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第1回 日本侠客伝(1964・東映)

 まず腐の皆様にお伝えしたいのは、BL的にはヤクザ映画は大鉱脈であるということです。多くの女性はヤクザ映画を自ら見ることはないでしょう。しかし、BLが好きでヤクザ映画を観ないのは人生を損していると断言します。

 そもそもヤクザという生き方がホモ臭いのです。男が男に惚れ、その結果形成される義理人情が命よりも優先され、その結果刑務所に入って掘って掘られてするのです。

 これがホモでなくて何でしょうか?BLの世界でヤクザは一ジャンルとして確立しているのはここに来るような皆様ならご存知でしょう。

 ヤクザ映画は二種類に大別されます。高倉健のと菅原文太のです。ヤクザ本来の任侠道を極限まで美化して描いたのが健さんの「任侠映画」で、映像化可能な範囲でヤクザの汚さを映像化できる範囲でリアルに描いたのが文太兄いの「実録映画」です。どっちもむせ返るほどのホモです

 まず記念すべき第一回は巨匠マキノ雅弘が手掛けた任侠映画の金字塔であり、日本が世界に誇る名優高倉健をスターに押し上げた『日本侠客伝』でお楽しみいただきます。

 任侠道をあくまで貫き、我慢の末に腐った悪の親分を叩き切る。そんな健さんがノンケだと思いますか?歌舞伎の如き様式美にちりばめられた珠玉のBLをお楽しみください。シリーズが無数にありますが、大筋は全部同じ話なので一本観て気に入らなくても、今後は全部見たという面をして生きていけます。お得です。

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真面目に解説

プログラムピクチャー

 健さんの任侠映画はストーリーが決まっています。古き良き任侠道を守ろうとしている組に悪い組がちょっかいをかけていて、そこへ健さんが戻って来るかやって来るかします。そして仲間を殺されて怒った健さんが殴り込んで相手の親分を叩き切って終わるのです。

 あとは時代や組のシノギ(収入源)が違うくらいで、大筋は変わりません。そんなのが何本も作られたのです。馬鹿馬鹿しいようですが、当時の映画とは大量生産される製品であり、この手のストーリーを使い回すシリーズ映画は沢山作られました。

 それはつまり安定して面白いということです。そして様式美を確立しているということでもあります。歌舞伎で一番客が入るのは今も昔も忠臣蔵ですから、日本人は本能的に様式美が好きなんでしょう。

 この手の予想も期待も裏切らない大量生産の映画はプログラムピクチャーと呼ばれ、最も集客が安定していて儲かる映画でもありました。考えてみれば、大筋のストーリーが同じでも、その大筋がしっかりしていれば問題ないのです。寅さんはそうして4ダースも作られたのですから。

ヤクザも学生もお巡りさんも

 健さんの任侠映画の支持層は本物のヤクザは当然として、それを取り締まる警官、さらには学生運動家まで多岐にわたりました。それはすなわち社会に不満を持つ人たちです。

 自分達の生活が思うようにならないもどかしさを、健さんが腐りきった親分を叩き切る姿で紛らわせていたのです。今の人がSNSで愚痴をこぼすのと同じ構図ですね。つまり健さんはTwitterの鳥だったのです。

 また、高倉健は刑務所に慰問によく行ったことでも有名です。しかし、受刑者の中には俺も健さんのような任侠になりたいと志し、仁義なきヤクザの世界に身を投じてしまった人が沢山いたのは言うまでもありません。

 フィクションに影響されるのは良くないという最たる例でありましょう。スラムダンクを読んでバスケ部に入るのとはわけが違います。

後ろから前から

 映画のクレジット順は政治が絡む難しいポイントです。順番に担当者が頭を悩ませるのは有名な話です。

 健さんは主演なので当然先頭ですが、その次が長門裕之、津川雅彦、松方弘樹です。次が女優陣で藤純子、南田洋子、三田佳子となっています。そしてずらずらと続いて止め(最後)特別出演の萬屋錦之助を中心に大木実、田村高廣と三人。そして錦之助だけ残って終わります。この順番がまさしく政治なのです。

 とても大事な役の長門裕之はともかく、津川雅彦と松方弘樹はそれほど大事な役とは言えません。なのにこの位置に来たのは、長門と津川は監督のマキノ雅弘の息子であり、松方弘樹もスターである近衛十四郎の息子だからです。

 そして南田洋子が女優陣の真ん中なのは長門裕之の奥さんだからです。そして止めは松竹で実績があり、東映に移ってきたばかりで売り出していきたい大木実と、言わずと知れた坂東妻三郎の息子である田村高廣が重要な役というともあってここに入り、ゲストスターであり歌舞伎出身で格にうるさい萬屋錦之助が特別出演と但し書き付きでセンターを飾ります。

 このクレジット順がキャスティングを左右する事さえあります。「お嬢」が東映の映画に出演する際、マネージャー役の母親とケツモチである「菱の三代目」を引き連れてやってきて、クレジットは常に先頭にしろとごねたことがありました。

