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きみのしあわせ

いやいや、いやはや、ほんとうに大変で難しくて、思うようにいかなくて頭を抱えたり悩んでみたり、たまに笑ってもまた次の日には立ち止まったり。

教科書とかマニュアルとか、手引き書の類がひとつでもあればどれだけ楽になるんだろう、
子育てっていうのは。

私には二人の子供がいる。

長男は二十歳になり、現在は大学三年生で医療を学んでいる。
長女は専門学校に通う十九歳で、同じように医療の勉強をしている。

二人は母親の顔を写真でしか知らない。
母は長女が産まれて半年後、病気のため天国へと旅立った。

私たち、小さな家族の人生はその時に一度終わり、そしてその瞬間また動き始めた。
父子家庭としての生活の中ではたくさんの出来事があり、多くの貴重な経験を身を持って吸収し、考え悩む日々であったと思う。

まだ小さかった二人が魚釣りがしたいというので、クーラーボックスに飲み物をたくさん詰め、可愛いレジャーシートを事前に購入して朝から気合を入れて胸躍る気持ちで三人で出かけたことがある。

海岸に着くや否や、娘が岩場ですってんころりん。

怪我はなかったけれど、転んだ場所が大きな水溜まりで服はびしょ濡れ、季節は晩秋で肌寒く、娘は大泣きしている。

「ちゃんとおれみたいにゆっくり歩かないと!」
そう言って手本を見せようと歩き出した息子も見事なまでにすってんころりん。なんの奇跡か偶然か、転んだところは同じように深い水溜まりだ。
びっくりした息子は最初は呆然としていたが、やがて状況を理解して大泣きし始めた。それを聞いた娘も負けじとさらに泣き始め、海岸に響き渡る秋の季節のハーモニー。
びしょ濡れの二人をあやして慰め、クーラーボックスを斜めに掛け、両腕に子供を抱っこして車に戻る途中に携帯電話がすってんころりん、水の中。

二度あることは三度あり、私もわんわん泣きたかったけれど流石にそこはぐっと我慢し家に帰った。
庭にシートをひき、お弁当を広げた。
魚釣りはできなかったけれど、冷蔵庫から冷えた缶ビールを持って来て、おにぎりと玉子焼きとサバの塩焼きをつまみに喉に流し込んだ時、あぁ、たまにはこんな日もいいなぁと思った。

またある時、三人で動物園に行く計画を立てた。
一ヶ月前から天候をチェックし、休みを申請し、早朝三時に起きて豪華なお弁当を作って支度をした。今度は海辺ではないから滑って服を濡らすこともないだろう。季節はちょうど今と同じ梅雨明けで、近所の畑からはカエルの合唱が聞こえていた。
動物園は車で約二時間の場所にある。
親子三人で遠出をする機会がとても貴重で楽しみで、いつも淋しい思いをさせている分今日ばかりはいっぱい甘えさせて楽しませて、欲しいものもお土産もたくさん買ってあげようと、私も少し多めにお金を用意していた。
この日のために、三人お揃いの、ちょっとばかり高価なTシャツを買い、娘には可愛いスカート、息子には私とペアルックの感じのダメージジーンズを新調し、車もピカピカに洗車した。お気に入りの芳香剤を置き、アンパンマンのDVDをセットし、さぁ、たくさん楽しい思い出を作ろうよ!

パパも気合充分だ。

いつも見慣れた海岸沿いの道路や景色もなぜか普段より輝いて目に入り、歌を口ずさむ子供たちも楽しそうだった。

一時間ほどが経ち、長い橋に差し掛かる時だったと思う。もう少し行ったらコンビニで休憩しよう。

「パパ、なんかさ、酸っぱい匂いがするよ」

「え?」
「まさか!?」

と胸を別の意味でドキドキさせながら運転し、最初の広場に車を停車させ後ろのシートに目をやった。

息子は手に綿菓子と飴を持っている。
娘の方を見ると、心なしか青い顔で、

「パパ、吐いちゃった。」

新品の洋服上下セットとシートが大惨事だ。

「え!?なんで気持ち悪くなる前に言わないの?」

「だって、言ったら運転してるパパに悪いかなと思ったから。」

それを見ていた息子も歩幅を合わせるように・・

結局その場で服を脱がせティッシュで体を拭き、たまたま積んでいた大きめのタオルで二人の身体を覆い、その足で近くのドラッグストアにファブリーズを買いに走って車に立ち込める芳醇な香りをかき消して家に引き返すことになってしまった。

車の換気を行った広場から、それはそれは広大で美しい有明海が一望出来たので、裸にタオルを巻いて忍者のような格好をした二人の勇者を抱っこして少し散歩をし、記念写真を撮った。

蹴り道の車で流していたDVDから、
『もし自信を無くして、くじけそうになったら、いいことだけ、いいことだけ、思い出せ!』
と音楽が流れており、いやぁ、子供のアニメなのに素晴らしいことを教えてくれるんだなぁと、しみじみとした気持ちで感慨深く聴き入っていた。

家に到着し、またまたレジャーシートを広げ、渾身のお弁当を三人で食べ、私は前と同じようにビール飲み頭を掻きながら、おにぎりを頬張る二人の子を眺めながら最高の晩酌にありついた。

そんなこんなの失敗や笑い話が山ほどあり、お盆や年末などに皆が集まったお酒の席では毎回必ず話題となる。

事の発端を担った娘は多少記憶があるらしく、そんな話になると恥ずかしさからなのかいつも話をはぐらかし、普段は決して話題にもしない政治や戦争の話をこじつけてくるから面白い。

娘は中学校の時、息子は高校でクラスに馴染めず、学校に行くことが出来ずに病院に通っていた。
私も正社員から契約社員へと配置転換をお願いし、子供優先の生活をずっと送っていた。
二人三脚、三人四脚の毎日であった。
娘を励まし、一緒に歩きながら眺めた夕日や、息子の肩を叩いて、二人で石投げをした海岸は、今でもどこか懐かしくほろ苦い特別な味わいとなって、頭と胸の中に貴重な甘味を甦らせてくれる。

子供のことでたくさん悩み、考え、時に一緒になって泣いた記憶も今ではかけがえのない至極の宝石のような気がしている。

今の時代、個性が失われ、皆同じロボットのような子供が増えているという言葉を耳にする。
もしそう感じるのなら、そう思う人間がロボットなのだと私は思う。
子供は毎日違う顔だ。
心も身体も日々進化し、成長を重ね、大人をびっくりさせ、驚かせ、時に大きな感動を与えてくれる。
そんなロボットや機械を人間は作れないから。

子供というのはこの世に二つと存在しない、唯一無二のかけがえのない心を持った宝物だ。

いやいや、いやはや、ほんとうに大変で難しくて、思うようにいかなくて頭を抱えたり悩んでみたり、たまに笑ってもまた次の日には立ち止まったり。

教科書とかマニュアルとか、手引き書の類がひとつでもあればどれだけ楽になるんだろう。

けれど、なんだろう。

楽しくて、思い返して可笑しくて、笑ってる時の方が多いんじゃないかい?

いつも三人、笑っていることの方が多いよ。

やっぱり生まれ変わっても何があっても

やめろって言われたって

最高で温かくてワクワクするんだよね。

ママ、そうだよね。

子育てっていうのはさ。






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