好きな人と行けなかった場所

3月のまだ少し寒さが残る頃、品川で待ち合わせて、そこから彼の運転する車で好きな人とお台場に行ったことがあった。
遠出するのは初めてだったから緊張し過ぎて断片的な記憶しかない。確かハワイアンカフェのテラス席でサンドイッチを食べた。全然喉を通らなくて目一杯色々な話をしながら時間をかけて食べていた。何度も断ったが奢ってくれた。会計が終わって商品が来るのを待っていた時に「ほんと優しいですよね」と呟いたら「それは違うよ」と首を横に振って柔らかく否定された。初めて彼に否定されたからよく覚えている。それからトリックアートの展示を見に行った。当然トリックアートは人が写り込んで写真を撮らないとトリックにならない。写真を撮り合うことが気恥ずかしくも嬉しかった。彼の写真フォルダに私が入ることを許されているんだと思ったら、喜んで彼の前でポーズした。
その後は飲み物を奢って貰って、彼の車で私の最寄り駅まで送ってくれた。全然彼の家とは真反対なのに、気遣って行動で見せてくれる優しさで本当に大好きになったし、帰り際には手土産まで持たせてくれた。元々買って持ってきてくれていたらしい。私も最初に菓子折りを渡したけれど、まさか貰えるなんて思わなくて驚いた。でもその考えてくれた時間まで本当に嬉しくて、幸せだった。
その後、1年ぶりに再会するまでSNSも電話もなかった。程なくして別れて、今になる。
寂しさを埋める為に出会って、結局寂しくて別れてしまったなと今は思っている。


私は本気で心の底から恋していた人にはテーマソングがある。正確に言えばそんな大々的なものでもないけれど、その人に恋している時に酷く共鳴して引き寄せられるようにその曲ばかり聴く癖がある。

このお台場に行った好きな人のテーマソングはSHE'Sの「LETTER」だった。

歌詞にも共感したし、YouTubeのMVに出演している彼氏役の赤楚衛二さんが彼に凄く雰囲気が似ていた。服も髪型も背丈も、どこか寂しげなところも、彼に当てはめて考えてしまった。
静かに心地よく響くピアノの音色、ボーカルの儚くも強い声が、彼の控えめでありながら野望を秘めている中身を表現している気がしている気がしたし、海の景色や、曲の始まりの泡の音も、彼の人間としての深みを表してるようにしか聴こえなくなってしまった。そんな彼の沼に嵌って沈んでいく私を表しているとも思える。
そんな盲目な私はふと思った。
このMVを撮影した江ノ島に彼と二人で行ってみたい、と。

彼がSHE'Sを聴いているのは私は知っていた。お台場に向かう車の中で、曲を流す為に携帯に保存しているアーティストの一覧をスクロールしていた時にSHE'Sの名前があった。LETTERは某CMに使われた曲で、SHE'Sの中ではかなり有名な曲。SHE'Sを知っているならLETTERも知っていると思った私は、お台場に出かけて1ヶ月ほど経った頃から彼と江ノ島に行くことを目標にした。実際Twitterでも好きな人と江ノ島に行きたいと口にし、Instagramのストーリーではかなりの頻度でLETTERを流した。
しかし、お台場に出かけた日から2年4ヶ月後、私たちは別れてしまって彼と江ノ島に行くことは叶わなかった。彼と行く江ノ島を人生初にしたくて家族や友達と江ノ島に行くのは避けていたのに、もうそれも必要ない。

私はいつか生まれて初めて江ノ島に行くことになったらきっとLETTERを聴いてしまうし、彼を思い出すと思う。

それでもいつか1人で江ノ島を旅したい。

浅瀬を歩けばきっと足首に冷たい水が浸かって、どう無理しても溺れない程度しか君の事を分かっていなかったんだと思い知るから。



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