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夢だよと言われれば夢だったのかあ、って思っちゃう、そんな夏の中にいる


 
 入籍したのが8月6日の日曜日。いろいろ考えて午後1時45分に籍を入れると決め、無事にそれが達成できた瞬間から、晴れて夫婦になったのだけれど、あっさりしすぎていて、わざわざ言葉に出さないと「夫婦」という実感がないというか、いやもう本当にわからなくて、役所から帰る車の中で「夫婦になりましたねえ」という話をした。

 紙切れ一枚で同じ苗字になり、ここから一生同じ人生をあなたと歩んで行きますよってことになったのが変な感じがして、というか、大きなことをしてしまったという感覚が丸い塊のように胸の奥にあって、でも、夢だと言われれば夢だと思い込んでしまえるような儚さとか、嘘だよんと言われれば嘘だったのかあ、となっちゃいそうな軽さもあって、心許なくて、なんとなくいつものように手を繋いだ。そしたら、いつも通りの骨ばった手があって、いつも通りの夏の暑さがあって、いつも通りの私たちがいて、言葉と心の中だけが「夫婦」を現実だと実感させていて、結局は実感だけが頼りなのだった。家に着くと猫たちがいつものように玄関で待っていた。何もかもがいつも通りで、不意に泣きそうになった。不安と喜びと感謝と、なんだろう、確かな言葉が見つからないけれど、これからもどうにか頑張って生きていくのだということ、幸せと死は表裏一体であるということ、そして、今まで生きてきたうちに経験したいろんなしんどさとかが全てがごじゃまぜになって、ごじゃまぜのまま大きく包んで静かに飲みこんだ。表現しきれないこの感覚こそ、時間が経てば必ず忘れてしまうのだろうけど、いつかまた思い出したい感覚だから、ここに残しておくことにした。

 何はともあれ、SNSでもたくさんの方がお祝いしてくれて、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。SNSに入籍報告するとか何様だ、とは思ったのだけれども、色々とお世話になっていたり、仲良くしてくれている方々の中にも、SNSだけでしか繋がっていない人もいるので、報告のために使わせてもらいました。本当にたくさん、たくさんありがとうございました。

 そんな入籍日、実は午前中は映画を観に行ったのでした。トランスフォーマー最新作、ビースト覚醒。いや〜めちゃくちゃ面白かった。トランスフォーマー大好きなんです私、かっこいい。割とテンポよく話が進んじゃうので見逃せないぞ、と意気込んでいたけれど、私はどんな映画で、どう気をつけていても絶対に途中でトイレに立つ女なので、今回も例外なくそうだったのだけど、とはいえ、その数分間を見逃したとしても十分面白かった。ド派手なアクション、バンブルビーが安定に可愛いし、強くて痺れた。黄色いキャラクターがなんか好きなのかもしれない。ピカチュウも好きだし、トゥイーティーも好きだし。
 映画の内容は安定に地球が危機にさらされ、彼らが彼らの目的のために(しゃあなしだが、一応人間たちの気持ちを汲んで)助けるという感じだったけど、わかっていても毎回違う面白さがあっていい。それにしてもミラージュいいやつだったな。屈託のない感じとか明快でパリピ感強めでさ。でもちゃんとかっこいいところではちゃーんとかっこいいんだよな。あとオプティマスは毎回強いんだか強くないんだかハラハラしてしまう。最初からトップギアじゃないのかしらね。毎回ボコボコにやられるんだよな最初。どうしてそんなに弱いのか?って思うくらいに弱い。でも最終的にはなんとかなるというか、最後は期待を裏切らない。いやあよかった。すぐに車になったりロボットになったりする動きの滑らかさ、すばやさ、違和感のなさ。パーツがどのように見え隠れしているのかわからないけれど、なんかすごい速さでトランスフォームするあの感じ。CGの世界すごい。ぬるぬる変態するよね。今回の新キャラ(もともとはコミックには登場しているビースターズではあるが)ゴリラも鷹もチーターもサイもみんなかっこよかったな。でもなんでチーターだけチーターって名前だったんだ。そこだけ気になってしまった。

 午前中に映画からの入籍という密なスケジュールでした。そんな日。幸せは日々の中にあって、当たり前の中にあるので、見えるかどうかはその人次第だし、幸せを作るも壊すもまたその人次第なのである。そして、誰かと一緒に末長く暮らすということは、もしかしたら簡単にできることなのかもしれないけれど、たった一人、君だから一緒にいたいんだよって気持ちを、大事にしておきたい。


