Bambino

自分の感情の言語化。

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最近の記事

居場所と距離感(テンション)

「人との心地よい距離感ってどこにあるのか?」 「その心地よさが担保されているから、友達や家族という集合体が維持されているのか?」 そんな問いが僕の中には永続的に存在し、心の波の中で消えかけては勃興してくる。 生まれた時から家族という組織の中のピースとして家族関係の維持存続に努めるわけではあるが、数多の人は家族関係は深めていくものだと説いてくる。 僕の中では実はこれがしっくりこない。 家族は他の人よりも信頼関係を築きやすいかのように錯覚しているからに起因している可能性

    • いつからか思ってた、時々気づいてた。

      この曲とわかった人はいるだろうか? 好きな曲。LIVEにも足繁く通った程に。 それは置いておいて... 自分の変化には自分ではなかなか気づけない。って話。 それでも他者のそれには敏感に気づくのはなぜだろうと不思議になる。 当時の空気感が好きだったけれど、今は好きじゃない。とかは間違いなくあるよね。(勿論、逆も然りだ。) 自分が学生の頃過ごした街だって、成長して当時のような熱量や情熱で過ごせないし、通っていたお店も店員さんが変わっていれば別物になっているだろうし。

      • 幸せのキャパシティ

        豊かさが担保されている現代社会で死んだように生きている気がしてならない。特に僕も。 常に情報に曝されているゆえにいかに効率良く、合理的に必要で目新しいものをキャッチできるかという恐怖心のような強迫観念のような潮の流れで生きている。 知らず知らずのうちに、クリック、スワイプ、スキップしている。 たかだか数十分の映像や時間のうちに何度スマホに目をやるんだろう?とふと、ハッとすることもある。これは常に脳内にドーパミンが放出され続けている、いわば中毒状態にあることを意味する。

        • 家族って何?

          誰に向けるわけではない。 自分の自我と尊厳のために吐き出すように書き出す。 "家族ってなんだよ?" 年の瀬に辛辣な言葉を吐いた。 妹は腎臓が弱い、特に体内のカリウムの生成が他の人よりも圧倒的に少ないいわば隠れた難病だ。 その様態が急激に悪くなり、僕は家族の手が必要とのことで大学の卒業の折に東京を離れ地元に戻った。就活も決まったり、でも蹴って、彼女とは別れ...これも仕方ないことだって腹が決まっていなかったけれど、家族だから助けが必要だって母に懇願された。 いつ爆

        居場所と距離感(テンション)

          未来と感情

          気難しい男の戯言を綴ります。 "未来を変えられる"とはよく言われる。 ガキの頃からそんな甘言のような指南を鵜呑みしてきたように思う。 きっと正しい。 でも、なんか腑に落ちない...(天邪鬼だからか?綺麗事だからか?) "未来"って詰まるところ、数秒、数分、数時間、数年、数十年先のことだろ? でもどれもが抗うことのできない歩まねばならない克明の現実だってことは知ってる。 未来を変えることは、「少し先の現実を変えるための今の行為や努力」  自助努力で変化させられる

          未来と感情

          格言とか名言とかって...

          格言人生の真実や機微を述べ、万人への戒め・教訓となるような簡潔にした言葉。金言。 名言事柄の本質をうまくとらえた言葉。 辞書的な定義付けは上記のようになっている。 僕らが言葉や文章を深いものとして受け取る時にはどんな感覚があるんだろう? 崇拝する、功績を残した偉人が言うこと?圧倒的事実? でも、やっぱり共感なんだろうね。 物事の体験や経験には段階があるから。 アントニオ猪木... "元気があれば何でもできる"これはある意味健康を損ねた時に、自分の送ってきた当た

          格言とか名言とかって...

          Together Forever

          Together Forever - Rick Astley 僕の人生の曲だ。 1987年のこの曲は僕の生まれるより前の曲だし、たまたま両親の影響で幼少期から聴いていた。 他にも、Pet Shop BoysやABBAなど。少し前の世代の洋楽。それも少しリズムがポップな感じの曲を。 その中でもこの曲はなぜこんなにも好きなのか。 このイントロの音、リックの声、繰り返し。心地いいんだ。 曲自体はぶっちゃけると、恋に落ちた時の男特有の勘違い満載の気持ちだよw "If t

          Together Forever

          今も胸に残っている少しの後悔...

