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揺らしたい


はじめてのデートは泊まりだった。

友達に、「絶対やめた方がいい。おかしいよ」と言われた。



でも、私は行くことにした。


それまで友達関係だった彼には、一度告白して振られていた。
それでも、諦めきれずにいた。

振られた後も、どうしても彼の言動を目で追ってしまう私の姿を、友達は「痛々しくて見てられない」と言っていた。


そんな日々を送っているなか突然、彼の方から「付き合ってくれませんか?」と言われた。

『この人は誰でもいいのか?』と少し思ったけど、すぐに、そんなことどうでもよくなった。


私は彼と付き合うことにした。


友達として遊んでいたので、信用はしていた。
お互いの家にも行ったことあるし、遊びに行ったこともある。

でも、初デートで、いきなり「泊まりで行こう」と言われて、さすがに少しびっくりした。


もしかしたら…… まさかね……。

悪いほうに考えたりもしたけど、行くことにした。

それならそれで、いいとも思った。

例え、最悪な結果に終わっても、少しの間だけでも彼女でいたかった。


冷静な判断ができないほどに、好きだった。


お城に行ったり、動物園に行ったり、食事をして、ありきたりのデートコースを満喫した後、海の見える白いペンションに泊まった。

夕食は、ペンション側が用意をしてくれて、とても美味しかったはずだったけど、緊張してあまり味は覚えていない。


部屋のベッドは、ツインだった。


友達として話をしていたような内容を繰り返ししたけど、お互いに、どことなくぎこちなかった。

それぞれ、お風呂に入り、持ってきたパジャマに着替えた。


恥ずかしかった。

目を合わすことができなかった。


ベッドにもぐり、「おやすみ」と声をかける。

彼も「おやすみ」と優しく返事をしてくれた。


ドキドキが止まらなかった。


寝られるはずがなかった。


静かに深呼吸をし、覚悟を決めた。



決めたのだけど……。


ほどなく、彼の寝息が聞こえてきた。

私は、その寝息につられるように、意識が遠のいていった。



目が覚めると窓の外は明るくなっていた。



何も起こらなかった。




背中合わせに服を着替える。

この日のために新調した、青色のスカート。

容姿に自信がない私が、せめて洋服だけでも可愛いと思ってもらえるように買ったもの。


彼が青色が好きだと知っていたから、青色にしたスカート。



服を着替えて、外に出る。

彼は、青色のジーンズを履いていた。


ちょっとだけ、ペアルックに嬉しくなる。


海への階段を降りていく。

どちらからとなく、手を繋ぐ。


はじめて、手を繋いだ。


海の青、空の青、スカートの青、ジーンズの青が、混じりあって溶けてしまいそう。

朝の静寂に揺れる、二人だけの時間。


階段を降りる度に、揺れるスカート。

一段一段、膝に、トントンと裾があたる感覚が、なんだか嬉しくて。


嬉しいな、幸せだな。

手を繋いで、階段を降りていくことが、こんなにも、ドキドキするなんて思わなかった。

心を揺らしてくれると思わなかった。


キスも何もなかった、お泊まりデート。


私は一生忘れない。


またいつか、行きたいな。


もう、あの時のような新鮮さはないけれど、気持ちもないかもしれないけど、


ただ手を繋いで、歩きたい。


海を眺め空を見て、スカートを揺らしたい。


心をゆらゆらと優しく揺らしたい。



一度、夫に聞いたことがある。

「あの時、何を考えてたの?」


「ずっと友達だったから、友達関係を越えるシチュエーションのデートをしたかった。いきなり何かをするつもりは、なかったよ」

って、ちょっとカッコつけて言っていたけど、ほんとはどうだったのかな。


あの日の朝、目が赤くなっていた、あなた。


このことは、これからもずっと、気が付いていなかったふりをしててあげるね。






忘れられない、夏の思い出。



ありがとう。






















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