2018年8月の記事一覧
当事者の声を置き去りにした「社会課題の解決」のもったいなさ
書くかどうか躊躇する。書くことで、余計にハードルが高くなるかもしれない。「まずは興味を持てるようにすること」が大切なのもよくわかる。でも、置き去りにしたまま進めて欲しくないから書くことにする。私はそういう役割を担っていきたいと思う。
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いろんな方から相談を受けることが増えた。
「発達障害のある人の支援をしたい」
「学校教育を変えたい」
「触法障害者の支援をしたい」
多くの方が関心
誰もを包含できる完璧なシステムなんて多分ない、だから作ろうとし続けることをやめない
どんなに素晴らしい仕組みを作ったとしても、そこからこぼれてしまう人は多分いるであろう、という想像力を失いたくない。
自分が想像できる範囲の人たちは限られており、常に想像を超える人たちがいる、という前提。
もちろん、だから新しい仕組みを作ろうとする。既存の仕組みを変えようとする。誰もこぼれないようなシステムにいつかたどり着けるのでは?いつか作れるのではという希望を持ちながら、でも頭のどこかで必ず「
誰かの「許可」を得なきゃやりたいことできないなんてくだらない
たまに、「支配したい人と支配されたい人」ばかりなのか、と絶望することがある。
「決める」ことは、とても面倒なことなんだろう。誰かに決めてもらった方が楽だったりするのかも。決めたことに責任を持たなきゃならないし。誰かに決めてもらったらその人のせいにできるし。だから決めることは怖い。
そして、逆に、自由に「決めさせる」ことは怖いという人もたくさんいる。
自分でコントロールできないから。
「立場」