遠くへ行きたい その2:カンボジア編
——40秒で支度しな!
はじめに
旅行がしたい。
その思いで前回、海外フォトウォークにも出かけづらい昨今だからこそ、このテーマで書き始めてみました。
このnoteで書き始めてから、実はもう19稿目。色々手を変え品を変え、いろんな側面からカメラに向き合ってきたと思います。今回も、カメラと旅行、という題材だけれども、結局のところ、文章を書くのは面白いと思っています。
場所および経緯
今回の題材はカンボジア。
今回もまた、筆者がシンガポールにいた時に近隣国を訪れた際の記録です。なぜこんなにガンガン近隣国に行っているのかは、前回の経緯をご照覧あれい。
たしか、この時は12月に差し掛かるころのことだったでしょうか。年度末に向けての準備が諸々片付いた、というのと、まあプライベートで色々あったので独りで出かけようと思っていました。
また、この当時は東南アジアにおけるハードロックカフェ(以下HRC)のピンバッチを集めるのにハマっていて、当時の選定基準としては「それなりに撮影甲斐のある、HRCがある街」というものでした。残念ながらモルディブにはなかったのですが、それでもその当時はそんなこと考える余裕すらなかったわけで。
それで、とりあえず検索してみると、近隣のカンボジアはHRCを備えるばっちりな国だったわけです。ただし、カンボジアに入る際は、入国ビザが必要で、インターネットによるとビザ申請から発給まで3週間かかる、と言われており、結局最短でもクリスマスイブになろうかという状況であったため、やむなくホリデープライスでの出発を決定。
こういう風に書くと滅茶苦茶高い金払ってる?なんて思われるのですが、実はカンボジアにした決め手はその値段でした。今回の旅において、たしか移動費込みでトータル3万円程度しかかかっておらず、どこかのサンゴ礁の国に行く予算があったら無限に行けます。もちろん事前に外務省ホームページ等を確認したうえ、できるだけ安全なホテルを選定し、予約をしました。
申請から2週間程度で無事にビザ発給もされ、いざ…と思いきや、そもそもカンボジアで何するの?アンコールワットってめっちゃ広いし、何か他にないんかね…と、出発直前1週間前までほぼノープランという体たらく。
だって仕事が忙しかったしっていうのはさておき、とりあえずもう少し情報を漁ってみたところ、スタジオジブリの誇る名作映画、天空の城ラピュタのモチーフになったベンメリア遺跡がある、とのことでした。これにはさすがに驚きました。それはもうシータがいきなり降ってきたぐらいには。
アクセス等を調べるとえらく不安定な方法だったので、オプショナルツアーを即座に申し込み。ぶっちゃけアンコールワット他遺跡群をめぐるツアーもそこのサイトで一緒に申し込みました。それくらい交通の便は悪かったです。
こうして直前でラピュタ発見に匹敵するテンションぶち上げの事象が発生し、筆者は40秒で支度を済ませ、意気揚々とチャンギ国際空港へと出発。
旅程
全部で2泊3日。
1日目には、先のベンメリア遺跡を巡るツアーを、2日目にはアンコールワット遺跡群を巡るツアーを入れ込みました。正直、この2日目の内容については、ほぼ丸一日オプショナルツアーの内容だったので、機会があれば記事化したいけど、そこまで特筆すべき内容でもないかな…と思うので割愛。
アクセス
シンガポールから、直行便で約1時間20分程度ののちシェムリアップ空港へ到着。全日快晴であり、天候には恵まれました。
今回の旅は予算に相当余裕があったので、空港からリムジンをつけてみました。現地は12月ながらうだるような暑さで、できれば屋内のクーラーで涼みたいなぁと思っていた矢先、閑散とした雰囲気を破るかのような豪奢なリムジンが到着し、筆者を中に入れてくれました。
中に入るとしっかり空調の効いた、これまたカネのかかった作りで、まさかここまでとは…と、若干引き気味だったのは記憶に新しいです。
使用機材
この旅ではK-3+FALimited 31mmをチョイス。
なぜAPS-Cを?と思った読者の諸兄諸姉は正しいです。
筆者は、事前にカンボジアについて調べていたのですが、やはり治安がどうしても悪いよ!という情報のうえ、いまだに一部地域では地雷原なんかがあるよ!という安全な国に住む我々の常識では測れないくらいヤバイ情報しか入ってこず、比較的安価なボディのK-3をセレクト。
レンズも、一番思い入れのあるやつだけで!というかなり潔い装備だった。だが、人間、意外とないものねだりはしないんだなぁということをこの旅で学びました。
記録
