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幸せの終着点はどこ...?

小さい頃には考えたことがなかった、「幸せの定義」。

たまたまこの世に生を持ち、曲がりながらも今まで生きてきた。生きてこられた。いや、生き抜いたって方が正確なのか?なんて。

ガキの頃は何も考えず、疑問を持たずに与えられた環境で、与えられた作業をこなして、なんとかなった。きっとそれは高校の大学受験の頃までかな?と思う。

僕は大学に入るまでに2年間いわゆる浪人をした。

高校時代は週6日正規に授業が組まれていて、日曜日模試。朝8時に登校、20時に下校という日々。

勝手に自分は文系だと決めつけて、やるからには法学一択!みたいな狭い視野でひたすら勉強に取り組んでいた。(なんて浅はかww)

この高校卒業→大学進学という何も考えずに歩むべき既定ルートにそのまま乗って流れていくことが実は何よりも怖かった。だから、猶予期間を両親にもらいながら、「本当に自分のしたいことは何だろう?」、「何を学んで、今後にどう活かすべきなんだろう?」と自分自身に向き合い、様々なことに触れて、本を読んだりして、本当にしたいことを探るモラトリアム期間を作った。

(改めて、寛大な両親に感謝している。)

その2年の時間が正解かはわからないけれど、後悔は全くない。自分の頭で考えて物事を解決、納得する力、自分の感情に対峙する度胸、自分を全うすることで人を責めない、逃げの退路を自ら絶つことができたからかもしれない。

格好良い表現で取り繕うとしてるな...気取ってるね。きもいな!

もっと現実的な表現で言うと、自分の首を絞める行為を自ら選んだわけ!

その行為を財産って表現してるってコイツ馬鹿だろ?!って思う人が多いと思う。

→これは半分合っていて、半分間違えている。

自分の行為を肯定したいって潜在意識があるのは否定できないけれど、自分なりにその感覚を言葉にしたいと思う。

多感な時期は前向きに言えば、物事を吸収して成長できる素晴らしい期間、逆に言えばまだ自己形成が弱い未熟な人間ってことだ。

ほかの同級生が大学の楽しい期間を謳歌しているこの時に、他者と自分の立場のギャップに実は物凄く自分は苦しんだ。

それが可視化できてしまう現代のネット社会はそんな弊害かな?とも思うけれど、自分が選んだ道は自分の責任で全うすべきで他責で解決できる問題ではない、頭ではわかっていることではあるんだけど、心がそれを許さない。

この感覚が苦しい。

入学してもそうだ。周りは2個下とかが同級生になる。目には見えないがこの時期の数年のギャップは地味にデカい。

(中学生の頃、Jr.Youthで1つ上の先輩とプレーしているあの感覚だろうか)

そして自分が入学して早々に、高校の同級生や同年代の奴らは3年になり就活を始め、社会人の準備に入る。また置いていかれる感覚に苛まれる。

皆が立ち止まらずに駆け抜けていく。

僕は自らの行動にいちいち意味を持たせるから時間がかかる。

その2年間の中で将来やりたい、自分の進むべき道を描いた。当時、笑ってコラえての中で、OECDの村上友紀さんという方が活躍されていたのを目の当たりにして、"これだ!"と思ってその道に進める勉強に舵を切った。大学受験そっちのけで英語の勉強を熱心にしたりね。

彼女は医療経済を専攻されていたこともあって、僕も当時有名な医療経済を教える素晴らしい教授のいる大学でゼミに入って学ぼうと思い、大学を選んだ。"大学教授とゼミで大学を選ぶって変わってるよね?"

だから、副専攻はその夢に必要なフランス語を選んだし、経済学部に入った。準備完璧ね?

2年次:そこでゼミの配属決めがまさかの定員オーバーで、抽選、落選。ガチャミスった...

[悲報]俺氏、大学入学の意味なくす...

理不尽な大学側の都合で熱意にあふれた学生の希望は消え去る。その期間を経て、それならここじゃないもっと偏差値の高いところで、より良い就職先へ、キャリアプランの通りに...そうすれば幸せな道を歩めるはずだったろうな...とか考えるよね。

それは周りに優れた奴らが多いから自分の立場を彼らと比べてしまうしさ。そこには劣等感や敗北感のような感情、競争に蹴落とされたかのような感覚というべきものに心が支配されることもあった。

この2年の浪人の期間はそれでも僕には財産だった。

→何も入学当初から合法的にお酒を飲めるからとかではなくてね。

一番多感な時期に自らの意思で僕は脚を止めたという経験と自負がある。考える時間が欲しかったとは言ったものの、あの劣等感と孤独感に苛まれていた頃の笑笑

普通の人ならば本来、普通に高校を卒業して大学に入学して、卒業して社会人になる。

でも、自分は立ち止まった。何も考えないことに対する恐怖があったから。そのときは今は望むような現状にないけれど、自分は意志を持って大学へ入ってきたことは自分で自分を評価したいと切り替えることができた。

入学当初の思い描くようなストーリーは描けていないけれど、後悔の少ない立ち回りができた気がする。

ある意味で振り出しに戻された気分がするが、英語もフランス語も経済もしっかり学んだし、これを誰かに奪われるわけではない。さらに言えば、僕は自分の機嫌の取り方と、理性と感情への対峙が上手くなった。一生付き纏う自分の感情への対処を逃げずに多感な時期に向き合えたのはすごくポジティブだと思う。

また、大学時代に訪れたイタリアでは、ワイナリーを訪問して、人間らしく生き生きと幸せそうな人々と時間を共有することができた。

"こんな人がいるのか!?"と青天の霹靂だった。

入学当初に思いもよらない世界が広がっていたし、こんなこと自分もやってみたいなと思った。

世界は自分の物差しでは計れない知らないもので溢れている。その自分の尺度にはない価値を見出せる事は幸せだった。あの時の自分は、自分の知っている狭い範囲から夢を達成することが最大限の幸せを手にする唯一の方法だと思っていた。

でも今は違うと知れた。
僕は立ち止まって自分で気付いて、築けた価値観である。幸せは少し先にあるのかもしれない。自分の知らない先に。もしくは凄く近くに、もう既にあるのかもしれない。

それに気付けるかどうかは結局立ち止まって頭を使って周りを見ることが共通していると思う。

今、自分の人生という座標にいろんな点を自らの意思で打っている。今もそう適度に立ち止まりながらね。

この自分の意思で打つ点が線になった時に幸せが感じられるのかな?

僕は昨年の春にワインに携わることを始めるつもりだった。コロナで破談にはなった。

悔しさとか、無念がないと言えば嘘にはなるけど、これもまた自分の知っている狭い世界での話、だから何も始まっていないことにクヨクヨなんかしていられない。

また僕は新たなチャレンジをしている。

どんどん夢は変わってしまってはいるが、幸せだ。自分の知れることが増えたから夢が広がったからだと思う。

まだ大音声で声高らかに言えることはないが、トライしている。

点を打つ作業だ。いつかそんな点を繋げて綺麗な正12角形くらい作ってみせよう!幸せなんて詰まるとこ、自分の心が決めるものさ。



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