見出し画像

昔の自分に出会う駅

二子玉川駅から大井町線に乗り
自由が丘の一つ手前にある
九品仏という改札も狭い
小さな駅

自由が丘駅で用事があったのだが、
衝動的に私は九品仏で降りた
それは、午後4時、夕暮れが空に描かれていた

この駅には思い入れがあって
中学高校の6年間、
通学路として毎日通った

学校は九品仏と自由が丘の中間に位置している、
ティファニーブルーの屋根と、
そのてっぺんにある十字架がとても特徴的だ

はじめに、九品仏の駅に降り立った日は、
中高受験に受かった日

今は亡き祖父と、祖母と手を繋いで
受験発表の掲示板を見に、
九品仏の駅から歩いていた時だ

昭和の時代から構えているような小さな出店が並ぶ商店街、
けして目立つような街ではないが
どこか安心感をくれるノスタルジックな場所

私はまだ無垢で世界を知らず、
ただ、目先の受験結果を楽しみに、
掲示板の置いてある中学まで
ウキウキと歩いていた

合格をして、
受験が終わった嬉しさのあまり、
走りながらずっこけた

帰りがけに、九品仏駅の周辺にある
セブンイレブンで祖父がバンドエイドを買ってくれて、それを傷口につけた

そのセブンイレブンは
オシャレな今時の若い子が集いそうな
パン屋に変わっている

私は26歳、福岡で会社員として働いていて
一年前に結婚をした

夢を失ったり、
自分が何をしたいのかわからなくなったり、
生きるたびに、己を失った

今は、世界を変えるとか、海外で挑戦したいとか
そんな野望はなく、
ただ、昔の自分に出会いたかった

あの頃、何を夢見ていて、
何に幸せを感じていたのか、思い出せなかったから

26歳の今、通学路をゆっくり辿る
ここに置いてきた若い日の記憶も同時に辿る
あの時の気持ち、嫌だったこと、幸せ、
全部思い出しては、
色んな感情で胸がいっぱいになった

普段の私は、営業のノルマと、
鳴り止まない顧客対応に追われる毎日だが、
この道を辿る今だけ、13歳の頃の私だった

昔の自分にやっと出会えた

聞こえなかった心の声が
くっきり、はっきり、浮かび上がり
言葉になって、文字になった

当時、世界を知らなかった私は、
誰よりも未来に目を輝かせていた
26歳の私には見えない
色んなものを見て、感じていた

本当の自分の幸せって、
あの時胸を膨らませていた世界なんだと
この街を歩いて、やっと気づいた

もうすぐ日が暮れて、冷たい雨が降る
この街を抜けたら私は、26歳の元通りの私に戻る
悩み事も考え事も、いつも通り心に帰ってくる

この街にいる、この時空で、
心に浮かんだことを忘れないようにと焦る
日常では感じられない、温かくて
喫茶店でマスターの出してくれる
普通の味なんだけど、なんだか懐かしい、
コーヒーのような記憶と気持ち

私は忘れないようにまた、この駅に戻る

#創作大賞2023 #エッセイ部門 #書いてみる


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?