中国の老若男女が口にする「八国聯軍(バーグオ・リエンジュン)」とは?
中国は何を目指しているのか?
今、ニュースと言えばどこもかしこも中国、中国。違う国の話でも、結局中国との関係、中国の影響力を分析。とにかく中国、中国だ。
ニュースは、外に拡大し、周囲と衝突する中国を伝え、メディアも評論家も、その背景や原因をさまざま語るが、中国が本当に目指す落とし所はどこなのか。実際よくわからないということも、さらに関心を引き立てていく。さきほどKenny@チャイナさんの以下の考察も、なるほどなるほど、と拝読していた。
やはり気になるのは、中国は欧米に対してなぜいつも、あそこまで強烈な”被害者意識”に満ちた反応を見せるのかということだ。いつも思うのだが、やはりキーワードのひとつは・・・
「八国聯軍(bāguóliánjūn=バーグオ・リエンジュン)」
この言葉は、驚くほど、老若男女あらゆる中国人の口から出てくる。普段歴史を語るとは到底思えないような感じの人からもこの言葉を何度も耳にした。
詳しい歴史は専門家に任せるとして、本当に簡単におさらいするならば・・今から120年前の1900年の話。
排外主義を掲げた義和団という組織が、外国人やキリスト教徒への攻撃を強める中、北京の列強の公館と居留民を守る名目で、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、日本、イタリア、オーストリア=ハンガリーの八カ国が出兵し、北京を占領したという出来事。清朝は翌1901年に、屈辱的な北京議定書を結ばされてしまう。
「八国聯軍(バーグオ・リエンジュン)」は、この国々の進駐軍を指す。
まさに中学や高校の世界史を思い出す。義和団の乱(事件)、北清事変などという言葉で勉強した。8カ国の兵士が横並びになった集合写真で、右端の方で、ひとりだけひときわ小さい日本兵が立っていたのも強烈な印象だった。
しかし、私たちの殆どには、テストのために勉強せねばならぬことのひとつ、という程度の認識のこの出来事。一方で、中国の人たちには、国辱としてDNAに刻み込まれていると言えるほどの根深いもののようだ。
私もかつて北京の頤和園で、国内の団体旅行に遭遇し、こんな光景を目にした。
実はそのすぐ横にいた私は、やるせなくなり中国語で「その言い方はちょっと」と言って色々話し、その場が凍りついたのを思い出したが、そんなことはどうでもいい。いずれにせよ、この「バーグオ・リエンジュン」は、中国人なら誰しも脳の奥底にある言葉のように思う。
”1901年と2021年。同じ「辛丑」年でも、同じ中国ではない”
今年2021年も、国辱の北京議定書の1901年も、どちらも同じ「辛丑年」。今年3月、アメリカと中国のハイレベル戦略対話が開かれた際には、こんな記事がネットを賑わしたのだった。
「敵に囲まれ、虐められている」という考え
確かに、この当時の列強のやりたい放題ぶりをみると、中国の人がそう思って当然の状況だ。もし、日本で、例えば江戸時代末期に欧米列強に隣国まで加わって同じことをされたら、我々の今のメンタリティーはどうなっていたかと想像するとわかる気がする。
その後、新中国がどうだったかとか、今の中国こそ何をしているのか、とかいう議論ではなく、人々のメンタリティーの話だ。
この出来事がどれほど今の人の心理にも影響しているか、もしくは、人々が忘れないよう、心に影響し続けるように当局が教育をしてきたか、ということでもあるかもしれないが。
いずれにせよ、その後の日本との戦争だけでなく、屈辱を受けたという記憶は、アヘン戦争の時からで、この「八国聯軍(バーグオ・リエンジュン)」の時に、すでに強烈なものになっていたのだ。
「C字型包囲網」論
ところで、10年ほど前に北京にいた際のことを思い出した。「C字型包囲網」という一冊の本が話題になっていた。アメリカが、「C」の文字を描くように、日本から、インド、中央アジアと同盟を強化して、中国を包囲して虐めている、という本。
ともに仕事をし、日本を好きだと言ってくれ、私と二人だけの時は、こっそりと中国政府についての厳しい意見も正直に言ってくれた中国人の仲間ですら、この本を「なるほど、アメリカはそうやって虐めて来ているのか」と夢中で読んでいたことに当時驚いたのを思い出した。
そして、アメリカをライバル視し、戦争まで意識するのは、何も今に始まったことじゃなく、10年前ですでにこういう意識だったことに、あらためて気がついた。
ところで、この「C字型包囲網」という言葉は、私たちが歴史の教科書で習ったあの言葉も思い出してしまう。それは・・・
「ABCD包囲網」
America, Britain, China, Dutch つまり米英中蘭が日本を包囲して虐めているのだ、というものだ。そして、その後日本はどう戦争に突入していったか・・・
「敵に包囲され、虐められている」
こういう発想は、どこの国でも保守的な為政者が好んで国民に訴えかけるものだ。
そして人類の歴史を見ると、他国に軍事力で踏み入る際に「これから侵略します」という国はない。必ず「虐められている。包囲されている。追い込まれている。自衛のためだ」と言う。
本当に文字通り攻め込まれた人たちの被害者としてのメンタリティーを自分事として想像することも大事。そして同時に、為政者が使いたがる被害者意識を、どう冷静に見て行動の本質を見抜くか。適切な対応をするためには、どちらも大切なものだと思う。
日本人がよく口にする中国人観への違和感
「中国人は、自由がない。当局を本当は嫌いだが怖くてモノが言えないんだろう」「本当のことを知らされていなくて可哀想。真実を知ったら政府を支持しないだろう」というものや、逆に、「彼らは”怖いものなし”の態度で振る舞い、世界の秩序を変えるべく挑発している」などなど。
私もよく分からないが、生の中国の人たちと触れるにつけ、こうした見方はどれも、あっている面もありながらも、かなり実態とは違うと思うことが多い。
そもそも、「中国とは、中国人とは」なんて、そんな簡単に語れるものではないが、今の中国の動きを分析する際に、今日のテーマ「八国聯軍(バーグオ・リエンジュン)」に対する人々の気持ちについて、少しだけでも思いを寄せてみると、何か発見があるかもしれない。
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AJ 😀
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