シェア
元田中マロ
2023年9月11日 23:36
炊事の記録として。
2024年5月11日 20:04
薫風吹き渡る、とは今日のことをいうのだろう。「ど」がつく快晴であった。どこにも行かないという手は無さそうなので、神代植物公園にバラを見に行くことにした。朝飯は「ハムたまごサンド」である。たまごはマヨネーズと和えてある。今日はチーズをカリカリに焼いたものを加えた。神代植物公園はバラが盛りである。公園もよく賑わっていて、また深大寺も同様である。昼飯は植物園の近くにある「松葉茶屋」
2024年4月22日 20:27
天気が悪いと体調もすっきりしない。血圧が低いせいもあるのだろうけれど、もう朝からして起きられないのだ。しかし今日は通院して薬をもらわないといけない。動かない身体に鞭打って出かけた。昼は「さばカレー」にした。作ったら部屋じゅうがサバの匂いになってしまった。カレーよりもサバ。強烈である。晩飯は「かれいの煮付け」と「茄子の田舎煮」茄子の田舎煮はすっかり得意技になった。炒めて水
2024年4月11日 19:59
家人と娘に弁当(といっても今日はおにぎり)を作ったら、ごはんがものすごく中途半端に残ったので昼飯は「納豆ごはん」を食った。あまりにも足りなくて、コンビニでなんとかデリという小さい容器に入ったおかずを買ってきた(写真忘れ)いや、あれ旨いよね。晩飯は「親子丼」「茄子の田舎煮」「ほうれん草のおひたし」なかなか上手くいった。よきよき。ごちそうさん。
2024年3月23日 20:14
娘は今日から仕事に行くという。程度の違いこそあれギックリ腰はぼくも経験しているが、あの時はルシファーに一撃を喰らった瞬間から身動きができなくなって、トイレに行くのも四つ這いで行っていた記憶があるから、やはり娘の場合は比較的軽度だったということだろう。そんなわけで土曜日でありながら5時半に起きて弁当を仕込む。勤め先まで送り届けて帰宅すると家人は美容院に行っていて不在であったから、昼飯はひとり
2024年1月21日 20:33
さすがに昨日のライブで三時間立ちっぱなしだったせいかヘトヘトになっていて、今朝は目覚ましアラームの音にも反応できず。気がついたら九時を回っていて慌てて起きる。普段、朝飯は食わないのだけど、今朝はとても腹が減っていて「ほうれん草とベーコンのチーズオムレツ」を作る。独り占めしようか、と思っていたら家人がもそもそと起きてきたので泣く泣く半分にする。雨模様だったので、もう一日ぐだぐだしようと思っ
2023年12月15日 19:49
今日は出勤したのである。家人が在宅だと言っていたので弁当を作らなかったので、ぼくも昼はコンビニ弁当になった。久しぶりにコンビニの「のり弁」を食ったのだが、実に盛りだくさんで腹一杯になった。あれであの価格というのは、まさに企業努力というより他ない。感謝感謝。夜は早めに戻ったので色々作った。ほっけの干物をメインに豚と舞茸の炒め煮、茄子の田舎煮、かぼちゃの煮物。最近のぼくのトレンドはだし
2023年12月7日 21:21
また今日はとても暖かい日であった。日替わりで季節が変わっているみたいで、もう完全に身体がついていかない。昨夜あたりから鼻もグズグズしているから、早めに風呂で温まって、さっさと寝るに限るのである(The 年寄り)昼飯は「しらす焼きめし」を食った。ところでみなさんは「焼きめし」と「チャーハン」の違いをご存知だろうか。もののページを見ると、焼きめしは先に飯と具を炒めてから仕上げにたまごを加え
2023年11月10日 20:34
他に「あさりの炊き込みごはんの素」があったのを発見したので3合も炊いてしまった。時ならぬごちそうになってしまったが、娘が来ているので問題なし(笑)茄子の煮物とかれんこんの炒め煮なんかは懐かしい味である。両親とも歳が離れていたので、まぁ実家のごはんはこういうのばっかりだった。食い慣れているせいなのか、好みは別にして安心する食い物なのである。娘も小さい頃はぼくの両親と一緒に住んでいたから
2023年11月2日 20:42
ぼくはだいたいこんなものを食べて育った。父親は昭和4年、母親は昭和8年生まれだったから、こういうものが当たり前だったのだろう。名古屋は濃いめの味ものものが多いが、ウチは祖父が岐阜県養老の出身で、まぁ田舎風ではあるから食べるものは濃い味のものが多かった。祖父は釣りが趣味だったが、海とかではなく川のものが多かった。モロコやフナを炊いたりしていたが、どうにも泥臭くてぼくはちょっと苦手だった。