーが湧く為、モッシュピットに留まるのも命懸けだが昨晩、高速バスでの移動中に演ってくれたらいいな、メジャーな路線でもあるまいし無理、と勝手に決め付けて諦めたナンバーが古株を泣かせるべく選ばれ、信じ難い奇跡に涙が溢れる。
こんなに咽ぶのは初めての経験、ありがとうと気持ちを込めそのまま駆け抜けて宙を舞った。


以降、何度となく感動と熱狂の連続で涙腺が刺激される。周りと肩を組んで合唱し、暖かい大人達に頭を撫でられ、思う存分投げて貰って、ハイタッチした。
自分が生まれるより先にミリオンヒットのアルバムを叩き出す、つまり世代に当てはまらない19歳が何故泣きじゃくるのやら。
形而上的不可視、魔法か特効薬には成り得ず、されど浴びれば力を与えられる、音楽とは。


お願いだから終わらないでくれ、ずっとここにいさせて欲しい。


またも全員で笑って締め括るのかと思いきやそんなに甘い話はなく死を覚悟する。
ライブを通じ大切なこと全てを教わり無敵、怖いものは粗方消え失せた
涙もすっかり枯れ果てて倒れ込む。



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