わたしの知らない彼女 <喫茶店で>

二人が一緒にいるのを
わたしは見たことがある
喫茶店のテーブル
黙って向かい合って
まるで老夫婦のように
過ごす午後の一幕

新聞を隅におしやり
コーヒーをすする向かいで
女性雑誌を広げて
紅茶椀から湯気が立つ
長い髪が肩から落ち
その横顔を隠して
それでも互いの気配を
黙ってかぎとる二人

天井が高い店の
音は混ざりあって響く
人々を覆うように
降りてきては舞い上がり
そして静かな二人と
わたしの間をぼかしていく

わたしは彼女を知らない
わたしが知っているのは
全てに臆病なせいで
笑いでその場をごまかし
冗談に紛らせてしまう
その夫婦の片割れ

わたしが欲しいものを
きっと知っていた気がする
そしてそれが決して
我々では叶わぬことも

しがみついていた日々を
知るのが我々だけなら
わたしが忘れてしまえば
なかったことになるだろうか
もはや思い出せない
その皮膚の凹凸や
首のにおいなんかと一緒に
事実だと思っていたもの

分かち合う場所がなければ
何でも消えてしまう
それがいくら鮮やかで
愛おしかったとしても
それがいかに苦々しく
堪え難かったとしても

遠い老夫婦の姿に
それでよかったのだと思う
わたしが知らない彼女は
わたしの知らない片割れの
望みを叶えてそのうえ
自分の望みが叶う人

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