Miya

旅で出会った人たち、風景、思い出について書いています。読んでくれた人を「ここではないど…

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旅で出会った人たち、風景、思い出について書いています。読んでくれた人を「ここではないどこか」へ一瞬でも旅させることができたら、とても嬉しい。

最近の記事

2-19. 自分の決断か、はたまた宇宙の意志か

異性とまともに付き合ったことがないことによるデメリットはいろいろあるが、その一つに、別れ話をどう切り出して良いか分からない、というものがあると思う。 それからの数日、私とジョージは何事もなかったかのようにいつも通り過ごした。 私はいつも通りアルバイトに行き、ジョージはいつも通りごはんを作ってくれた。夜は一緒にテレビを見て、同じベッドで眠った。 「メルボルンに行こうと思う」 その週の終わり、ジョージと手を繋いでエンバーケーション・パークを散歩している時に、私は彼に言った。

    • 2-18. 掴まれて落とされて振り回される

      あるところに、女の子と男の子がいた。 女の子は世界を旅している途中、男の子は世界を旅した後国に帰る途中だった。 二人はたまたま同じホステルに泊まっていた。クラビのとあるバックパッカー、海水でごわごわになった髪を無造作にまとめた20代30代の若者がふくらんだバックパックを背負ってチェックインし、シンハービールやラオカオを呷り、タトゥーを入れた手でギターを弾いたりジェンガに興じたりするような、子供と大人の合間にいる人間がいっとき泊まる宿だった。 その日は雨で、バーに出かけるのが

      • 2-17. アボカドトーストと恋バナ

        5月の上旬、ジョージはしばらく一人旅をすると言って家を空けており、私は数日間の一人暮らしを満喫することができた。 最初の夜こそ寂しさを感じたものの、突如として始まった同棲生活から解放されて私はどこかせいせいしていた。広々としたベッドで身体を思い切り伸ばしたり、好きなテレビ番組を選んだりといった些細な自由が貴重なものだとは、同棲して初めて知ったことだ。 旅から戻ってきたレイチェルと会ったのは、ジョージが旅行に出て3日目のことだった。しばらく東南アジアをあちこち旅していた彼女

        • 2-16. 冷たい水

          深い水に、落ちる。 どぼんという音を最後に周りの空気は遮断され、青黒い深淵にそのままどこまでも沈んでゆく。体のまわりにまとわりついていた泡だけがしずかに水面へと上って行く。 自分の人生に絶望した時、私は深い水の中に沈む自分を想像する。もがき苦しみながら、気管に入る水にむせながら、私は何を思うのだろう? 叶わなかった夢、愛してくれなかった人、失った若さ。そんなことを後悔するのだろうか? それとも、すべてを手放し、諦念とともに死を受け入れるのだろうか? 私は泳ぎが得意な方では

        2-19. 自分の決断か、はたまた宇宙の意志か

          2-15. 幸せをわざわざぶちこわすということ

          青い空。 脱ぎ散らかした服みたいな雲。 秋の初めのはずなのに、まだ夏がずっと続いているような日差しの下、私とジョージを乗せたフェリーが進んで行く。青い波の上に見えてきた島には、茶色い大きな煙突とクレーンがそびえていた。 2年に一度行われるアートイベント、シドニービエンナーレ。その会場であるコカトゥアイランドという島はシドニーハーバーからわずか20分ほどの船旅だ。 かつて造船所だったという島のあちこちにアートが設えられており、私はまるで宝探しをする子供のように、わーとかおー

          2-15. 幸せをわざわざぶちこわすということ

          2-14. 簡単にいえば、私は、いつの間にか恋に落ちていた。

          まさかそのまま5ヶ月もジョージのアパートに居座ることになるとは、思ってもみなかった。 (あとで聞いたところによると、ジョージは私が居着くことを半ば予想し、半ば期待していたらしい。けれど「そのうち嫌になって出て行くだろうなとも思っていた」そうだ。) 話を戻そう。 ホステルを追い出されたあとジョージのアパートメントに一時避難した私は、結局そのままその日はそこに泊まることになった。近場のホステルに空きがなかったことと、プライバシーのない生活に私が疲れていたせいもある。そして何よ

          2-14. 簡単にいえば、私は、いつの間にか恋に落ちていた。

          2-13. いつまでいるかわからない、だからここにいたい

          わっはっは、と大きな声をあげてジョージは笑った。 「それは半分僕のせいだね」 私のバックパックを担ぎ、私のスーツケースを転がすジョージに事の次第を説明しながら、私は正午近いDarlinghurst Streetを歩いて行った。 「だから、とりあえずwifiを使わせてもらいたいの。どこか空いているホステルが見つかったら、そこへ移動するから」 「ま、そんなに焦らなくてもいいよ。とりあえずランチを食べて、昼寝をして、コーヒーを飲んでから考えればいい」 いかにもアルゼンチン人

          2-13. いつまでいるかわからない、だからここにいたい

          2-12. 現実のシャワー

          ——こんなに広い土地にいるのに、たった一人のことしか考えてない。 ホステルに戻り、私はシャワーを浴びた。 1分ごとにジョージのことを考えているようだった。 私を包み込んで来た彼の長い腕。抱えきれないくらいがっしりとした肩。汗にもつれた髪の毛。その太さからは想像もつかないほど繊細な動きをする指。耳元で聞こえた呻くような息遣いなどが、スローモーションのように何回も頭の中で再生された。 好きだなぁ、と思う。 世界中の良いものが、すべてジョージに詰まっているように思えた。 明る

