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第4回 兵隊やくざ(1965・大映)


 『大脱走』は勝った側だったので次は負けた側で行きましょう。東映のホモ臭い映画をお楽しみいただけるように、というのがこのマガジンの裏テーマですが、なにもホモソーシャルは東映の専売特許ではありません。日本映画の黄金時代は、ホモソーシャルの黄金時代でもあったのです。

 その中でもそのホモ臭さゆえに近年再評価されつつあるのが今回紹介する『兵隊やくざ』です。勝新太郎演じる暴れ者の兵隊大宮と、田村高廣演じるお目付け役で華族の古参兵有田の織り成すむせ返るようなブロマンスです。

 まだ軍隊を肌で知った人間が世間にありふれていた時代だからこそ撮れた日本軍のリアル、増村保造監督のモノクロならではの奥深い映像美、こういう痛快娯楽戦争映画が撮れたからこその黄金時代なのです。

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真面目に解説

戦争映画とリアル

 私の子供の頃はまだ夏休みの宿題に近所のお年寄りから戦争体験を聞いてくるというものがありました。私が中学の時に話を聞いた爺さんはパイロットで、食べ物にも困らず芸者にはモテモテ、戦後は自衛隊でジェット機を飛ばして今では恩給暮らしと〆る愉快な思い出を話してくれました。

 面白おかしく作文にしたためてクラスメイトには好評でしたが、先生は露骨に嫌な顔をしたものです。しかし、それもまたリアルです。

 ともすれば日本の戦争映画の類はそういう大人の事情が絡んでいるものが殆どです。作り手の技量が許す限りの悲惨さと、綺麗事としての反戦が盛り込まれています。ある種のダークファンタジーと言ってもいいでしょう。娯楽要素などもってのほかです。

 そこへいくと、今作の作られた時代はそういう綺麗事抜きのリアルと娯楽要素が戦争映画に許されていました。筋は荒唐無稽ですが軍隊の細かいディティールはどこまでもリアルです。そこらのおじさんはもれなく軍隊経験があったからです。こういう場合に戦争が嫌だというのは綺麗事抜きの生の声に他なりません。重みが違います。

 この映画は驚くべきことに実話がベースになっています。久留米の大名の有馬家の出身である小説家の有馬頼義氏が兵役に就き、後に名の知れた親分となるやくざの兵隊と知り合った体験をもとに書かれた『貴三郎一代』という小説が原作です。本当に脱走はしなかったようですが。

星の数よりメンコの数

 重要性の割に昨今の作品で見逃されがちなファクターが、軍隊の厳格なようで歪な上下関係です。今作でもこの要素が見せ場を作ったわけですが、この辺を活かした作品というのにはとんとお目にかかりません。

 日本軍には階級とは別にメンコ(在籍年数)による年功序列と縄張り意識が暗黙の了解として存在し、階級が変わっても同期は同期であり、他所の隊の兵隊を殴る権限はないというのが今作のストーリーに深みを与えています。

 また、娑婆の身分を持ち込めないというのも注目すべき点です。有田のモデルは原作者の有馬氏その人であり、この人は久留米の殿様の家系で華族です。一方で大宮はヤクザ。ヤクザは軍隊としても持て余すので負けが込むまで滅多に徴兵されませんでした。そういう二人が当然のよう行動を共にする。これが軍隊のリアルなのです。

猛獣勝新

 軍隊という窮屈な世界をあざ笑いながら大宮が暴れる。軍隊で理不尽を嫌というほど味わった人たちはその様に留飲を下げたのです。

 同じく勝新の代表作である『座頭市』も段々と超人的になっていきましたが、大宮は最初から反則級です。そりゃあブルース・リーも憧れちゃいます。

 割と理性的な座頭市や『悪名』の朝吉と違って、大宮は自分に正直です。ともすれば勝新の猛獣のような押し出しの強さが一番生きているのは大宮なのです。

 有田にここぞという所で命じられるや上官を半殺しにし、有田がこれ以上は不味いというとことでストップをかける。サーカスの熊と調教師みたいなコンビです。私生活では中村玉緒がこの役を担っていたのはご承知のとおりです。

