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最近の記事

気づいたこと

自分をケアすることが下手だ 病気になっても病院へ行かない(行けない)とか 自分のために何かを買うこと躊躇う(お土産が買えない)とか 誰かと出かけるときに自分の役割を探すとか 自分の慈しみ方が解らなすぎるのかもしれない

    • 認知の話

      30も半ばになろうとする今、私は20代の頃よりも圧倒的に生きやすくなり、どんどん開き直ってきている。 とにかく自己評価が地にめり込むほど低く、 どうあるべき、という「べき論」に自分で縛られていて、 少しずつ克服してはいたけど、それでもずっと溺れているように生きていた。 ゴボゴボもがいていた私の両脇に腕を入れて、前の課長が一気に引き上げてくれて、私はだいぶ『人間的』になった。 とはいえ、 そんなすぐ変わるわけもなく、 特別枠で推薦状もらってまで受けた昇進試験に落ちたタイミ

      • イベントと重圧の思い出

        母親がいまだに 「おまえが子供の頃、ケーキ作ったのに食べなかった」というような話をしてくる。 その時、私は風邪をひいていて具合が悪くて食べ物を食べられる状態になく、 それに気が付かない母親(うちの母親はなぜか私が具合が悪いと怒ったため、基本的に私は言わない)に 私はクリスマスに食べろと怒られた記憶になっている。 子供のころのイベントの記憶は、苦いものしかない。 喜ばなければばらず、食べなければならず、楽しまなければならず、とにかくやらなければならないことが多い。 今に

        • 慈しまれたこと

          こどものころ、抱きしめて慈しまれたことを覚えている人は、どれだけいるのだろう。 わたしはこどものころの事を、 中学も高校も含めてほとんど覚えていない。 私は特に裕福でも、かといって物凄く貧乏でもない家で、 溺愛されていたわけでもなく、かといって、特筆すべき大きな問題があるわけでもなく育った。 父親がリストラにあった事とか、母親が気分屋で旅行の最中ずっと機嫌が悪くて腫れ物を触るように過ごした事とか、 金銭的な理由で進学を諦めた事とか、そういう、別に凄くしんどい訳ではない事

          「相手を知る」をしなかった私へ

          何年か前に、私は同棲を解消して実家に帰った。 6つ下の可愛い男の子と付き合っていたけれど、振られてしまった。 ちょっと話が飛ぶけど、私は仕事が大好きで、ある程度、結果を出してきて、自信も人並みにある。 私はその、大好きな仕事の延長線上で恋愛を捉えていて、生活においても「できるだけ効率的かつ最良の方法を議論し合いましょう」というスタンスでいた。 それが年齢差がある私達が「対等である」という事だとも思っていた。 でも、それはあくまでも「私がそのスタンスで居る」と思っていた

          「相手を知る」をしなかった私へ

          生きるのってしんどい

          どストレートに、生きるのがしんどいって日あるよね。 すごく嫌なことがある訳でもなく、なんとなくモヤモヤしたり、腑に落ちなかったりしたボンヤリした事がキャベツみたいに重なって、重たくなって乗っかってくる様な、そんな日。 今日、父が定年になった後の話を父とした。 年金とか、そのへんのお金の話をしたのだけれど、その時に唐突に、私が「私は一人で生きていかなければいけない」と思っている原因を理解してしまった。 私が中学生の時、父の会社は倒産した。 母はパートで働いていて、父が家事

          生きるのってしんどい

          誰も私を理解しないのではなく、私が誰のことも理解できていないだけ。

          仕事で、「きみは口が悪い。正論しか言わなくて扱いにくい。もったいない。もっと評価されてほしい。」と色んな人に言ってもらえるような事件があった。 私としては、私をかってくれていて、なおかつ心配までしてくれていること自体が、とてもありがたい事だとは解っている。 解ってるつもりだけど、たぶん、本質としては理解ができなくて、言われるたびに、なんとなく、ひとりぼっちにさせられた気持ちになる。 私のまわりに穴があき、誰も入れない。私も向こう側へいけない。 穴の真ん中で、私はいつも

          誰も私を理解しないのではなく、私が誰のことも理解できていないだけ。

          あなたはひとりで生きていける

          「あなたはひとりで生きていけるよ」 そう言われるたびに心が閉じていく。 ひとりで生きて行けてなにが悪いのだろう。 わたしが自分を自分で支えられて何の不便があるのだろう。 誰かに支えられなければだめだったり 誰かをアテにしているより、 よほど誠実に生きていると思う。 いつもそうだ。 ひとりで地面を踏むことを可愛げがないと切られて 結婚という制度に迎合「できる」「できない」でくくられる なぜ、私は私が得た強さを、まるで悪いものかのように指摘されなければならないのだろう。

          あなたはひとりで生きていける

          便利であるということ

          小さな子供の頃、私は仲間に入れない子供だった。 今思えば別に他の子達から何かされていた訳でもなく、門扉は開かれていたから、普通に仲間に入れる環境だったのに、なぜか私は仲間に入れなかった。 遠足でぽつねんとお弁当を広げたり、 文化祭のようなものも一人でまわったりしていた 小学校の3年生くらいのとき。 私がやっと入れるようになったグループで突然仲間はずれになった。リーダの子が無作為に仲間はずれを決めていて、それに選ばれた。 上履きがなかった。 何を思ったのか、私はその子の上履

          便利であるということ

          美醜の話

          とりとめもないこと。 昔、バイト先のお客さんに「君みたいな中肉中背が一番かわいいよ」と言われた事を私は根に持っていて、10年以上、ずっとこの言葉を噛み締めてる。 君みたいな、って所で解るけど、別に私ではなくて良いし、中肉中背って、つまり小デブって事だろうから、私には侮辱にしか聞こえなかったんだけど、何年か前に同僚にこの話をしたら「褒められてるのに何で怒るの?」と言われて、でんぐり返ししそうになった。 曰く「あなたのそういう特徴がかわいいって事でしょ?」とのこと。 なるほ

          自己啓発と自己愛とブスとYシャツと私

          結婚した友達が樽のように太り、半年で著しく「おばさん化(自称)」したことを受け、世間一般で言うところの安定を手に入れると人って安心するのか、と悟った。 私の第三の目がカッと開き、危機感危機感とブザー鳴らしてアピールするのを黙殺して、私は最近ハマってる乗馬クラブに電話しレッスンの予約。 ここまで超スムーズ。 現実逃避に向けた私の行動の俊敏さはすごい。 まぁ人の幸せはどうでもいいとして、このとき何が一番怖かったかって、自分に向かうエネルギーが感じられないことが怖かっ

          自己啓発と自己愛とブスとYシャツと私

          たたかうわたし

          小学生のころ「ファッション通信」をみて、ずっとクチュリエに憧れていた。 中学生のころ英会話にいやいや行っているくせにホームステイに憧れていた。 高校生のころ、文章を褒めてくれた日本文学を研究する系列の大学の先生に憧れていた。 憧れは憧れのまま誰にも知られず、私は、好きでもない理系の短大に進み、そのまましがない派遣社員になった。 そこそこ長く働いたその職場は、ぜんぜん悪くはなかった。 大好きな先輩に甘やかされ、面白い同僚に囲まれて、 わいわいとすごしていた。