髙田友季子

第23回三田文学新人賞佳作受賞。「乾き」三田文学129号(2017年春季号)・「骨」徳…

髙田友季子

第23回三田文学新人賞佳作受賞。「乾き」三田文学129号(2017年春季号)・「骨」徳島文學Volume1・「知らない生き物」徳島文學Volume2

マガジン

  • 女をめぐる言葉から

    2018年1月〜6月、徳島新聞に連載された全6回のエッセイ。女性にまつわる言葉を毎回ひとつ取り上げ、そこから考えを膨らませます。

  • キオクのキロク

    2018年8月〜2019年5月、徳島新聞朝刊内「キオクのキロク」というコーナーに掲載されたリレーコラムです。

最近の記事

他者を通して広がる世界

 先日、親戚数人で地元の居酒屋へ行った。平日の夜で田舎の町に人けはない。店はテーブルと座席が二つずつ、あとはカウンターに数席あるだけでこぢんまりとしている。私たちはテーブル席に通された。カウンターに常連らしき中高年の男性が数人座っている。  しばらくすると、若い男女のグループが来店した。私たちの脇を過ぎて、奥の座敷に入って行く。また少し経つと幼い子を連れた夫婦がやって来て、背後のテーブルに座った。あっという間に店は満席になり、にぎやかな話し声が響き渡る。  私は驚いていた

    • 「仕方ない」と済ます加担

       海陽町のギャラリーで開催中の、海外体験記を集めた企画展に参加している。世代の違う10名以上の人々の、海外で見聞きしたことがずらりと並び、興味深い。  これまでに何度か海外を旅した。記憶に残る旅はいくつかあるが、大学生の時にポーランドを訪れたことはよく覚えている。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の見学が目的だった。子どもの頃にアンネ・フランクの伝記を読んでから、いつか行ってみたいと思っていた。悲惨な中でも、最後までけなげに生き抜いたとされるアンネに憧れていたのかもしれ

      • 昔の祖母の日記めくり

         捜し物をしていると、昔の日記帳が出てきた。段ボールにメモや写真と一緒に無造作に突っ込まれていた。飽きっぽい私は日記を毎日書けるような人間ではない。見るとやはり1冊のノートを数年かけて使っている。  綴られていたのは大学生の頃の日々だった。安定しない筆跡から、不安定な自我が垣間見える。展覧会や映画の半券が挟み込まれ、ノートの厚みが増している。その日記帳のことは記憶にあった。しかし書かれている出来事の大半を、私は全く覚えていなかった。  亡くなった祖母も日記を付けていた。確

        • 働き方変え「世間」と向き合う

           会社員としての働き方を変えることにした。勤務時間を短くし、休日を増やす。分泌に費やす時間を確保し、自分の生き方を考えるためである。  数年前から小説を書き始め、応募した文学賞で佳作を受賞し、だからと言っていい小説が次々書けるはずがない。今書いている作品が日の目を見るか、むしろ完成するのか、そもそも何を書いているのかさえよく分からないのだ。  新しい作家は続々と生まれ、私などすぐに紛れてしまう。文筆でなんて絶対食えない。その年でまだ夢みたいなこと言って。私の中の「世間」が

        他者を通して広がる世界

        マガジン

        • 女をめぐる言葉から
          6本
        • キオクのキロク
          4本

        記事

          主人

          同世代の友人や知人が、自身の夫を「主人」と呼ぶのを時折見聞きする。33歳の私はそれに抵抗を覚える。親世代がそう言うのは仕方ない。しかしわれわれの世代になってもまだ、妻は夫を上に見なければならないのかとあきれてしまうのだ。作家の川上未映子さんが昨年「『主人』という言葉が心底嫌い」というコラムを書いていたが、うなずくところは多い。 けれど一方で、子どもの頃から「主人」や「家内」などの言葉を聞いてきたせいか、それらが「大人になったら使える甘美な言い回し」として私の中にインプットさ

          女性専用

          世の中にはさまざまな「女性専用」がある。映画館のレディースデーや飲食店の女子会プランなど女性限定のサービス。女性専用のホテルにジム。 こうした女性限定サービスに対しては以前から「男性差別」という声がある。そして近年、反対意見が目立つのは、鉄道における女性専用車両だ。 自分で選択できない性別を理由に、同じものを高い金額で買わされたり、特定の車両から締め出されたりするのは不公平と感じるのだろう。ただ、多くは企業が集客目的で打ち出していて、近頃はメンズデーを設ける飲食店もある。

          女性の活躍

          「育休を延ばすことにした」と友人が言った。その傍らで、1歳になる彼女の娘が昼食を食べている。娘は時折皿に手を伸ばし、うどんやニンジンのかけらをつかむと母親の口に押し込んだ。平然とそれを飲み込む友人の姿に、親になったのだなと改めて思う。 彼女は当初、もっと早く復職するつもりだったらしい。しかし幼い子と過ごせる時間は今しかないと思い至り、育休の延長を決めた。さまざまな葛藤があったことだろう。それでも自分の望みを探り当て、決断を下したことを私は尊敬する。 「女性の活躍」がうたわ

          女性の活躍

          女子だから

          恋人が女性誌を読んでいる。表紙には「手相」の文字。日曜日の夕方、彼の運転で県境を越え、通りがかりの喫茶店に入ったときのことだった。店の本棚にその雑誌はあった。彼は即座に読み始めた。のぞき込むと「彼と結婚する?」「この先の人生は?」などの項目が並んでいる。 私は今まで、手相や占いは女性の好むものと思っていた。男性は論理的でないことを嫌い、女性は感覚的なことも受け入れるイメージがあったのだ。しかし男性の占い師もいるのだし、手相に興味を持つ男性がいても当然だ。 そもそも私は、占