映画と歌舞伎

 勝新太郎主演ということになっていますが、実際のところは田村高廣のダブル主演です。二人とも元々は歌舞伎の世界の人間です。

 昔の日本映画は誰それの息子という肩書を持たないいわゆる門閥外や、あるいは御曹司でも脇役の家系であったり次男あったりで役の付かない歌舞伎役者に彩られてきました。

 田村高廣は言わずと知れた戦前のスター、坂東妻三郎の長男です。妻三郎は前者のパターンでした。当時勝新とともに大映の二枚看板だった市川雷蔵は後者です。勝新太郎と兄の若山富三郎ははちょっと特殊で長唄三味線の家の出身です。

 今作が作られた時期に歌舞伎はついに映画に追い抜かれてしまいました。それが自分たちが冷遇していた役者たちの活躍によるものですので、当時の梨園の住人達は嫌だったことでしょう。こういう経緯があって、この頃から歌舞伎は門閥外でも昔よりは出世できるようになりました。

田村高廣という役者

 勝新一人でこの映画は名作足りえません。田村高廣の存在こそが実は肝です。有田は軍隊の矛盾や暗部も知り抜いた一筋縄ではいかない男です。難しい立場から大宮をうまく操縦し、なんとか平穏に内地に帰ろうと必死です。あんな難しい役は並の役者にはこなせません。今作の演技が買われて田村高廣はブルーリボン賞を獲得しました。

 竹刀を振るうシーンがあるのに注目です。チャンバラ映画のスターだった坂東妻三郎の息子ですから比較されるのを嫌って時代劇への出演を断るような人です。しかし、そこはやっぱり息子なのでどう見ても只者の構えではありません。聞けば高校では剣道部のエースだったそうです。

 『日本侠客伝』でも言いましたが、長台詞が格好いいのが田村高廣です。黒金相手に古参兵の貫録を見せるシーンは見事です。あの制裁シーンが今作の最大の見せ場と言ってもいいでしょう。

腐れ上官達

 腐れた上官は日本の戦争映画のお約束です。厳しいだけではなく腐っているというのがポイントです。日本軍の暗部がこういう所に覗きます。しかし、腐れた上官が居るからこのシリーズは動くのです。

 とりわけ黒鉄役の北城寿太郎のイキりぶりヘタレぶりがいい味を出しています。この人は勝新と個人的に馬が合ったことから『座頭市』『悪名』なんかにもよく出ています。

 当時の大映のスターは美男美女で固めていた(勝新も最初は二枚目で売り出されたのです)ことから、ガタイが良くて男臭いこの人は悪役として重宝されました。もとはカメラマン志望だったというから変わった人です。

 ボクシングで大宮を制裁する様はまさに役者人生のハイライトでした。この後の続編にも人間の屑のような上官役としてちょいちょい出てきますが、これ以上の見せ場はありませんでした。

 石上役の早川雄三もそうです。炊事班長が食料を横流しして私腹を肥やすというのはあまりに嫌なリアリティです。この人は映画よりむしろテレビ時代劇や刑事ドラマでよく見かけた人でした。よくヤクザの組長なんかとして石原軍団にいじめられていたものです。

 極め付けは中沢准尉役の内田朝雄です。嫌なことは人に押し付け、責任を取りたがらない。押し出しの強い禿げ頭で黒幕やフィクサーという役で大いに売った一枚格上の人でした。本当に戦争に行った人なので様になっています。

小悪党ミッキー

 何と言っても忘れてはいけないのが憲兵役の成田三樹夫です。長じて日本指折りの悪役俳優となるわけですが、当時はまだちょい役の新人です。しかし、最初からこういう役で強かったのです。この後たちまちのうちに売り出していきます。

 スピード出世ぶりはこのシリーズを追うと伺えます。今作では名無しの憲兵ですが、シリーズ中盤で青柳伍長と名前が付いて準主役というべき役どころに収まるのです。今後このnoteで追って紹介しますが、これは必見です。単純にもBL的にも素晴らしい仕事をしています。

 思えばこういう悪役俳優がすっかりいなくなってしまいました。邦画の衰退というのはスター以上にこういう所から始まったのではないかと思うのです。

浪曲を聞こう!

