50歳の僕は27歳の僕に何とアドバイスするだろうか
この前、50歳になった友人から「もし俺があまたつくんの年だったら何すると思う?恋愛とかバリバリやるだろうね!」と言われてしまった
統合失調症になってから、恋愛も諦めてしまったし結婚なんてなおさらだ。
同じ統合失調症を患う友人からそういわれてから自分がどんな50歳のおじさんになっているんだろうと考えるようになった
もし50歳の自分が未来からやってきてアドバイスしてくるならどう言ってくるんだろうと。
「A型作業所に行くなよ、病気が再発して大変になるぞ」、「ダイエットの勉強ちゃんとやれよ、いつか自分を助けるかもしれなかったぞ」、「恋愛もほどほど楽しめよ」って言うのかも知れない
自分がどんな50歳になっているか。入院退院を繰り返しているかも知れない
ネガティブな未来ばかり見えてしまうのは、気分が落ち込んでいるせいかは分からない
僕は後悔しない人生を目指していた。でも統合失調症になってからは避けられない後悔の連続だ
なんで奨学金を借りて大学行ったんだ、意味が無かったんじゃないかとかだ。
今障害年金で奨学金を支払っていけるが、後悔の念が強い
まともに働けないのに大学行ってしまった。その後悔はいつになったら解消されるんだろう
50歳になった僕が後悔しない状態にするには何が必要なんだろうか。
行動に責任を持つ、行動しないと後悔しそうと思ったことをやっていくしかないんだろう。
ただ後悔したくないという気持ちが一歩踏み出す勇気を減らしてるというのもある。
人生には後悔がつきものだ。ただ後悔は減らしたい。
未来は誰にも分からない。高校生の時、大学の奨学金を申し込む時に発達障害を2つ抱えているとは思わなかったし、うつ病、躁鬱病、統合失調症と抱えるとは思っていなかった。
ただその時には最善の選択でも未来に行けば変わってしまうということだ。
じゃあ27歳の自分ができることは何か。
できるだけたくさんの選択肢を用意することなのかもしれない。
今はB型作業所(最低賃金以下の賃金)からA型作業所(最低賃金が支払われる)に移行する準備をしたり、ダイエットインストラクターになり、ダイエットの勉強を続け、発信できるようにするなど。
やっておけばおけば良かったと思わないようにするしかない。もちろんやって後悔はすることはあるだろう。
でも後悔の中には納得できる部分もある
大学行かない人生は考えられなかったし、中国留学など人生最高の思い出も作れた。
後悔と納得の半分半分だ。
それになりたかったピアサポーター(同じ病気を持った人を支援する人)には大卒のほうが採用されやすいという話も聞いた。
過去の後悔も未来には納得に変わるかも知れない。
話は戻るが自分はどんな50歳になりたいかは今の自分が決める。苦しいダイエットの勉強を続けるのも可能性を広げる上で大切だ。
キラキラした50歳になることは想像しにくいが、せめてブログを続けている50歳になってほしいと思っています
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