 さあ、それ以降は怒涛である。必ず通らなければならないこと、それは名義変更などなどのめんどうくさい手続きがいろいろありすぎて、まじでワンタッチもしくはネットで全て終わるようにして欲しいというか、入籍した瞬間にピピンと何かがその場でメカがやってくれるみたいな発明をどなたかがやってくれたらそれはもう全世界で役に立つと思う。それくらい、姓が変わる側だけが被る手間手間手間。手間の猛襲。日にちが過ぎなきゃどうしようもないことばかり、休日は2日間潰れました。もう。やんなっちゃう。これが現実なのだよな。そう。幸せなのは気持ちだけ。でも、その気持ちを忘れるとくさくさするから忘れない。乗り越えなならんことは沢山あるけど、必ず終わりがくるのもまた現実なのであった。

 そうしていろんな人からのお祝いのメッセージやら贈り物やらをいただき、改めて人との繋がりを再確認したわけだけれども、夏の爽やかさもあいまってパッション性が強いというか、軽快だった。そして誰と会っても嬉しかったり面白かったりした。中にはいじめっこだった人もいたし、今もなお友達かと聞かれたらそれはもうないんじゃないかってくらい久々な子もいた。まあ元気そうだった。その瞬間に相手とのいろんな思い出が駆け巡った。キラキラはしていない。楽しかったねーとも言い合えない、いろんな思い出が駆け巡った相手との最新の思い出が私への「おめでとう」の言葉で終わって、なんかこれでいいのか悪いのかわからないな、歳をとったってことだろうかなあ、とは思った。でもまあ平和が一番なので、そのままにしておくことにした。あの日々を覚えているさ。覚えていることを覚えているのは私だけなのだろうけれど。

 只今はお盆の真っ只中で、だからってなんだって感じで平常運転で仕事なのだけれども、仕事が終わったそのあしで祭りを観にいくのがここ最近の流れになっていて、もうすでに4箇所くらい、花火大会や阿波踊りなどに出向いている。祭りの賑やかさとか、もはやうるささすらが楽しさそのものになっており、屋台の匂いとか、子供も大人もしょうもないこと言って笑っとるとかがくすぐったかった。時々、「やっと阿波踊り見れたな〜」という声も聞こえてきて、不意に涙が出そうになった。満面の笑みで阿呆になって踊る玄人の連の人々、緊張している女踊りの若い女の子たち、みんなが一生懸命で素敵で、手拍子を叩きながら私は静かに泣いていた。何が嬉しいかって、私は踊れないしいつまでも観る専門だけども、今やっと、ここに、徳島県民の、私の夏が戻ってきたのだよな、と実感したのだった。誰にとっても今ここに立つ人々にとっての徳島の夏はこれなんだって、再確認しただろうし、初めての人にとってもまた、これがそうなんだって感じてもらえただろう。そうだそうだ、このぞめきこそ徳島の夏そのものだし、みんなそれを感じて喜んでいるのだ。私たちですらそうなのだから。良い夜を連日過ごした。

 

 騒がしい夏が終わればすぐに秋がやってくる、と思いたいけれど、案外今年の夏も暑さばかりが残って、これを残暑と呼ぶべきか、と唸るのが目に見えているし、まだもう少し先まで、夏の中にいるだろう。
 阿波しらさぎ文学賞に落ちた悔しさとか、入籍したこととか、祭りに行きまくったとか、なんかこう、楽しいも苦しいもいっぱい詰め込まれているタイトな夏だな。今後もできるだけ楽しんでいたい。


 だけど外出ばかりし過ぎている感覚はある。そろそろ本腰入れないといろいろやばいとわかっている。生きてますか私。創れていますかいろいろ。いいえ。まだまだ原稿は白紙です。ありがたいことに仕事も忙しいです。毎日の生活だってバタバタです。だけどこれが私の日々。猫たちの日々、夫婦の日々なのだから、なんやかんやでうまいこと、やっていきたい所存です。

 短歌も小説も、上手いことやるんではなくて、ちゃんと失敗して、ちゃんと間違えながら私のやりたいようにやれる表現を積み上げていきたい、が目標。


 
 あまりにもまとまりのない日記でした。また近いうちに。それではしーゆー。


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