 田村高廣は剣の腕をのぞかせましたが、勝新もまた梨園で培った技能をフル活用しています。浪花節、浪曲です。凄く上手です。

 浪曲というのは歌ったり語ったりしながらいい話をする芸で、明治から昭和の中頃にかけて芸能の王様と言われるほど人気がありました。今ではすっかり衰退してしまいましたが、それでも滅んではいません。浅草でやっています。

 流行歌をフィーチャーした『歌謡映画』というのが当時盛んに作られたのですが、同様に『浪曲映画』なんてものもありました。話の要所要所で浪曲が入るのです。そういうコラボが成立するほど人気でした。

 大宮の行動原理も非常に浪花節的です。やられればやり返し、受けた恩は必ず返す。そして困っている奴は見過ごさない。浪花節的とは悪く使われることが多い言葉ですが、本来そういう義理人情の精神を指すのです、

 そして世間は落語ブームなどと言われ、BL界隈でも『落語心中』にハマって寄席に足を運ぶ人が増えていますが、むしろ腐女子は落語や講談よりも浪曲を聞くべきです。義理人情がBLに容易に変換可能なのは既にご承知と思います。腐女子なら悶絶するほどの精神的ホモが目白押しです。忠臣蔵なんてそういう視点で見ればホモ祭りです。

 こんなに浪曲をプッシュするのは私が浪曲が好きなのもあるのですが、親友に浪曲師が居るからでもあります。さあ、私が脚本を書いた八手十三君の浪曲を聞きに行こう!

慰安婦という職業

 今の戦争映画では絶対描けないのが従軍慰安婦です。しかし、当時の映画ではお構いなし。女郎はキーパーソンです。

 軍隊に結局女郎は不可欠なのです。それもまた現代では描けなくなったリアルです。階級ごとに女が別だったこと、横柄なやり手ババアに用心棒、音丸の経歴、病死した女郎の話、女郎の国籍、へそ酒なるプレイ。いずれも経験者でなければ描けません。

 シリーズのヒロインは毎回大映自慢の綺麗どころが据えられるのですが、その中でも今作の淡路恵子演じる音丸の美しさは出色です。見るからにスケベそうで実にいい女です。煙草を常に吸っているのもポイントです。淡路恵子という人が煙草とドラクエをこよなく愛した人であったが反映されています。

 どうせ自分には満期もないと半ば開き直って慰安婦という仕事に就く音丸。テレビでは決してやらない慰安婦のリアルです。そういうものを描き切ったのもこの映画が後世に残った理由の一つでしょう。

 私も一度くらいへそ酒をやってみたいとこの映画を始めてみた高校生の時分から思っているのですが、とんと機会がありません…

人類皆兄弟

 見逃しがちですが秀逸なのが音楽です。手がけたのは山本直純。競艇の戸締り用心のCMの纏持ちのおじさんです。

 そうと知らないだけで、この人が作った音楽は今でも日本中に溢れています。調べてみればああ、あの曲もかと驚くことでしょう。

 ところが原作の有馬頼義氏の父親である頼寧氏は中央競馬会の理事長であり、有馬記念という大レースの名前はこの人にちなみます。競艇とは商売仇です。もっとも、私を含めて両方やる人も多いですが。

BL的に解説

日本軍と褌

 当時の男の下着は褌でした。よく考証の甘い作品で六尺褌を締めているものを見かけますが、あれは間違いで日本軍は越中褌でした。布が多くて締めるのに時間のかかる六尺は軍隊との相性が悪いのです。

 その点今作はちゃんと越中です。これはBLやゲイポルノの作り手の皆様には覚えておいていただきたいポイントです。六尺の方がセクシーと言われればそれまでではありますが。