          2-12. 現実のシャワー

          2-11. 人生にはいくつかの特別な朝がある

          目を覚ましていちばん最初に思ったのは、自分のしでかした既成事実だった。 なんということはない。単に、成人した男女がベッドをともにしたというだけのことだ。ジョージがいい人だということはわかっていたし、この行為に特別な意味はないこともわかっていた。少なくとも彼にとってはそうだろう、と私は勝手に決めつけた。 けれど、私にとっては、少しばかり特別だった。 多分初めて、自分で選び取ったセックスだったからだ。 大学1年生の時に、好きでもなく好かれてもいない男の子と半ば成り行きでことに

          2-11. 人生にはいくつかの特別な朝がある

          2-10. Peck

          結局のところ、食欲には勝てない。 ガーリックとオリーブオイルのたてるいい匂いを嗅ぎながら、私はソファの上で赤ワインを飲んでいた。アルゼンチン産のマルベックが安く手に入ったとジョージは喜んでいる。 ジョージの部屋は私の泊まっているホステルから歩いて5分ほどの場所にあった。れんが造りの4階建のアパートメント。エレベーターはなく、1960年代には最先端だったであろうデザインの階段を上った2階だった。 「やぁ、いらっしゃい。狭いけれどゆっくりしていってね」 小ぶりなキッチンとバ

          2-9: 羽を伸ばせない鳥

          「それはやっぱり、直球で訊いてみるしかないんじゃないの」 知らないスポーツチームの結果に対するコメンテーターのようなリサの声が、使い捨てのプリペイド携帯の向こうから聞こえた。 「そうだよねえ」 シドニーでの数日間の出来事と、ジョージとの一件についての報告と連絡と相談を終えると、私はため息をついた。 「ま、せっかくオーストラリアにいるんだからさ。あんまりごちゃごちゃ考えずに、目の前にあるものを楽しめばいいんじゃないの? 時間勿体なくない?」 「それはまぁ、そうなんだけど」

          2-9: 羽を伸ばせない鳥

          2-8. お気に入りの場所

          セーリングを終えて岸に戻った頃には、少し陽が傾きかけていた。砂まみれの足を軽くタオルではたくと、ジョージはスリップオンに素足をつっこみ、バイクにまたがった。私も真似してスニーカーを裸足でつっかけた。汚れた古いスニーカーを選んでオーストラリアに持ってきた自分の先見性を褒めたかった。 身体の表面に吹き出た汗と潮と砂をバイクの風で乾かしながら、来た道を戻ってゆく。と、思ったのもつかの間、坂道を登りきったあたりでジョージは急にバイクを減速させ道路脇に寄せると、エンジンを止めた。

          2-8. お気に入りの場所

          2-7. Sail!

          エンジンが音を立て、船は動き始めた。徒歩と同じくらいのスピードで、停泊しているボートの間を縫って進む。時折沖合を進むフェリーが立てる波にぶつかって、その時はぐらぐらと揺れはしたが、危険を感じるほどではなかった。 水の上を進む、というのは不思議な感覚だ。カヤックの時もそうだったが、自分がコントロールしているようで、実際にはコントロールしきれないものに対して自分が合わせている。 水面が、ヨットに合わせて割れてゆく。さざなみが立ってゆく。 動きはひどくゆっくりと感じられていた

          2-7. Sail!

          2-6. ブーゲンビリア

          板塀がずっとつづいている。 その角を曲がる時、ブーゲンビリアのひときわ濃いピンク色が、私の目を捉えた。 ――なんて綺麗なんだろう。 陽光に照らされた花びらは、私たちが巻き起こす風にゆらゆらと揺れた。 私はジョージの背中にしがみついたまま、首を伸ばしてその花を目でおった。バイクで通り過ぎる速度と角度で、スローモーションのように、その花をくるりと180度捉え続ける。 空中に踊る、フューシャピンク。 そんなふうに、何かに強く心惹かれたことなど、これまでの日常であっただろ

          2-6. ブーゲンビリア

          2-5. Paying Forward

          ――ホステルを変えなくちゃ。 シドニー観光から戻り、私はゆううつな気分でベッドに横たわっていた。 とりあえず3泊を申し込んだものの、鍵は壊れているしゴキブリは出るしで、もう一日だってこのホステルには泊まっていたくない気分だった。おまけにこの物価高のシドニーにありながら、キッチンは申し訳程度のものしかなく、小さな冷蔵庫と電気コンロではスーパーで食材を買って料理して節約することもできそうにない。 悲しい気持ちでラップトップを開き、近所のホステルを検索して見比べる。どれも似たり

          2-5. Paying Forward

          2-4. Sydney!!

          Tシャツ(お気に入りの色)。 ショートパンツ(暑いから)。 スニーカー(たくさん歩くから)。 パーカー(夕方寒くなるから)。 財布、スマホ、パスポート、ティッシュペーパーとハンカチ。 日焼け止め、リップクリーム、サングラス、帽子。水の入ったペットボトル、ペンと手帳。それらを放り込んだ斜めがけバッグはウルルの土埃のせいかすでにかなり汚れている。昨日空港で取ってきた無料の地図も、折りたたんでポケットに入れた。 ――よし。 ホステルの急な階段を降り、Darlinghurst

          2-4. Sydney!!