          自分の行いによる後悔で今もなお脳裏に残るものがある。 高校3年の1学期の1限の英語の授業の前に遡る。 1,2年の積み重ねでひたすらに何よりも英語の勉強に時間を割いてきたから、志望校の合格レベルの土台、足固は問題ないってレベルまでその段階で仕上げていた自負があった。 高校の3年は皆が受験を本気で意識する段階でピリつく時期だ。 見えない焦りやプレッシャーから僕も無論ピリピリしていた。 英語の授業を1,2年の頃と変わらず最終学年のその年も僕らのコースの主任の先生が引き続き

          今も胸に残っている少しの後悔...

          スマホ脳

          ここ一週間意識的に個人的に取り組んだことがある。 "スマホと距離を置く" "デジタルデトックス"とか格好つけた言葉ではなくね。 春はうつ病が一番高まる季節だ。 「春は進学・就職のシーズン。新学期、新年度の「新しい生活」が始まり、「新しい人間関係」も作られていくことで、変わっていく環境に心と体がまだ慣れていない時期です。また、暖かい日が続いた直後、急に寒くなるなど寒暖差が激しい日もあり、気候的にも落ち着かない時期になります。こうした生活環境や気候の激しい変化は、心と体へ

          スマホ脳

          良い歌と好きな歌は違う

          タイトルは気取った表現だが僕の中には明確な違いがある。 "いい歌=Good 好きな歌=Love" そして飽きることのなく、不意に口ずさんだり、頭にループしたりする。咀嚼するたびにいろいろな感情や感覚が押し寄せてくる感じ。 この曲が僕のそれ。 ケツメイシ 「トレイン」 「夢見る限り レールは伸びる 加速する度に 不安もよぎる 今何処で 何処へ 向かってるかは 分からなくていい 夢詰まってる 車掌いない 時刻表無い 自分次第 焦らず 気負うもん無い 名も無さ駅で 止まる

          良い歌と好きな歌は違う

          いつからだろう?携帯を手に取ることが増えた。それも無意識のうちに。 満たされることのないジャンクフードを常に胃に入れている感覚とも言うべきか。 本当に必要な情報や景色を選べているだろうか?出会えているだろうか? 手に届く可視化された甘言に浸かると本能が腐っていく。

          いつからだろう?携帯を手に取ることが増えた。それも無意識のうちに。 満たされることのないジャンクフードを常に胃に入れている感覚とも言うべきか。 本当に必要な情報や景色を選べているだろうか?出会えているだろうか? 手に届く可視化された甘言に浸かると本能が腐っていく。

          幸せの終着点はどこ...?

          小さい頃には考えたことがなかった、「幸せの定義」。 たまたまこの世に生を持ち、曲がりながらも今まで生きてきた。生きてこられた。いや、生き抜いたって方が正確なのか?なんて。 ガキの頃は何も考えず、疑問を持たずに与えられた環境で、与えられた作業をこなして、なんとかなった。きっとそれは高校の大学受験の頃までかな?と思う。 僕は大学に入るまでに2年間いわゆる浪人をした。 高校時代は週6日正規に授業が組まれていて、日曜日模試。朝8時に登校、20時に下校という日々。 勝手に自分

          幸せの終着点はどこ...?

          テーマパークについて...

          僕はいわゆるテーマパークが苦手なタイプの人間だ。 きっと、大好きな人からすると"ありえない!!"と糾弾される話だろう。 そもそも得意とか苦手とかってあるんだろうか?と鼻で笑われる案件かコレ?!笑 成人して今になってそう思ったからではない、幼少期の頃からこの不思議な感覚があった。 幸運なことに幼少期の頃には北海道在住ながらに両親のおかげで、東京ディズニーランドやシー、USJや愛地球博に長崎ハウステンボスなどに連れて行ってもらっていた。(今思い返すと...凄く恵まれていたと

          テーマパークについて...