比較的安全なホテルを選定したはずでしたが、それはホテル内部での話であって、この周辺の地域は結構荒れていた、というよりはすさんでいました。とはいえそれも醍醐味。筆者はそうした辛酸を舐めてきたという自負があります。
ホテルに着いたのは昼前だったので、目の前の通りでトゥクトゥクをハイヤー。なお、流しでもどこに連れ去られるかわからないうえ、現地では英語が通じない、とのことだったので、多少割高でもホテル前のトゥクトゥクをチャーターしたほうが安全です。
実際、ホテル前の運転手の方は英語が通じたので、そういう意味では安全でした。安全を金で買う、というのは冗談のように聞こえて割とマジだったりします。
まずはHRCへ向かいました。たしか往復USD10だった気がします。当時千円くらい。日本のタクシーと同じじゃん、というイメージ。当然後部座席は箱みたいなのに乗せられてひどく安定性が悪かったです。でも案外、世界の辺境を旅している感は味わえるので一度はやってみてほしいと思います。
なお、HRCのピンバッチは1個USD20だったのはちょっと資本主義を感じました。
買い物から帰ってホテル前に着くと、筆者を待つ日本語対応可能な現地スタッフがベンメリア遺跡までのツアーを行うよ、というプラカードを持って待機していました。あとは筆者だけだったので、そそくさと荷物を部屋に置き、エントランスへとんぼ返り。
道中はバンでの移動。車内では、カンボジアにまつわる歴史、ベンメリア遺跡に関する情報について説明がありました。内容については割愛しますが、とにかく、色々凄絶だったらしいですね。
ガイドの方いわく、未だにこの辺りのジャングルには地雷が埋まっていて、それで毎年何人かが大けがを負うのだ、とのことでした。大けがどころではないでしょうに…。
筆者も一生懸命やっているが、では筆者のやっていることはいったい何なのだろうという少しアンニュイな気持ちになったのを覚えています。クリスマスに心を痛めながら、とうなんで世界平和について考えたのでした。
そんなセンチメンタルなことを考えていたら、シェムリアップの町からおよそ車で2時間、ようやく到着しました。でこぼこの悪路を走破した先で出迎えてくれたのは、蛇神(ナーガ)像でした。
第一印象としては、静謐、という言葉が似あう場所でした。所謂観光地によくある、いかがわしいバッタモノ屋さんとかうるさい客引きは一切おらず、とにかく夕暮れ前の静かな雰囲気の中、散策ができました。
どうやらこのベンメリア遺跡のナーガ像は、周辺の遺跡の中で一番きれいに現存している、ということもあり、この遺跡群では複数散見されました。
ベンメリア遺跡は、もともと内紛や隣国アユタヤ朝など外部からの侵攻により1432年にクメール王朝が滅ぶと、密林の中に長く眠っており、その存在は長く忘れ去られていたという遺跡でした。
1860年、フランスの植物学者によってアンコール遺跡群の一部が発見されたのですが、1970年代、ポル・ポト政権による独裁政治が敷かれたカンボジアにおいて、激しい内戦が起きていたため、遺跡群はことごとく戦禍を被り、現在のような状態になったということです。
やがて平和が戻り、1992年にユネスコの世界文化遺産に登録されたと同時に危機遺産リストにも登録されるという経緯があったそうな。そこから懸命な遺跡の保護活動が始まり、2004年に危機遺産リストから外されたそうですが、「ベンメリア(=現地で蓮池の意)」は原型をとどめないほど崩壊が進み、いまだ修復されることなく発見当時のまま放置されているとのこと。
諸行無常。
時間になったのでバンに乗って帰っている道中、スイカ畑に到着。ガイドさんがおもむろに外出を促したため、訳も分からず外に出ると、夕暮れというよりはもう暮れに時間に沈む夕日が見ることができた。先の戦禍を見た後だったので、余計にセンチメンタルな気分になった。
世界は平和になるのか、あるいはできるのでしょうか。
おわりに
今回は、自身も初となるAPS-Cでの記事作成。
でもレンズの実力が高いのか、よく写っているような気もしなくもないです。実際、カンボジア観光の8割以上は遺跡巡りだと思います。
もちろん、現地での移動は旅慣れている人であっても相当リスクがあるので、もし可能なら出発前にすべて手配してしまうことをお勧めします。何度も言いたいのですが、金で一定水準の安全は買えます。下手にケチって余計なトラブルに巻き込まれないよう、ご注意ください。
今回は以上!
ご意見・ご感想等あれば、是非筆者まで…。
画を写さんと欲すれば、まず旅をせよ。
どうかよいカメラライフでありますように。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?