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久しぶりに日本の仲間たちに会いたくなった

ベルリンに暮らして4か月。こちらの生活にも、もうだいぶ慣れてきた。

ベルリンに来る前には半年韓国に住み、その後半年は実家にも住んだ。会社員という生き方から少しずつ角度を変えて、いまここの暮らしがある。

前職は私には合わなかった場所で、後悔はないけれど戻りたくはない。

でも、前職で出会った仲間は多い。コロナも相まって3年くらい会えていないけれど、仲間たちに久しぶりに会いたい。めずらしい思いが湧いている。


日本、もとい前職の仲間たち


前職の仲間とは、私にとって戦友と同義である。

新卒で入社して、7年半勤務した。その環境しか知らなかった私は、それはもうがむしゃらに働きあげたけれど、いま思えばかなり過酷な環境だった。

過酷というのは、誰にとってもそうなのかはわからないけれど、私にとってはそうだったという意味での「過酷」である。

労働時間も、業務内容も。体力が絶対的に必要で、正直私は必要な体力を持ち合わせていなかった。

だから年に6回も扁桃腺を腫らしては40度の熱を出したし、心まで影響をきたして鬱にもなった。それくらい、私には過酷だった。


そんな過酷な場所で出会ったから、ここでの仲間は戦友である。

一緒に遅くまで働いて、疲れをだますように飲み歩く。翌日は何事もなかったかのように、朝からすました顔で出勤する。そんな仲間。

仲間は同じ拠点にいる人だけではなかった。彼らとはお互いの住む場所に行くことでねぎらいあう。そこにも必ずお酒は必要で、愉快に杯を交わした。


そんな戦友たちは、気づけばそれぞれの場所に散らばった。残っている人、辞めた人。それぞれの場所で、いまも役目を果たそうと頑張っている。

そしてなんだか、私は彼らに会いづらい。コロナで会えないうちに何年も経ってしまって、お互いに知っている頃とは変わってしまったから。

戦友たちとは、気づけばそんな間柄になっている。大事な仲間だけど会いづらい。みんな元気かなぁ。


仲間たちに会いたくなった


そんなことを言いながら、今日の私は仲間たちに会いたい。

ほんとうは、出国前に会うつもりだった。日取りも決めて計画していたけれど、コロナの感染者数が増えてしまって、ついに出国前に会えなかった。

当時の私は出国準備が忙しすぎて、会えないのも仕方ないと諦めた。ビザ、仕事、家族。いろんな準備に心を持っていかれていた時だった。

でも、生活が落ち着いた今となっては、やっぱり彼らに会いたくなった。次にいつ帰国するのかもわからないし、その時に会えるかもわからない。


ドイツがもっと日本と近ければいいのにと思う。そうすれば、もっと気軽に帰れるし、もっとたくさんの人と会いやすいのに。

けれど、近かったら近かったで、きっと会わないのだろうとも思う。日本に半年もいたのに、理由があったとはいえ会わなかったのだから。

人とはそういうものだよなあ。会いたいと思うときには会えないし、近くにいる時にはいつでも会える気がして会わない。

コロナという体験を経て、私たちは「会う」ことの尊さを学んだはずなのに。根本はやっぱり、昔からずっと変わらないのだ。


日本の仲間たちに、私は会いたい。次また会えたら、みんなのいまを聞きたいし、私のいまの話もしたい。

日本の仲間、もとい前職の戦友たちに、久しぶりに会いたくなった今日だった。


7年半勤めた会社を30歳で辞め、好きな場所に住んで好きな仕事をする人生を作り直すと決めました。サポートいただいたお金は、退職後にお仕事にしているコーチングのスキル向上や、noteを書き続けるための生活に使用します🙇🏻これからも記事を通してみなさんと繋がれたら嬉しいです☺️