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ものがたる物々 ガラスのペンギン

ヘルシンキの空港で
日本人が私を買った
搭乗時間に追われた彼は
よく見もせずに私を選び
残りわずかのマルッカを払い
子どもの土産に連れて帰った

幼い娘はアトピーで
甘いお菓子が食べられない
妻は私の中に詰まった
チョコレートを見て夫をなじり
その日のうちにひとり平らげ
私の体を空っぽにした

役目を果たしそびれた上に
用事もなくした私を何故か
妻は捨てずに戸棚にしまい
私は暗い扉の内で
長い時間を過ごすことになる

光のあたらぬ年月のなか
体は闇に溶けていくのに
腹に溜まったお菓子の重み
空港内の淡いざわめき
私を掴む湿った手のひら
封のラベルを剥がされる感触
そういうことが灯りのように
時折 私の空洞をともす

そうして二十五年が過ぎて
夫婦は仲良く白髪になった
娘はチョコレートを食べながら
短い詩を書くようになった

娘は自分の持つ暗がりに
言葉で伴走しようとした
そうすることで他の誰かに
何かがともることを知った

その灯りに導かれるように
娘は南へ歩みをすすめ
言葉が人に出会わせる
自分の闇を語るため

閉じ込められた扉を開き
暗闇の中に過ごす私を
言葉を探しあてるように
娘は白日に晒す

そして私はここにいる

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