揺らしたい
はじめてのデートは泊まりだった。
友達に、「絶対やめた方がいい。おかしいよ」と言われた。
でも、私は行くことにした。
それまで友達関係だった彼には、一度告白して振られていた。
それでも、諦めきれずにいた。
振られた後も、どうしても彼の言動を目で追ってしまう私の姿を、友達は「痛々しくて見てられない」と言っていた。
そんな日々を送っているなか突然、彼の方から「付き合ってくれませんか?」と言われた。
『この人は誰でもいいのか?』と少し思ったけど、すぐに、そんなことどうでもよくなった。
私は彼と付き合うことにした。
友達として遊んでいたので、信用はしていた。
お互いの家にも行ったことあるし、遊びに行ったこともある。
でも、初デートで、いきなり「泊まりで行こう」と言われて、さすがに少しびっくりした。
もしかしたら…… まさかね……。
悪いほうに考えたりもしたけど、行くことにした。
それならそれで、いいとも思った。
例え、最悪な結果に終わっても、少しの間だけでも彼女でいたかった。
冷静な判断ができないほどに、好きだった。
☆
お城に行ったり、動物園に行ったり、食事をして、ありきたりのデートコースを満喫した後、海の見える白いペンションに泊まった。
夕食は、ペンション側が用意をしてくれて、とても美味しかったはずだったけど、緊張してあまり味は覚えていない。
部屋のベッドは、ツインだった。
友達として話をしていたような内容を繰り返ししたけど、お互いに、どことなくぎこちなかった。
それぞれ、お風呂に入り、持ってきたパジャマに着替えた。
恥ずかしかった。
目を合わすことができなかった。
ベッドにもぐり、「おやすみ」と声をかける。
彼も「おやすみ」と優しく返事をしてくれた。
ドキドキが止まらなかった。
寝られるはずがなかった。
静かに深呼吸をし、覚悟を決めた。
決めたのだけど……。
ほどなく、彼の寝息が聞こえてきた。
私は、その寝息につられるように、意識が遠のいていった。
目が覚めると窓の外は明るくなっていた。
何も起こらなかった。
☆
背中合わせに服を着替える。
この日のために新調した、青色のスカート。
容姿に自信がない私が、せめて洋服だけでも可愛いと思ってもらえるように買ったもの。
彼が青色が好きだと知っていたから、青色にしたスカート。
服を着替えて、外に出る。
彼は、青色のジーンズを履いていた。
ちょっとだけ、ペアルックに嬉しくなる。
海への階段を降りていく。
どちらからとなく、手を繋ぐ。
はじめて、手を繋いだ。
海の青、空の青、スカートの青、ジーンズの青が、混じりあって溶けてしまいそう。
朝の静寂に揺れる、二人だけの時間。
階段を降りる度に、揺れるスカート。
一段一段、膝に、トントンと裾があたる感覚が、なんだか嬉しくて。
嬉しいな、幸せだな。
手を繋いで、階段を降りていくことが、こんなにも、ドキドキするなんて思わなかった。
心を揺らしてくれると思わなかった。
キスも何もなかった、お泊まりデート。
私は一生忘れない。
またいつか、行きたいな。
もう、あの時のような新鮮さはないけれど、気持ちもないかもしれないけど、
ただ手を繋いで、歩きたい。
海を眺め空を見て、スカートを揺らしたい。
心をゆらゆらと優しく揺らしたい。
☆
一度、夫に聞いたことがある。
「あの時、何を考えてたの?」
「ずっと友達だったから、友達関係を越えるシチュエーションのデートをしたかった。いきなり何かをするつもりは、なかったよ」
って、ちょっとカッコつけて言っていたけど、ほんとはどうだったのかな。
あの日の朝、目が赤くなっていた、あなた。
このことは、これからもずっと、気が付いていなかったふりをしててあげるね。
忘れられない、夏の思い出。
ありがとう。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?