          女子だから

          #MeToo

          コートの下に何も着ていない男の人を、今まで2回見たことがある。いずれも小中学生の頃の話である。夕方のグラウンドや、墓地の東屋に彼らは現れた。周囲に大人はおらず、私は友人たちと走って逃げた。見せられる意味が分からぬ混乱の中、これは異常事態だと感じていた。 …という出来事を、私は#MeTooを見るまですっかり忘れていた。これは性的被害をSNS上で告発する際に添える言葉だ。私がはっきりと#MeTooを認識したのは昨年末、作家のはあちゅうさんによる告白を読んだときだ。その後、ジャー

          選択的子なし

          30歳を過ぎた頃、子どもは産まないと決めた。決めると楽になった。少子化だとか孫の顔は見せるべきとか産んだ方が幸せとか、全部関係ない。私は産まないと決めたのだ。いわゆる「選択的子なし」である。 決めるまでは苦しかった。自分の中に世間の基準しかなく、その基準をあてがえば私は哀れな存在だった。実家住まいで恋人なし。家と会社の単調な日々。華やかに活動する同世代を見るたび焦りが募った。 考えなしの私は、この焦りを解消する方法として婚活を選び、ものの見事に失敗した。そんなに寄りかから

          選択的子なし

          わたしの知らない彼女<知らない人の向こう>

          写る彼女はお世辞にも 決して可愛い人ではなかった 液晶画面の奥でくつろぐ くたびれたスウェット姿 蛍光灯の青い光が 雑多な部屋と彼女を照らす 指が画面を暗転させ わたしは窓の外を見る 夜更けに強盗が入ったと 地元で名を成すコンビニが 向こうで煌煌と光るので その横顔を影にした 今日の午後二時過ぎまでは 見知らぬ他人だった男の 記憶にとげを残したらしい わたしの知らない遠くの彼女 あるはずもない残り香を わたしはその画面から嗅ぐ 語る端からさりげなく 知らない彼女を

          わたしの知らない彼女<知らない人の向こう>

          わたしの知らない彼女<SNSの向こう>

          スマートフォンから繋がる あらゆるSNSを駆使して わたしは彼女を探す わたしを知らない彼女 そのまぼろしのような それでいて間接的な 気配をいたるところで にじませる彼女の 八重歯ののぞく口もと ひかりを弾くほほに わたしはささやきかける わたしは知っていると 彼女の書き残した 誰かへのメッセージは 彼女の知らないわたしに 巡り巡ってとどく 語られる文面の そのやわらかいことばや 締めくくりかたの癖に わたしは気配をみる それは似てくるもの 密になればなるほど そう遠く

          わたしの知らない彼女<SNSの向こう>

          わたしの知らない彼女 <喫茶店で>

          二人が一緒にいるのを わたしは見たことがある 喫茶店のテーブル 黙って向かい合って まるで老夫婦のように 過ごす午後の一幕 新聞を隅におしやり コーヒーをすする向かいで 女性雑誌を広げて 紅茶椀から湯気が立つ 長い髪が肩から落ち その横顔を隠して それでも互いの気配を 黙ってかぎとる二人 天井が高い店の 音は混ざりあって響く 人々を覆うように 降りてきては舞い上がり そして静かな二人と わたしの間をぼかしていく わたしは彼女を知らない わたしが知っているのは 全て

          わたしの知らない彼女 <喫茶店で>

          優しい鳥の声(「こんにちは、ほろほろ鳥」より)

          いいことがあった日は くちばしを南へ向ける 口角をあげて愉快そうな 右側の顔が見えるから つらくて落ち込んだ日には くちばしを北へ向ける まんまるな目に涙をためた 左側の顔が見えるから ほろ、ほろ、ほろ、と 私のために鳴いてくれる 声は聞こえなくても

          優しい鳥の声(「こんにちは、ほろほろ鳥」より)

          ものがたる物々 魚の柄の入れ物

          側面の魚たちは 上下が互いに入れ替わったと 工場の頃から絶えずうるさく 不平は今や音の塊 私はひとり全身を保ち 片目で空を見上げている 不協和音を聞きながら 胡椒の粒を守ってきた あまたの旅人たちの指が 私の体をかすめては去り たまたま拾い上げた彼女の 国は知らない海の先 料理上手な恋人の 元に行くはずだった私は 突如終わった彼女の恋の 煙にまかれて忘れ去られた 月日が過ぎた胡椒の粒は 湿気を含んで重くなり 私が空を見ることもなく 側面の声はどこか虚ろで どれだけの

          ものがたる物々 魚の柄の入れ物

          ものがたる物々 ガラスのペンギン

          ヘルシンキの空港で 日本人が私を買った 搭乗時間に追われた彼は よく見もせずに私を選び 残りわずかのマルッカを払い 子どもの土産に連れて帰った 幼い娘はアトピーで 甘いお菓子が食べられない 妻は私の中に詰まった チョコレートを見て夫をなじり その日のうちにひとり平らげ 私の体を空っぽにした 役目を果たしそびれた上に 用事もなくした私を何故か 妻は捨てずに戸棚にしまい 私は暗い扉の内で 長い時間を過ごすことになる 光のあたらぬ年月のなか 体は闇に溶けていくのに 腹に溜まっ

          ものがたる物々 ガラスのペンギン