2-19. 自分の決断か、はたまた宇宙の意志か
異性とまともに付き合ったことがないことによるデメリットはいろいろあるが、その一つに、別れ話をどう切り出して良いか分からない、というものがあると思う。
それからの数日、私とジョージは何事もなかったかのようにいつも通り過ごした。
私はいつも通りアルバイトに行き、ジョージはいつも通りごはんを作ってくれた。夜は一緒にテレビを見て、同じベッドで眠った。
「メルボルンに行こうと思う」
その週の終わり、ジョージと手を繋いでエンバーケーション・パークを散歩している時に、私は彼に言った。折り入って話をするのではなく、何気なく伝えた方が良いような気がした。そもそも、私たちの関係——英語でいうところの”Relationship”——は、どちらかが告白したり定義づけたりして始まったものではなかった。風に吹かれたフランジパニの花がふと膝の上に落ちてきたように、岸壁に打ち寄せた大きな波の飛沫を思いがけず浴びてしまったように、ぐうぜんに引きあってなぜかそうなってしまった、そういう類のものだった。
「シドニーはとてもいいところなのはわかったし、ずっと居たいとも思うけど、メルボルンにも行ってみたいの」
それは嘘ではなかった。たとえジョージと出会っていなかったとしても、シドニーに来ることは決めていたし、メルボルンにも行くつもりだった。ただ、今自分がシドニーにこうして留まっているのはジョージと恋に落ちたからだし、メルボルンへ移ろうとしているのはジョージとの関係をこれ以上進展させようがないからでもあった。けれどそのことを理由にするのは何か違う気がした。それを理由にしてしまうと、私の旅がジョージとの関係に左右されていることになってしまう。恋をしたいとは思っていたけれど、先の見えない恋に限られた時間を注ぎ込んでも苦しくなるだけだ。シドニーは美しく、素敵な街だった。けれど私がまだ訪ねていないだけで、この国には他にも美しくて素敵な場所がたくさんあるはずなのだ。
コカトゥが鳴いていた。どんなフィルターを通すよりも肉眼で見た方が美しい夕焼けの中に、ハーバーブリッジが黒く聳えているのが望めた。
「メルボルンか!いいね」
ジョージはぎゅっと私の手を握った。不自然なくらい明るい声におし隠された彼の感情は、サングラスに隠されて読み取れなかった。
「まだ航空券を予約してないけど、来月くらいかな。メルボルンはシドニーよりも寒いって聞くから、春になってから行きたい」
この人ともうかれこれ4ヶ月も一緒にいるのか。私は不思議な気分だった。そして1ヶ月後には、もう居なくなっている。初めて出会ったとき、私たちが同じ星を見ようとしていたことが思い出された。星の巡り合わせに自分の恋愛の行く末を重ねるなんて、まるで陳腐で笑ってしまう。けれど昔の人たちが自分ではコントロールできない人生の流れを、縁や運命といった言葉で説明しようとしたその意図は、どこかわかるような気もした。一瞬重なった星の軌道が、再び別れてゆくだけのことだ。そしてそれは宇宙の意志なのだ。たぶん。
夕焼けの残照が少しずつ夜の色にとって変わろうとしている。ウールームールーに停泊している軍艦をかすめ、コウモリの群が植物園の方へ飛んで行くのが見えた。
「春か。じゃあまだもう少し時間があるね?」
ジョージは興奮と哀しさが綯い交ぜになったような表情で言った。
「バイロンに行かない?」
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