わたしの知らない彼女<SNSの向こう>

スマートフォンから繋がる
あらゆるSNSを駆使して
わたしは彼女を探す
わたしを知らない彼女
そのまぼろしのような
それでいて間接的な
気配をいたるところで
にじませる彼女の
八重歯ののぞく口もと
ひかりを弾くほほに
わたしはささやきかける
わたしは知っていると

彼女の書き残した
誰かへのメッセージは
彼女の知らないわたしに
巡り巡ってとどく
語られる文面の
そのやわらかいことばや
締めくくりかたの癖に
わたしは気配をみる
それは似てくるもの
密になればなるほど

そう遠くない
その気になれば行ける町に
彼女は住んでいる
わたしは想像する
日差しが木々の緑に
ちらちらとはね返る
気持ちのいいお天気の日に
彼女の住む町へ行く
彼女の仕事場を
わたしは知っているので
知らない町の
知らない会社なんかに
ぜんぜん用事はないけど
わたしは彼女がいる
知らない事務所の窓口で
困った顧客のふりして
首を振ってみせるのだ

名前なんて
めじるしみたいなもので
けれどそのおかげで
わたしは彼女を知らない
その名札のむこうに
広がりつづける不在が
わたしを飲み込んでいく
わたしは知っているのに
それでも何も知らない
画面で笑う写真は
その背中さえ見せない

わたしが執着するのは
あの人への愛情ゆえか
それともあの人を介した
彼女がどこかにいるからか
わたしはいつか夢見る
彼女がわたしに気付いて
嫉妬にふるえるさまを
今のわたしのように
わたしを探す彼女を

あつくるしい夜に
わたしは彼女と歩く
それは藁のにおいのする
小さな田舎の村で
ふたりは連れ立って
神経質な会話をかわし
細い土の道を歩く
わたしはいつのまにか
なにもかもを知っていて
きっと彼女も同じように
すべてのことを知っている
それでもわれわれは
決して何も言わない
それを上手くよけて
触れたら壊れるような
それでいて意味のない
話をしながら歩く
彼女の顔色は
透けるほどに青い

あの町に住む彼女は
きっともっとすこやかで
わたしが会いにいったところで
まったく別人なんだろう
わたしが知っているのは
選択された世界の
ひらべったい奥行きに
貼付けられた笑顔の
知らない彼女のことだけ

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