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気づいたこと
自分をケアすることが下手だ
病気になっても病院へ行かない(行けない)とか
自分のために何かを買うこと躊躇う(お土産が買えない)とか
誰かと出かけるときに自分の役割を探すとか
自分の慈しみ方が解らなすぎるのかもしれない
イベントと重圧の思い出
母親がいまだに
「おまえが子供の頃、ケーキ作ったのに食べなかった」というような話をしてくる。
その時、私は風邪をひいていて具合が悪くて食べ物を食べられる状態になく、
それに気が付かない母親(うちの母親はなぜか私が具合が悪いと怒ったため、基本的に私は言わない)に
私はクリスマスに食べろと怒られた記憶になっている。
子供のころのイベントの記憶は、苦いものしかない。
喜ばなければばらず、食べなけれ
「相手を知る」をしなかった私へ
何年か前に、私は同棲を解消して実家に帰った。
6つ下の可愛い男の子と付き合っていたけれど、振られてしまった。
ちょっと話が飛ぶけど、私は仕事が大好きで、ある程度、結果を出してきて、自信も人並みにある。
私はその、大好きな仕事の延長線上で恋愛を捉えていて、生活においても「できるだけ効率的かつ最良の方法を議論し合いましょう」というスタンスでいた。
それが年齢差がある私達が「対等である」という事だ
生きるのってしんどい
どストレートに、生きるのがしんどいって日あるよね。
すごく嫌なことがある訳でもなく、なんとなくモヤモヤしたり、腑に落ちなかったりしたボンヤリした事がキャベツみたいに重なって、重たくなって乗っかってくる様な、そんな日。
今日、父が定年になった後の話を父とした。
年金とか、そのへんのお金の話をしたのだけれど、その時に唐突に、私が「私は一人で生きていかなければいけない」と思っている原因を理解してしま
誰も私を理解しないのではなく、私が誰のことも理解できていないだけ。
仕事で、「きみは口が悪い。正論しか言わなくて扱いにくい。もったいない。もっと評価されてほしい。」と色んな人に言ってもらえるような事件があった。
私としては、私をかってくれていて、なおかつ心配までしてくれていること自体が、とてもありがたい事だとは解っている。
解ってるつもりだけど、たぶん、本質としては理解ができなくて、言われるたびに、なんとなく、ひとりぼっちにさせられた気持ちになる。
私のまわ
あなたはひとりで生きていける
「あなたはひとりで生きていけるよ」
そう言われるたびに心が閉じていく。
ひとりで生きて行けてなにが悪いのだろう。
わたしが自分を自分で支えられて何の不便があるのだろう。
誰かに支えられなければだめだったり
誰かをアテにしているより、
よほど誠実に生きていると思う。
いつもそうだ。
ひとりで地面を踏むことを可愛げがないと切られて
結婚という制度に迎合「できる」「できない」でくくられる
なぜ、
便利であるということ
小さな子供の頃、私は仲間に入れない子供だった。
今思えば別に他の子達から何かされていた訳でもなく、門扉は開かれていたから、普通に仲間に入れる環境だったのに、なぜか私は仲間に入れなかった。
遠足でぽつねんとお弁当を広げたり、
文化祭のようなものも一人でまわったりしていた
小学校の3年生くらいのとき。
私がやっと入れるようになったグループで突然仲間はずれになった。リーダの子が無作為に仲間はずれを決
自己啓発と自己愛とブスとYシャツと私
結婚した友達が樽のように太り、半年で著しく「おばさん化(自称)」したことを受け、世間一般で言うところの安定を手に入れると人って安心するのか、と悟った。
私の第三の目がカッと開き、危機感危機感とブザー鳴らしてアピールするのを黙殺して、私は最近ハマってる乗馬クラブに電話しレッスンの予約。
ここまで超スムーズ。
現実逃避に向けた私の行動の俊敏さはすごい。
まぁ人の幸せはどうでもいいとして、