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生き抜くために必要な力について、草刈り前につぶやいた

最近の夏の暑さでどうも気力が落ちているようだ。ついネガティブな気持ちになってくる。こんなことで厳しい自然の中を、そして混乱のきわまった世界を生き抜いていけるのだろうか、と。

激動の時代を生き抜いていけるのは、いわゆる田舎で生まれ育ち、そこに最期まで骨をうずめようと暮らしている、在来の人たちかもしれない。

彼らはたくましくて、豪快で、人生を楽しんでいる
背伸びせず自分に与えられた環境の中で毎日を生きるために生きることを疑わず、しょうがないものはしょうがないと受け入れることができる。生活に必要なものを工夫して自ら作れる知恵があり、楽しいことも自分で作り、自然の中で遊ぶ術を知っている。男同士・女同士、上下関係を重んじ秩序を保ち、礼儀・儀式・儀礼の大切さを身をもって知っていて、絆で結ばれた仲間を大事にし仕事を分け合い、朝まで飲み明かし、多少の逸脱は許し合う。早くに結婚し3人ぐらいの子だくさんは珍しくなく、3世代同居で自分の親を頼れる。他所の子どもたちにも他人行儀にせず、地域の大事な子だと目をかける。自分のことだけ考える行動を嫌い物申すことをいとわず、みんなで一つの物事に協力してあたることを求め、頼れば快く引き受ける。みんなで何かを決めるときは昔から続いてきた習わしを重んじ、子どもたちにも伝えていく。

オレが移住してから目にしてきた、在来の人たちの特徴をまとめるとこんな姿が思い浮かぶ。誹謗しているわけでない。本当に人間としての強さを感じて敬服している。

このnoteでは都会暮らしの筆者が岐阜県恵那市に移住して10年の農村暮らし経験に加えて、30年以上のドラマーとしての音楽経験(仕事レベルで)や登山経験(登山店勤務経験あり)、アフリカでのワークキャンプ、地域おこし協力隊、有機農業、現在は夫婦でEC運営、といろんな畑を歩んできた自分の経験からお伝えできるトピックを発信しています。元岐阜県移住定住サポーター(現在制度は解消)。(所要時間3分)

するとあることに気が付く。これはコミュニティとしてごく自然な持続的なあり方ではないだろうか。人は一人では生きられないことを知り、人とのつながりを深め助け合いながら生きる。ポスト資本主義だ脱成長主義だと学者や評論家がしきりに議論している持続可能なあり方は、すでに古くから続いてきたこうした地域に根付いていることの焼き直しだと感じる。

オレもこのnoteで価値観の多様性をテーマに、地域に暮らす人たちとはおそらく違った価値観で「暮らすとは何ぞや」と語ってきた。
オレは実際に田舎暮らしを経験している中から感じた「暮らすってこういうことかもしれない」という、問いかけをしてきたつもりだ。
しかし、暮すとは、もうすでに彼らの中に答えがあるではないか、と今は思う。

自分を卑下した言い方になるが、つまりは自分は彼らとは正反対な気質にありこの地で生きていくたくましさに欠けているその自信の無さを「価値観の違い」に置き換え、それが価値あることのように喧伝することによって、自尊心を保っているに過ぎない。

いずれにせよ、人が少なくなり高齢化も進んでいる地域が苦境にあることには違いない。30年後には4分の1が減っている社会の中で人々が幸せに暮らしていくことに必要なのは、破滅的なシナリオを描いて体制を変更せよと叫ぶことだろうか、それとも減ったら減ったなりになんとでも生きていけるわい、と豪放磊落に笑い飛ばして仲間たちと手を取りあっていくことだろうか。

今を生きる力に溢れている人たちがどちらを選ぶかは明白だ。
それは田舎に暮らす人に限らないのも付け加えなければならない。どこに暮らしていようと、今日の自分の営みを全うしようと生きるエネルギーを注ぎ込む人たちがいる。

オレは「イジュウシャ」としてちょっと特別な扱いを受けたからといって、社会のあり方や人の営みなどに「本当にこれでいいのか」などと答えの出ない堂々巡りの問いかけをしたりしてきた。

けれども問いかけることだけで、何か成果を出したり行動が変われたかと言えば、自分でも疑問に思う。悩みだけが深まり、結局は同じところをぐるぐる回っている感覚がある。

オレと同じように移住してきた人たちでも、この暮らしを全面で受け入れ、ここでしかできない暮らしを全うしようと生き生きと行動し、人との関係を深めている人たちがいる。
逆説的だが、もし田舎に変化が必要なら、その変化を引き起こすことができるのはこのような人たちだろう。
彼らを見ていれば田舎的なことの否定でなく肯定が軸にあるから、地域の人たちは、俺たちはまだまだやれるんだ、この地で暮していけるんだ、と自信を持つことができる。

対人関係がそうであるように、ボクがチイキを変えたいんです、という願望は、誰かを自分の思い通りにしようと考えているのと同じだ。変化を望むなら、自分が変わらなければならない。
移住者が引き起こす地域の変化は、移住者のマインド自体がそれまでの生活から変わり、暮すことの尊さを覚えるからに他ならない

オレがこの先もこの地で暮らし続けていくなら、思索ではなく毎日を生きるために生きる、孤高を目指すのではなく人との関係を深め人生をわかち合う、そういう人としての営みを全うする覚悟が必要なのではないか。

移住10年目にして、未だこんな問いが浮かび上がるということは、これまで本当の意味で「暮して」こなかったのではないかとさえ思えてくる。

まあ失った時間をとやかく言ってもしょうがない。オレは生き抜いていかなければならない。
ではどうしたらたくましくなれるのか、自分を変容できるのか。冒頭で挙げたように、在来の人たちは当たり前のように身に着けてきたたくましさを、暮すことが人任せだった自分はどうしたら得られるのか。人付き合いを避けたがる自分はどうしたら絆を感じられるのか。彼らと同じようにできない自分とどう向き合うか。

今の自分がだせる答えはシンプル。必要な収入を稼いで、妻と協力して暮らしを保ち、子どもたちを育て、ともに遊び、米を育て、草を刈り、薪を割り、人と会う。
ドラマチックでイベントフルで多くの人に承認されるような日々に焦がれるのでなく、暮らしに必要と思うことを日常として繰り返す。繰り返すことでしか得られない。この営みが今を生き抜き自分たちの先の未来へとつながると信じて進む。

そうしていれば、大きな変化を必要とするときが自ずと来るだろう。何か新しいことを始めるかもしれない。あるいは誰かに助けを請われるかもしれない。社会の行き詰まりの解決にむかわなければならないかもしれない。その時は自分の思索してきた多様性や持続可能性への理解が役に立つはずだ。

・・・大丈夫、猛暑の真っただ中に草刈りに行きたくなかっただけだ。

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