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【部活動】#15 中学・高校のときの"熱量"はもう2度と経験できないのか

こんにちは!!
ジェリーです🔥

この記事は、下記に添付している記事の続きとなります。
この記事は #15(最終回)になるので 、

まだ#1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 #9#10#11#12#13#14
を読んでいない方は、

そちらからどうぞ👀☟☟☟

前回の続き

チームの新たな戦術として、
わたしのポジションと入れ替えで、

後半残り15分くらいで、

足が速い後輩を投入し、
相手が疲れ切ったところを狙う

という戦術が組まれました。

これは、かなり有効的で、
練習試合でも、
結果を残すことが出来ていたため、

試合の大事な場面で、

使うことができる一つの戦術として
確立していきました。


わたしは、

『自分が結果を残せないからだ』
と最初は凹みましたが、

これは、
『チームの勝利のための戦術』

ということを理解し、
自分のやるべきことを徹底してやろうと
覚悟をきめました。

そして、
3年間の集大成である、

【夏の選手権大会 予選】

1回戦の日が刻々と迫っていました。。。

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3年生最後の選手権大会 対戦相手

サッカーをやっている高校生にとって、

選手権大会というものに対する
思い入れはとても強く、



この試合を最後に引退する人がほとんど
です。


正月に行われる全国大会の前に、
各都道府県ごとに、予選が行われ、



そこで、優勝したチームのみが
全国大会に出場できます。


東京都では、341校ある中で、
Aブロック、Bブロックに分けられて、


各ブロック優勝校が2校全国大会に出場することができます。



私たちが、戦うのは、

この
東京都予選に出場するための”地区予選”
となります。



この地区予選で、341校のうち、
64校のみが東京都予選に出場することができます。



これが厳しすぎる現実です。。。




試合予定日の2週間前に、
選手権大会予選の抽選会に行っていた、



キャプテンと監督が、
浮かない表情をして戻ってきました。




シード権がなかったため、


ある程度強い相手と1回戦から当たることは、
想定していましたが、




1回戦の相手となったのは、

昨年東京都大会ベスト16に残った
私立の強豪校でした。


驚きましたが、

わたしはそれでも、
まだいけると思っていました。





チームの雰囲気や、総合力
明らかに昨年からの比ではなく、




練習試合やリーグ戦においても、



都大会出場常連校
に、


全く引けを取らない
試合ができていたからです。


対戦相手が決まったことで、



試合に対する覚悟が決まり、
チームの士気も最高潮となっていました。


メンバー発表 それぞれの思い


試合の二日前に、全体ミーティングがあり、

ベンチ入りメンバーが発表されました。




3年生でベンチに入れない人は、


この日に実質引退となり、
応援スタンド側に回ることとなります。




わたしは、
”背番号8番”をもらうことができ、

ほっとしながら発表を聞いていると、





監督は、試合に勝つために、


調子が良かった2年生
を積極的に
ベンチ入りメンバーに選出しました。




ベンチに入った20人のうち、
3年生は9人1、2年生が11人となりました。




私たちの代は、23人いたため、




半数以上のメンバーがここで実質引退
となりました。



『俺たちの分まで頼むぞ』




『勝ってくれよ』



ベンチに入ることができなかった

仲間の思いを痛いほど感じ、




”勝つこと”以外は
考えることができませんでした。

試合開始 絶好調のチーム


試合当日の朝は、


緊張もありましたが、
意外とよく眠ることができ、


清々しい気持ちで家を出ました。



Mr.Childrenの『終わりなき旅』
を電車で聴き、



心を整えて、
コンディションは最高でした。




試合前のアップが始まると、


地区予選1回戦にも関わらず、



ベンチに入ることができなかったメンバーや、
学校の友人、親御さんなど、



お互いのチームに100名以上の応援団がつき、

異様な雰囲気でした。


大きなカメラを持った人や、
他校のチームも偵察に来ていて、




この中で、
試合をすると考えるとワクワクしていました。





試合開始の時間となると、

緊張感が一気に込み上げてきましたが、


”勝つこと”
に集中し、試合に向かいました。



この試合は、
スタメンで出場することが決まっていたため、
覚悟はできていました。


わたしのチームは、



試合が始まると、スタメンの一人一人を
ベンチに入ることができなかったメンバーが、


メガホンを使い、
応援歌に乗せて紹介してくれます。

これが本当にうれしくて、



今までやってきた2年半の思いや、


つらかった時期壁にぶつかった時
を思いだし、



胸が熱くなりました。





ついに試合が始まり、


序盤、私たちのチームは絶好調でした。


ゴールに迫るシュートの数や、


ボールの支配率
は、



圧倒的にわたしのチームが優位で、


わたし自身も、
ドリブルの調子が良くて、


早めに得点が欲しいと思っていたため、

積極的に攻撃を仕掛けていました。




相手のチームは、

外国人のフォワード(得点を取る人)がいて、


その人にボールを集めるというスタイルだったため、


わたしのチームは、
その人に重点的にDF(守る人)をマークを集めていました。






本当に、一瞬の出来事でした。




わたしのチームのDF(守る人)が、


シュート体制に入った
外国人のフォワード(得点をとる人)選手

足を引っ掛けてしまい、




これが、PK (ペナルティーキック)を取られてしまいました。。。

PK(ペナルティーキック)とは、
ペナルティエリア内でAチームの選手がBチームの選手に倒された場合にBチームが反則行為となりAチームがPKを獲得したことになります。 そしてキッカーとゴールキーパーが一対一の状態で行われ、Aチームが決めれば1点獲得、Bチームが止めれば1点を死守したことになります。