 しかし、それだと歌舞伎出身で格にうるさい錦之助や大川橋蔵は共演してくれない。主演は里見浩太朗になると説得され、先頭ではなく止めで決着したという有名な逸話があります。

 里見浩太朗の立場がないですが、こういうところにも着眼すると映画は楽しめます。ゴシップ好きな人にはたまらない楽しみになることを請け合います。

健さんと仲間たち

 健さんはこの時期一気に売り出して日本を代表するスターとなるわけですが、何しろ若いのでまだ好青年が抜けません。そこで脇を個性的な面々で固めて補強しています。

 健さん演じる兵隊帰りの長吉を盛り立てててくれるのは古参の弘法常(大木実)、若くて血気盛んな鉄砲虎(松方弘樹)、飄々としているようで根性のある鶴松(田村高廣)、そしてコメディリリーフの鉄(長門裕之)と津川雅彦

 ややもすると孤高の人という感の強い健さんでありますが、今作はまだ型も完成しないプロトタイプでもあるので群集劇という側面を帯びています。

 殴り込みも後は単独でバッタバッタと切りまくるようになるのですが、今作では一人一殺のチームプレーです。後には全員スターとして一本立ちをしたわけですが、こういう俳優の成長を感慨深く眺めるのも古い映画を観る醍醐味と言えましょう。

長門裕之は殺され役

 長門裕之は任侠映画では大抵気のいいお調子者であり、そして殺される役です。何しろ父親の映画なので悪く言えば七光りですが、ちゃんと光っています。

 今作の鉄も非常に良い味を出しています。粂次の長吉への好意を知りながら危険を冒して粂次を助け、粂次の気持ちも靡きそうになった矢先に敵の手に倒れます。泣かせます。

 つまり長門裕之は任侠映画では幸せになれない宿命ということです。しかし、その悲劇性が健さんの最後の殴り込みを際立たせるのです。

やめろ大宮!

 私が好きなのは何と言っても田村高廣です。早い話が田村正和の兄さんです。そしてチャンバラ映画のスーパースターだった坂東妻三郎の息子です。

 刑務所に入るほど組の為に体を張る勇気があり、むやみな喧嘩は不味いと思いとどまる知性があり、リンチを受け切る根性があります。健さんと並ぶ男ぶりを見せてくれます。

 田村高廣という役者は長セリフに強いという特技があり、リンチに際しての長口上は目を見張るものがあります。クールなのに根性がある。今作で女性に一番モテそうなのは鶴松だと思います。

 やくざを主題にした映画は日本映画の初期から一定数ありましたが、健さんの任侠映画の大当たりを受け、他の映画会社もそれぞれのカラーを活かしつつヤクザ映画を模索し始めました。

 人情劇に強い松竹が出した答えが言わずと知れた『男はつらいよ』であり、荒唐無稽な映画に自信ありの大映が出した答えが、『座頭市』『悪名』で既に売っていた勝新太郎が一層大暴れする兵隊やくざでした。

 そして田村高廣は兵隊やくざで勝新太郎とコンビを組み、大当たりを取りました。この映画は近年凄まじいホモ臭さが再評価されつつあります。

津川雅彦が足りない

 当時の津川雅彦は兄と比べて役者としての方向性をまだ決めあぐねていました。二枚目でも三枚目でもない中途半端な役で父親の映画に出続ける日々。今作でも変なチンピラとして今一つです。

 この人が輝き始めたのは中年を過ぎてからでした。女性スキャンダルを起こし、これを逆手にとってスケベオヤジの役で売り始めたのです。

 近年は芸能人の不倫が非常に燃えやすい案件となっています。彼らは変に取り繕うよりも、開き直って津川雅彦の後釜を狙うべきかもしれません。ああいう役者が今の日本には足りません。

錦之助の義侠

 けどやはり、特筆すべきは萬屋錦之助演じる流れ者の侠客清治です。任侠映画の止めは鶴田浩二であったり藤山寛美であったり、いずれも印象的なわけですが、錦之助はこれが最初で最後でした。

 というのも、最初は錦之助を主演に据えるはずだったのです。しかし、あくまで時代劇にこだわる錦之助はヤクザ映画の色がつくことを嫌い、途中で出演をキャンセルしようとしたのです。結局義理があるので今作だけは出るということで決着し、代わりに健さんが主演に抜擢されました。

 けれどそこは天下の萬屋錦之助で、健さんを食う勢いです。任侠道をあくまで通そうとする古風な侠客像を見事に演じ切っています。本物の千葉の侠客に協力を乞うて役作りをしたのは有名な話です。

 特に殺陣の出来が異次元です。一方健さんの殺陣は荒削りな印象が残ります。これは懸案材料だったそうですが、兵隊帰りでまだ経験の浅い健さんと、百戦錬磨の侠客である錦之助というリアリティを際立たせる形になり、却って好評であったそうです。どっちも得したナイスキャスティングだったと言うべきでしょう。

