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未来と感情

気難しい男の戯言を綴ります。


"未来を変えられる"とはよく言われる。

ガキの頃からそんな甘言のような指南を鵜呑みしてきたように思う。

きっと正しい。

でも、なんか腑に落ちない...(天邪鬼だからか?綺麗事だからか?)

"未来"って詰まるところ、数秒、数分、数時間、数年、数十年先のことだろ?

でもどれもが抗うことのできない歩まねばならない克明の現実だってことは知ってる。

未来を変えることは、「少し先の現実を変えるための今の行為や努力」 


自助努力で変化させられる範疇の事象は僕にとって"未来=現実"という認識にある。...(1)
自分の力が及ばないこと、予期せぬ事象は"未来≠現実"である。...(2)

Ex1.受験では、

・勉強の理解度が合格ラインを超えていれば、合格する...(1)

・受験会場まで渋滞する、試験会場で隣の席に座ったやつと合格して再会する...(2)


Ex2.遊びでは、

・小さい頃砂場でお城を作る...(1)

・サッカーボールが飛んできて当たることで壊れる、突然の雨で崩れる...(2)

 僕のイメージはこんな感じだ。

(1)に関して言えば...

 目指すべき目標ができ、そこに走ること。

そしてそれを達成した時には何よりも自分で自分のことを褒めて

"よくやった、自分。"と慈愛してほしい。

(2)に関して言えば...

予測し得ない事態というものは常に起きる可能性が

あることを肌で知っておくことが大切だと。


至極当たり前のことであるが、この二例を対比することで見えてくる世界観や価値観があると思っている。

人は予期せぬものに出会い、心奪われた体験を凄く覚えている。

それは、"未来を変えられた経験"によるものだと思っている。


大学に入るために努力し、そこで出会う人が素晴らしいものになりうるし、赴いた旅先で見た夕日や朝焼けや人や食べ物が強く記憶に残ることだろう。

自分の想像を破壊する、いや想起もし得ないことが心に鮮明に残る。

そうなると僕は少し間違えていたかもしれない。

"未来は変えられる"...誰かによってね。


これは個人的な体験に起因することではあるのだが、今年ワインエキスパートを取得した。

デートや会食や晩酌など何の気なしに触れていた飲み物であった。

それがなぜに勉強してまで取りに行ったのか?

そのきっかけには大学生の頃に行ったイタリアの旅において、ヴェネト州のとあるワイナリーを訪問したことで僕のワインに対する認識や価値観が激変したことがある。

オーナーさんの気さくな様子、チャーミングなやりとり、ワインにかける情熱と真剣さは消費の向こう側にある生産の景色を見せてくれたことに感嘆し感銘した。

そして彼らの生き方が何よりも幸せそうだったことが純粋に羨ましかった。

そんな漠然とした言葉にならない喜怒哀楽の向こう側の感情が心にずっと残っていた。

それからワインに接する時に周りを見るようになった。

凄く不思議なもんで"ワインを飲みながら愚痴を言う人はいない"

自分自身もワインを飲むときには心穏やかになっていることに気づくし、笑顔も会話も増える。


コロナ禍において心を病むことも多かったし、それ以前に大学を卒業を機に僕は東京から実家の北海道に一身上の都合で戻ることになったこともあって悩んでいた。(少しセンシティブでナイーブな身内の都合により割愛させていただく...)

これもまた未来を変えられたワケである。ネガティブな方向にね。

人は変えられない未来や過去を悔いる

それでも生きてはいかないといけない。

僕は先にお話しした二例の対比において心と頭を整理することができた。

自分の力が及ぶ範囲にて変えることができる先の現実に誠実に正直に生きること、そして好きなことは続けること。

いつか好きなことは自分を助けてくれる。

それは、言い換えると...「未来を変えてもらうこと」

"自分の好きなことを続けた先に、不意に現れる人や景色がスッと手を差し伸べてくれることがあるから。来るその時に、その手に気づき、誠実に向き合う素直さを持っていたい。"

僕はこの価値観が根底にある。

いつだって今を全力に誠実に向き合うことで現実を生きていく。その上で素敵な出会いや縁があって、そんな人達が僕に向けてくれる恩に生かされている。

いつまでも自分の想像の範囲の外側にはオモシロい景色と人がいるんだってね。

僕の座右の銘は、「意志あるところに道があるわけではなくて、道は常にある。そこに意志を持っていけるかどうか」

自分のできる範囲の努力の先に不意に救いの手があったり、素敵な出会いや考え方がある。


そう最近気づいた。

それから心が軽くなり、人に対して寛容に敬意を持って気楽になっている。


少し飛んだが、ワインが僕を変えてくれたし救われた。

だから僕は自分の好きなことに向き合い、勉強を重ねてワインエキスパートの資格を取った。これによって世界がすぐに変わっていくことはないだろうが、僕は知らない景色を求めてきっと歩んでいくだろう。

そして、大学のあの頃と同様にその先々で色々な人に出会い、助けられながら、自分の未来を変えられていくことだろう。


たまたま僕にはワインが心の支えとなったけれど、人には色々な好きなものや譲れないものがある。それを見つけることが大切で難しいこと。

だから、それに気づくには色々なことをやってみたり、色々なところに行ったりすることが初歩で、自分の実力不足は自分を笑って、ダメなら立ち上がるだけ。その先は景色が開けるさ。


"好きなことは続けたほうがいい。
いつか自分を助けてくれるから。"

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