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当たり前に対して、僕は新たな選択肢になる。

こんばんは!
キャリア選択インタビュー第5弾として、様々な分野で行動している学生や社会人の方にキャリアをどのように選んだのか、をインタビューしました!

「PORTAL」ー “キャリア選択に私らしさを”


今日の発信者は、國學院大學4年のまつはし たつきさんです。

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たつきさんは、現在國學院大学の4年生で、今年就活生として活動した後、内定を辞退して、カメラのフリーランス兼映像クリエイターをすることに決めました。また、地域✖️教育で様々なプロジェクトにも関わっています。

就活を通して、自分らしさと向き合い続けたというたつきさん(以下たつき)が、どうしてフリーランスになるというキャリア選択をしたのか。その背景に迫っていきます!

ぜひ最後までご覧ください!!

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自信がなかった自分を変えたのは
ダンスだった。
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──早速なのですが、どんな中学生でしたか?

たつき:中学生の時は結構まじめで、やんちゃな人たちを見て「自分と違うな。。」と思っていました。先生に生徒会長をやってみないと誘われた時もあったのですが、その時自分に自信がなくて断りました。消極的だったと思います。

 小学校の時に入院をしていて、薬の副作用で顔がむくんでいたんです。そして、そのまま中学生になったので、当時は自分に自信を持てなかったですね。

──自信が持てなかったんですね。高校進学すると何か変わりましたか?

変わりました!高校の時に出会ったダンスが自分にとっては大きいと思います。中学生の時は吹奏楽部にいたのですが、高校に入って自分と仲がいい人たちが「ダンス部に入りたい」と言って、見学に行きました。最初に見たときは、「すごいなぁ」としか思わなかったんです。

──なるほど。そこからどのようにダンスにのめりこんだんですか??

 きっかけは、高校一年生の時に出た”文化祭”ですね。当時はすごいへたくそだったのですが、それでも多くの人に見てもらって、ダンスで自分を表現することにはまった瞬間でした。

 それからは凄い練習しました。初心者なんですけど、大会にも出させていただいて、本当にダンス漬けでしたね。

 それと、ダンスのおかげで自分のことを心から認めてくれる仲間ができました。仲間の存在のおかげで自分に自信を持てたことに、本当に感謝しています。

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伝える仕事は先生だけじゃないと
知った日から。
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──たつきさんの大学進学はどうでしたか?

 高校生の時は、社会科の先生になりたいのと、教育学部にはいきたくないという思いがありました。今思うとなぜ教育学部選ばなかったのだろうと思うのですが...(笑)

 中学校の時の社会科の先生が、すごい面白い授業をする人で、部落差別や震災後の問題などを解説してくれて、教科書だけじゃない社会を初めて学ぶことができました。その影響で先生という職業に憧れを持つようになっていました。

 そして、大学進学なんですけど、4年制大学への編入を見越して、國學院の短期大学に進学しました。短期大は栃木にあったのですが、当時はなぜ自分は栃木にいるのだろうと、同級生に劣等感を感じていましたね。

 最初のほうは、自分で決めたことなのに、自分で受け入れらなかったです。。

──そこからはどうしたんですか??

 段々と栃木の生活にも慣れていって、よくよく考えると、こんな経験都会の人はしてないなという考えに至って、ポジティブに捉えられるようになっていました。

 ただ、大学2年生の時に行った教育実習がきっかけで自分のキャリアをより深く考えることができました。

──どんなきっかけでしたか??

 教育実習の時に、子供を圧で押さえつけているような教育を見ました。その光景がきっかけで自分がしたい教育って何だったけ?などを考えながら、一度、教育ではない道をみてみたいと思うようになっていました。

中学校の時憧れた先生のように、学ぶ楽しさや居場所などを伝える職業って先生だけだと思っていたのですが、今考えると、伝える職業は先生だけじゃないと思うんですよね。だからこそ、違う道に進んでみたいという想いを優先しました。

 そして、國學院大学に編入して、そこからは渋谷を楽しんでいましたね。

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人生の楽しさに気づいた瞬間。
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──編入後、就活を経験して内定を辞退したと思うのですが、その行動に至った経緯を教えてください!

 まず、就活を始めたきっかけは、周りがやっているから自分もやるものだと思っていたことですね。

 大学3年生の冬(12月)から始めたのですが、説明会行って、エントリーシート書いて、面接練習してっていう本当に普通の就活をしていました。今思えば自分っぽくない、中身のないことをやっていました。

 最終的には人材系のベンチャーに内定を頂いて(3月)、5月ごろからインターンで新規事業をやっていたのですが、段々と内定先の社長と方向性が合わないと感じはじめて、不安がどんどん大きくなっていきました。

──不安ですか。。

 そこからNOWROOMというサービスを使って、1週間一人で長野県に行ったのですが、そこでの出会いが自分の転機になりました。カメラマンやデザイナー、Uber Eatsで月40万稼ぐ人とかに出会って、”人生ってこんな気楽に生きていいんだ”ということを学びました。

 それまでは自分がやりたいと思ったことを、就活のせいとか、自分ではできないとかいろいろ言い訳つけてやってこなかったんですが、”本気でやりたい”と言っている人たちに出会って、自分もこんな人間になりたいと心から思いました。


 自分はこれまで様々な出会いや縁があって、

 就職を経て社会人になるのと、

 カメラや映像など心から楽しいと思えるものや、教育を中心とした居場所作りを自分でやってみたい衝動を天秤にかけたときに、

 ワクワクしたのが圧倒的に後者だったから、自分は“フリーのカメラマン兼映像クリエイター”になることを決断できました。
 また、地域
✖️教育に関する様々なプロジェクトにも携わっており、これから教育に対してもどんどん行動を起こしていきたいです!

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"当たり前"に新たな選択肢を。
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──最後に、キャリア選択でたつきさんが大切にしていることを教えてください!

 僕がキャリア選択で大切にしているのは、”当たり前に対して新たな選択肢を与える”ということです。

 というのも、この世の中って色々な当たり前があると思うのですが、その当たり前の中で、自分が何を選ぶのか?という自己決定が大切だと思います。

 これは価値観の押し付けがしたいということではなくて、当たり前の中にも”こんな選択肢があったよ”というモデルに自分がなりたいということです。

 そして、自分の人生を通して得たことを、子供たちに伝えたい。

僕は大学生になって色々な面白い選択肢を持っている大人たちと出会うことで、今まで当たり前だと思っていたキャリアの価値観に新たな選択肢を持つことができました。なので、これからは僕がそのような大人になり、次世代に新たな選択肢を伝えられる、そんな存在になりたいです。

 そしてこれからも根底にあるのは、”当たり前に対して新たな選択肢”で、この軸に沿ってキャリアを選べていたら、自分は逆に何でもやります!

 これからもよろしくお願いします!!

──たつきさん、素敵なインタビューありがとうございました。

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<たつきさんのtwitter>

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<執筆、森本瑛/AkiMorimoto>
現在大学4回生で来年から小学校の先生になる22歳。教育をより豊かなものにすべく、一般社団法人ハッシャダイソーシャルに関わりながら、noteで発信活動を行なっている。
座右の銘は、「意思があるところに道は開ける」

森本瑛/Aki MorimotoのTwitter.✍️

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関連note(第4回)

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最後に、素敵なたつきさんの写真を。
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