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初心に戻り「教育の目的」を考える

今回は、教育の目的について書いてみようかなと思います。

皆さんは、何のために大学に行きましたか?教育を受けるメリットは?

そもそも「教育」ってどうすることが教育なのか、初心に戻るためにこの記事でざっくばらんに考えていきます。そして私が尽くしたい、教育に恵まれない子どもたちのためにも。

「教育」の語源、知っていますか?

まずはおきまりの定義からです!

「教育」を広辞苑で引くと、「教え育てること」という意味が出てきます。これは、まさにその漢字が示すとおりですね。

しかし、もとはラテン語で「educatio」という言葉から来ているんです。現代教育要論によると、もともと動植物の生命を引き出し、それを飼育・栽培することを意味していたと言われています。次第に、子どもを養い育てることを意味するようになりました。つまり、親が子どもの成長が引き出されることを願い、育てることを意味するようになったとされています。

そこから、「能力を導き出す、引き出す」という意味合いも持つようになりました。

、、なんか文学的な感じになってきましたが、語源を辿るとこんな意味合いがあったなるは驚きですね。日本語訳とはだいぶ違います。

この語源から考えると、「人の能力を導き出すための行動」が教育の本来意図するものだと私は思っています。

福沢諭吉から学ぶ「教育」とは?

慶應義塾大学を創設したことでおなじみの福沢諭吉。明治維新後、本格的に教育活動に専念していきました。自ら運営していた蘭学塾を「慶應義塾」と名付け旧幕臣を受け入れるなど、身分に捕らわれない教育をおこないました。

そんな近代教育を築いた福沢諭吉が残した『学問のすすめ』は、非常に有名な一冊です。私は以前kindleで読んだのですが、本当に面白いです。教育についてもそうですが、人生についても語られていて、彼の言葉からしみじみ伝わってくるものがあります。そして、決して難しい言葉で書いてるわけではないので読みやすいです!オススメです!

そこで、『学問のすすめ』から学ぶ福沢諭吉の教育の観点を、いくつか言葉を引用しながら見ていきます。

「賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。」

こちらは本の初編に載っている言葉です。「賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ。」という意味です。明治維新直後の国民へ向けた強い主張を感じます。

「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。」

本の5編にある言葉です。「進歩しない者は必ず退歩する。退歩しない者は、必ず進歩する。」という意味。つまり、「我々は止まってることはなく、前進しているか後退しているかのどちらかしかない」ということです。

進歩をしていないということは停滞ではなく、後退しているのと一緒なので前進し続けるべきだと強く訴えかけている文章です。

「読書は学問の術なり、学問は事をなすの術なり。」

こちらも5編の言葉です。諭吉は、本を読んでインプットするだけでは学問とは言えず、何か行動を起こすことに役立ててこそ学問だと言っています。読書する意味の根幹をついた一文。本から学んだ事を世の中に生かすって、本を読んだ人たちにしか湧きあがらない感情で、なんかそこに文学的なロマンを私は感じます。

質の良い「教育」に必要な3つの要素とは?

教育の語源を振り返ったり、福沢諭吉の格言ともいえる言葉を引用したりしてみて私が感じることは、教育には「本」「学校」「良き人」が大切だということです。

まず、なぜ「本」が大切か一言でいうと、教養を得るのに大局観をもつことができるからです。「大局観」とは何かというと、真実を正しく見抜くこと。ネットで探した知識にいくら頼っても、それが事実か真実か、判断するのは自分次第です。「ネットに書いてたから」という根拠ない理由で根掘り葉掘り調べても、それを真実かどうか見極める力は読書によってついてきます。

また、読書をすることで浮かび上がったストーリーが脳内に描かれ、想像力が豊かになります。それは、同時に感受性を豊かにすることにも繋がると思います。本から得た感動はどんな人の心にも必ず残るから素敵です。


次に、なぜ「学校」かというと、それは社会的なつながりを持つことができるからです。考えれば当たり前のことですが、その環境を手に入れられない人たちもいるので再認識までです。

学校といっても、1つのコミュニティが人には必要だと思います。そのコミュニティの中で、自分の人生ストーリーを語ることに非常に意味があるとある本で言われています。(『America will be!』の洋書で学びました)

どこから来たの?あなたの友達はどんな人?どんな事に悩んでいるの?夢はなに?

こんなたわいもない話を何気ない日常で人と共有できると、自然と人と親近感が湧いて協調性が生まれます。仲間意識あるコミュニティの中で育つと、相手への尊敬、人から学ぶ姿勢、他者への信頼など、内面的により豊かな人間になると言われています。

、、なんか書いてて心理学っぽい感じになってしまいましたが。笑 これが私が教育に「学校」が欠かせない理由です!


そして最後に「良き人」の存在です。良き人とは、例えば教師、友達、家族のことです。ダメなときに厳しく叱ってくれる人、大変なときに支えてくれる人、喜びを心から分かち合える人のこと。何があっても、やっぱり良き人は財産になります。一緒に苦楽共にした人たちとの絆は強いんです。これは私の出会ってきた友達から学んでいます、、

そんな経験や人の温かさに触れると、自分もあったかい人間になったり、人の良さを素直に認めることができたり、誰かのために尽くしたいと思えたりするようになります。

そうした心の変化は、「良き人」とのめぐり逢いによって生まれる教育の醍醐味だといっても過言ではないと私は思います。

まとめ

教育の語源を辿り、福沢諭吉の教育観について紹介し、最後に私が思う教育について思う大切な事を3つ挙げてお話しました。

特に最後のこの3つは、残念ながら全員が平等にもっているとは言えません。学校に行けない人もいれば、本を買うお金が無い人もたくさんいます。

そうした人たちに向けて、教育の大切さを教えられる環境を作りたい一心で学んでいる途中です。

「教育」という二字に込められた意味をさらに分解して考えると、大切な気づきが多くあると感じました。

お読みいただきありがとうございました!















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