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13歳、懲役6年。-お鍋、一杯いかが?-

〜お鍋、一杯いかが?〜

 寮規則の一つに「熱を発する電子機器類の持ち込み禁止」というものがある。火事防止のためだと寮監は言う。
 アイロンは事務室で貸出しており、給湯器は一階の共有スペースに給湯室がある。
ドライヤーは風呂場脱衣所にあるし、こたつはそもそも置くスペースがない。
 なので部屋で食べられるのは基本的に、菓子類しかない。
 しかしなぜか「加湿器」の使用は認められていた。冬場の乾燥で、喉からくる風邪やインフルエンザなどの感染症の寮内蔓延防止の観点からだろう。
 その穴をついた「加湿器鍋」の噂はちょこちょこ聞いており、それなりに楽しみにして高校に上がった訳なのだが、わたしが高校の寮に上がる頃には既に、兄の加湿器は没収されていた。原因は加湿器本体外側にある、水の残量がわかるメーターが、キムチ鍋の唐辛子により真っ赤に染まっており、抜き打ち個室点検にて、寮監に見つかったってしまったそうだ。(よう見つけたな。)







 一つ上の「大人に対する目つきが腐ってる」でお馴染みの川満さんが、どこから買ってきたのか、ホットプレートを持っていた。
 ホットプレートはもちろん「熱を発する電子機器代表」の象徴的な違反物だった。目つきを腐らせながら、それを自慢する先輩を見て、わたしは「あぁ、この人の目つきは腐ってるな。」と思った。

 通常の週末の外出で、後輩たちは野菜や肉などの食材を買ってくる。バレないように寮監の目を盗んで、外から自分の部屋のベランダに投げ、そして、まるで今帰ってきたような顔で、寮の外出届の帰寮時間を記入した。
 わたしたちはこの時既に、悪いことをしながら、何も悪いことをしていない顔をするのがとてもうまかった。

 夜の集いが終わり、皆一階のラウンジでカップ焼きそばを食べたり、しゃべったり、している中、わたしたち後輩たちは、プラスチックの下敷きをまな板にして、カッターナイフを包丁代わりに、あるいはステンレス製30センチものさしを包丁代わりにして、せっせと準備をしていた。

 夜中、例の如く1回目の巡回が終わった直後深夜0時ごろに鍋はスタートする。狭いベランダに5人、6人と身体を寄せ合い、震えながら鍋を囲んだ。ちょうどラグビーのスクラムを組む直前のような状態だった。

 寒くて、寒くて、寒すぎて、お椀を持つ手がガタガタと震えていた。モワッと湯気を立たせた鍋はとても熱くて美味しかった。
 喋りながらゆっくり食べていると、あっという間に時間は過ぎた。





 わたしの一つ下に、同じ剣道部で、勉強熱心な田嶋という後輩がいた。中学の頃から成績はトップで、その頃から医学部を志望していた。運動神経は人並み以上にあり、さらには「ええヤツ」感が滲み出ている後輩だ。

 午前4時。田嶋の部屋からはもう目覚まし時計の音が聞こえていた。
 夜通し鍋を囲みベランダで話しているわたしたちが、
「豆腐屋か!」
「新聞配達すんのか?」
「漁師か!」と、一通りツッコミを終えたわたしたちは、田嶋の部屋に行き、


「おはよう。鍋、一杯いるか?」


 とお椀に入って、温めなおした鍋を渡しに行っていた。高校2年と高校3年の先輩が朝まで鍋をして、朝早くから勉強をする高校1年に、お裾分けをする、という摩訶不思議なことが起きていた。


「勉強頑張れよ。」


 と言って、閉まるドアの小窓から見る田嶋は、もうテキストを開いていた。

「(頑張れ、田嶋…!負けるな、田嶋…!)」



 わたしは、心で何度も応援した。(いやお前は?)

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