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第9回:『吾輩は歌って踊れる猫である』は最近の「音楽」について考えさせられる「ラブコメ」である

こんにちは、あみのです(=^x^=)今回の本は、芹沢政信さんのライト文芸作品『吾輩は歌って踊れる猫である』(講談社タイガ)です。私が読んだ芹沢さんの作品は、これで2冊目になります。

この作品は、いわゆる「あやかし」系のジャンルにカテゴライズされると思います。ライト文芸でこのジャンルというと女性向けの作品が多い印象がありますが、ラノベのラブコメものの雰囲気(とはいえ、もともとラノベの作家さんだそうです)も兼ね揃えた作品なので、男女関係なく楽しめると思う1冊です。

あらすじ(カバーからの引用)

 バイトから帰るとベッドに使い古しのモップが鎮座していた。「呪われてしまったの」モップじゃない、猫だ。というか喋った!?ミュージシャンとして活躍していた幼馴染のモニカは、化け猫の禁忌に触れてしまったらしい。元に戻る方法はモノノ怪たちの祭典用の曲を作ること。妖怪たちの協力を経て、僕は彼女と音楽を作り始めるが、邪魔は入るしモニカと喧嘩はするし前途は多難で!?

感想

前作『絶対小説』(レーベルは同様)は、「物語の持つ力」や「商業作品の闇と光」を感じる良作でした。今作も「創作」が大きなテーマにはなっていましたが、現代における「音楽」の価値観や、クリエイターが新しい曲を生み出す楽しさを存分に味わえる物語でした。

最近はインターネットを介して、音楽が気軽に聴ける時代になっています。インターネットは古今東西の音楽に出会いやすく、ネット上で話題になることによって一気に人気ミュージシャンへの仲間入りを果たしてしまう方々も珍しくないと思います。こうして見ると「音楽」は、これまで以上に身近な存在になっていることは確かですが、一方で「音楽」という文化そのものが軽く見られてきているようにも感じられます。

物語の序盤でヒロインのモニカは、化け猫たちが踊っている様子を勝手にYouTubeにアップロードし、バズってしまったことによって、猫の姿にされてしまいます。モニカが猫化した原因のシーンからは、最近の音楽の流行り方や扱いの軽さと共通する箇所があるように感じとれました。

また、「趣味」としての音楽と「世間が求める」音楽との間で揺れるモニカの国民的ミュージシャンとしての正直な気持ちからは、「音楽でお金を稼いで生きていく」厳しさを実感しました。小説家もミュージシャンもただ「好き」な気持ちだけでは長く続かないと思うし、世間の需要に応えた作品を作ることも大切だということがわかる物語でもありました。

「音楽」の観点からでは考えさせられることもありますが、主人公とモニカのラブコメとして読んでも充分に面白い作品です。

モニカの「才能」を羨ましく思っていた主人公が、幼馴染の猫化事件によって彼女の可愛さを再認識し、人気ミュージシャンになってから遠くなっていた彼女との距離を一気に縮めていく過程は今作の注目してほしいポイントのひとつではないでしょうか。主人公としては困った幼馴染かもしれませんが、常人離れした行動を頻繁に見せるモニカの奇人ぶり、読んでいてめちゃくちゃ好きになりました。モニカ最高。

最後に、楽しみ方や扱いは時代によって変化しているところはあると思いますが、「音楽」は人々を楽しい気持ちにさせる「娯楽」であることはいつの時代も変わらないことを強く感じた作品でした。中でもクライマックスの納涼祭のくだりは、その象徴とも言える場面だと思います。世の中にあるいろいろな曲をただなんとなく聴くのではなく、作り手の思いも想像してみた上で聴いてみると、同じ曲でもまた感じ方が変わるかもしれないですね。

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