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つめを切るのが好き
私はつめを切るのが好きだ。昔はめんどくさくて好きな作業ではなかったのだけど、いまは少し伸びるとすぐに切りたくなってしまう。
つめって、なくすべきタイミングがとてもわかりやすものだと思う。
例えば、タンスに仕舞っている服は、手放し時がイマイチわからない。床に落ちているホコリや髪の毛は、どこまで溜まれば気になるのか、じぶんでもわからない。
でもつめは、明らかに邪魔になる。
手のつめはタイピングをする時に気になるし、足のつめは靴をはく時に気になる。
もうなくしていいよと、自ら教えてくれる。そして手放したら、その瞬間からスッキリとして気分がいい。
いろんなものが、手放しどきを自ら教えてくれる世界だったら楽なのだろうか。意志決定が、しやすいのだろうか。タンスの中の服、床にたまったゴミ、惰性で続けてしまう仕事、別れの切り出し時のわからない恋人。
優柔不断な私なので、この4つはどれもタイミングがわからない。えいやっと気合いを入れてしまわないと、手放すことができない。
でも、じぶんで判断するからこそ、いいのだろうか。
じぶんの意志で服を手放すから、掃除をするから、清々しいのだろうか。仕事も、雰囲気に流されるのではなく、じぶんで決めて辞めるから。恋人も、もう終わりだなとじぶんで判断するから。前向きに進めるのだろうか。
今日も、数日前から気になっていたつめを切った。
不要になったものを手放して、スッキリするのは気持ちがいい。明後日からのGWは、何を手放して何を受け入れたら、充実した休みになるのだろうか。
7年半勤めた会社を30歳で辞め、好きな場所に住んで好きな仕事をする人生を作り直すと決めました。サポートいただいたお金は、退職後にお仕事にしているコーチングのスキル向上や、noteを書き続けるための生活に使用します🙇🏻これからも記事を通してみなさんと繋がれたら嬉しいです☺️