 黙っていては鉄が浮かばれないが、妻子を路頭に迷わせたくない。そして恩義ある木場政にも迷惑をかけたくない。そうして取ったぎりぎりの選択があの殴り込みだった。泣けるじゃありませんか。

綺麗どころ勢揃い

 任侠映画は女が重きをなします。こういう奥さんが欲しいと多くの男が思うような、そういう野郎の理想が作り上げた人形のような女性達。それが不可欠なのです。

 特に清治の妻のお咲演じる三田佳子の健気さ。死に行く夫を見送るあの姿。娘にヤクザの亭主だけは持たせまいとあの後頑張ったのでしょうが、息子はあんなことになってしまいました。今ではブラックジョークとしか思えません。

 藤純子はよく考えればいてもいなくても同じような端役なのに、美しさは一番です。あんな美人の母親を持ち、弟をプロレス技の実験台にするような姉を持てば、息子がホモに走るのは当然です。

 梨園の未来はこの美しさが狂わせてしまうのかもしれないのです。歌舞伎ファンとしては、とにかく尾上菊之助にはいち早く次男を生んでほしいものです。

 当時の東映は当たったシリーズは女バージョンも作ってみるという商法を採用しており、藤純子が女版健さんを狙って『緋牡丹博徒』シリーズが作られ、これが大きな成功を収めたのも知られるところです。

 歌舞伎の話ついでに、姐さんの藤間紫も貫録を見せています。見るからにスケベそうです。後の彼女の人生を暗示しています。継子が家業に背を向けてカマキリになるのは当然です。まあ、幸い彼は家業にも復帰したしとっても楽しそうではありますが。

 そういうブラックな話題がないのが南田洋子です。深川の芸者を辰巳芸者と呼びますが、そのあるべき姿を体現しているいい女です。なにしろ長門裕之とは名高いおしどり夫婦ですからいい感じです。夫婦とはかくありたいものです。

BL的に解説

健さんは総受け

 私の中で健さんは総受けです。不器用で優しい男は総受けなのです。それが私のBL哲学です。ケツを貸すのは想像できても借りるのは想像できないのが健さんです。そもそも健さんはゲイであったという説は古くから知られています。

 そして任侠映画で健さんが帰ってくるパターンの場合、時代設定の関係上軍隊から帰ってくる場合が非常に多いのです。そして日本軍がホモ祭りだったのは近所の経験者の爺さんに聞きに行くまでもなく周知の事実です。想像力を掻き立てられるシチュエーションです。

 また、良いヤクザの組というのは上質のホモソーシャルを孕んでいるものですが、本作の木場政はまさにそうで、内外ともに良い男どもがイチャイチャする様は腐の皆様方に満足を保証できる物です。

 鉄が半纏を質入れしても、結局事情を察して許してくれるのも彼らが友情以上の固い絆に結ばれている証明です。「鉄の野郎は仕方ねえな」呆れつつもどこか嬉しそうな面々。彼がリスクを冒してでも男を通したのが嬉しいのです。

 そして健さんと仲間達は最後にペアルックで決めて死地に赴くのです。この常識を超えたホモソーシャルこそがヤクザ映画の裏の魅力なのです。

 彼らは親分木場政への返しきれない恩義があり、長吉への絶大な信頼があり、任侠道への誇りがあります。そして最後はそれらに殉じるべく敵を道連れに死を選ぶ。それはそれは美しく尊い物語ではありませんか。

弘法常×銀次

 二人は同級生です。ヤクザに珍しく学校を出ているインテリなので弘法常なんて異名がついているわけです。そして弘法大使が衆道の始祖であり、最澄と弟子の取り合いで喧嘩したというのは江戸時代から一般常識でした。

 二人の再会は敵味方という最悪の形のものでした。しかし、二人は敵味方という立場を超越した親友です。

 入った組を間違ったと思いつつ、常達が羨ましいなと思いつつ、何とか組同士の争いを回避しようとする銀次。しかし、その尽力もむなしく戦争が始まってしまいます。

 手分けして沖山を探す中、常が組に乗り込んだのは、銀次は代貸という立場上組にいるはずだと踏んだからでしょう。

 そして二人は刺し違えて死にます。どうせ死ぬなら銀次に殺されたい。常はそう思ったのでしょう。これは心中です。


清治×鉄
 ここは意見が分かれるところでしょうが、一人選ぶならこれでしょう。

 鉄はどうして死に際して清治を頼ったのか?単に近所だったと言われればそれまでですが、結局

のです。

 強きをくじき弱きを助ける任侠道。鉄は任侠道を通そうとして殺され、清治は任侠道の為に死にに行った。ハードですが尊い。それがヤクザ映画です。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介し

『緋牡丹博徒』(1968 東映)(★★★★★)(女バージョン)
『兵隊やくざ』(1965 大映)(★★★)(大映と鶴松の考えた任侠)
『東京流れ者』(1966 日活)(★★★)(日活の考えた任侠)
『関東テキヤ一家』(1969 東映) (★★★)(任侠と実録のハイブリッド)
『県警対組織暴力』(1976 東映)(★★)(鉄砲虎による実録映画の最高峰)

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