わたしのチームの調子が良かったタイミングでの、PK (ペナルティーキック)だったので、


これは予想外すぎる展開でした。





相手は落ち着いて
このPK (ペナルティーキック)を決め、


0対1
となりました。


歓喜にわく、
相手の応援団を横目に、



すぐさま、反撃の手口を探しました。


しかし、

一度変わってしまった流れは、


なかなか戻らず、


焦っていたところ、




ちょっとしたミスから、

押し込まれてしまい、


0対2となってしまいました。



絶望的な状況の中、




前半が終了しました。


覚悟


0対2で前半を終了し、


『こんなところで終わるわけにはいかない』

という気持ちと焦りから、


意識が朦朧としていました。





監督が指示を出しているのが、


聞こえなくなり、





ただ呆然とグラウンドを眺めていました。






『おい、聞いてんのか』





監督に頭を叩かれ、


ようやく目が覚めました。




『やってきた練習と時間を思いだせ』



『お前らなら絶対に大丈夫』





『勝ってこい』



苦楽を共にしてきた監督からの
信頼の言葉に私たちは、



”やるしかない”と腹を括りました。


後半が始まり、

わたしは、足が千切れてもいいという覚悟で、

死ぬ気で走り、



相手の体力を消耗させることに

全てをかけました。




なぜなら、

『チームが勝つために』

わたしと交代で、出場する予定の



足が速い後輩をより、
有効的に機能させるため
です。





10年間サッカーをやってきて、

一番勝ちたいと思った試合だからこそ、




わたし自身の甘えは捨て去る必要がありました。





しかし、


こんな展開があり得るのかと思うほど、





現実は残酷なもので、



また、
相手の外国人フォワードに対するファウルで、


相手チームに
PK (ペナルティーキック)
が与えられたのです。


これも相手は落ち着いて決め、






0対3となりました。



ここで、

後半残り15分となり、


わたしと足が速い後輩の交代
と、

攻撃ポジションの選手を1人交代し、


わたしのチームは、

試合の流れを変えるための動きを取りました。



あとは、チームのみんなを信じるのみで、


ただ、
ベンチから声が枯れるまで、応援しました。



結末


わたしのチームの戦術は、



大成功で、
相手に足が速い交代メンバーがいるという

情報が漏れていなかったのか、



全く対応ができていませんでした。




また、
わたしのチームは、
運動量がかなり多いチームなので、


相手のチームは、疲れ切っていました。



怒涛の反撃で、


後半残り10分、

チームのエースが、落ち着いて
得点を決めてくれて、


1対3となりました。



相手チームに、
ほとんどボールを触らせていない展開で、


押せ押せではありましたが、



なかなか得点を決めきれずにいました。



しかし、


裏のスペースに抜け出した足の速い後輩

キーパーをかわして、

ゴールを決め、


後半残り5分の時点で、



2対3となりました。






このときの会場の盛り上がりは、


半端じゃなく、



悲鳴にも似た歓声が


飛び交っていました。









『頼むから勝ってくれ』










少しでも試合に出ている選手に声が届くよう
叫びました。

















2対3。















なんとしても勝ちたかった試合だからこそ、



試合終了のホイッスルがなったと同時に、




ひざから崩れ落ちました。






”背負っていたものの大きさ”
を分かっていたからこそ、




その”責任”を果たすことができなかったこと、


『チームの勝利に貢献する』

という目標を達成することが
できなかったこと、



もっとチームのために、

できたことがあったんじゃないかという
後悔が押し寄せてきました。





メガホンを持って応援してくれていた


仲間のところに行ったときに、





涙が止まらなくなりました。




謝るわたしたちを、


『よくやった』


『お疲れさん』



と言って迎えてくれて、


一緒に泣いてくれました。




あの時の空気や、


温度、グラウンドの匂いが、


今でも忘れられなくて、



8年経った今でも、


思い出して胸が痛くなります。






この日を境に、


私たちは引退し、




わたしは、6年間の
『部活動』を終えました。




最後に

中学・高校のときの"熱量"は
もう2度と経験できないのか


そう思わせてくれるほど、

わたしにとって『部活動』は、


多くのことを学び、

たくさんの出会いがありました。


サッカーというスポーツがくれたものは、

”人(チーム)を思いやる気持ち”

でした。



この経験がなければ、


今の自分はないと言い切れるほどの




”熱量”が確かにそこにはありました。。。




END






この記事を最後まで、

読んでくださった方へ。


長いシリーズものにも関わらず、

お付き合いいただき、
本当にありがとうございます。


わたしの記憶をたどり、
実体験をもとに書いているため、

見ていて、
見苦しい箇所もあったかと思いますが、

最後まで見ていただき、感謝いたします。




なんだか、色々と思い出したら、

サッカーがしたくなってきました。。。


少し落ち着いたら、

同窓会もかねて、

かつてのチームメイトと一緒に

サッカーができたらいいなと思います。



改めまして、

拙い文章ではありましたが、






最後まで、読んでいただき、

ありがとうございました🙇‍♂️





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