勝新という雄

 勝新はゲイの目から見ると非常に魅力的な役者です。むっちりした肉体。強面のようで目が綺麗でかわいい。そういう趣味のゲイにはたまらないのです。

 今作は勝新の肉体が堪能できる映画です。特に風呂場での大立ち回り。あれだけの人数が全裸で暴れてきっちり見えてはいけない物は隠れている。日本映画黄金時代の活動屋の技術の粋があのシーンには込められているのです。

 そして勝新は梨園の出です。歌舞伎がその実売春の隠れ蓑であったのは気の利いた教科書にさえ書かれている歴史的事実であり、連綿と男色の伝統が受け継がれているのも広く知られた話です。

 また、勝新には弟子が居ました。松平健です。この人のゲイ疑惑はそこら辺のおばちゃんでも当然のように知っているところですが、誰が彼を仕込んだのか?そう、勝新です。

 勝新は無論中村玉緒という類稀な奥さんが居るわけですが、バイセクシャルだというのはリアリティのある話です。なにしろ中村玉緒だって二代目中村雁治郎の娘なのですから。理解は十分です。

 勝新という役者はワンマンタイプのように見えますが、その実共演者を引き立てる能力の持ち主です。そのせいでしょうか、勝新の映画というのは常に途轍もないホモ臭さが漂います。そしてそれが名画に必要なものであることはさんざん説明したとおりです。

上等兵殿だって…

 有田のモデルは有馬頼義氏であることは先に述べました。この人は久留米の大名である有馬伯爵家の三男坊であり、当然学習院を出ています。

 衆道は武士の嗜みであり、戦前の学習院のイカ臭い醜聞や恋物語の数々は出身者の著述でいくらでも見つかるものです。つまり有田が男を知っている可能性は非常に高いということです。

 一方大宮は元浪曲師のヤクザ。芸人もヤクザもホモが多いのはご存知の通り。この二人がホモホモするのは必然なのです。

大宮×有田

 そもそも勝新はこの映画はホモのつもりで撮っていたと自分で述懐しています。大宮と上等兵殿でしごき合うシーンがあってもいいくらいだと。

 それで色恋を撮らせたら絶品の増村保造監督です。次作からは田中徳三監督に代わりますが、大宮と上等兵殿のホモ臭い絆はシリーズを追うごとに加速していくのです。今作はシリーズの最高傑作ではありますが、BL的観点ではほんのジャブに過ぎないのです。

 二人は一蓮托生です。大宮は上等兵殿の指図で喧嘩をすることで処罰を逃れ、上等兵殿も大宮を配下に置くことでそれなりの利益を享受しています。

 最初嫌そうにしていたのに、すぐ熱心に大宮を調教して手懐けてしまう上等兵殿。処罰から頑として大宮を守ろうとし、大宮もまたそんな上等兵殿に新妻のごとく尽くします。ちょっと情緒不安定なのは萌えポイントです。

 そして上等兵殿に音丸を勧められ、共同便所は御免だと断る上等兵殿。しかし、最終的には頂いてしまったことが音丸のこの頃一人が相手じゃつまらないという際どいセリフから伺えます。

 若い頃の淡路恵子では無理からぬ話ではありますが、これはこの手の映画で盛んに用いられる定番の間接ホモセックスに他なりません。二人の愛の前には淡路恵子さえも突撃一番ほどの存在でしかないのです。

 上等兵殿が大宮に世話を焼くのは、最初は事故を起こして内地へ戻るのを遅らせたくないという明確な目的がありました。しかし途中で内地への期間は絶望的になります。そして二人は飲んだくれ、ますます深みにはまっていきます。これは損得以上の絆が既に二人に生まれていたことに他なりません。

 特に営倉に肉の入った飯を届けるのは相当な愛がなければできません。これはバレると一緒に営倉に入る羽目になります。そしてこういう不正を避けるために食事はほじくって調べることになっているのですが、上等兵殿はフリーパスで煙草まで差し入れちゃいます。これは中隊中に二人の仲が知れ渡っていた証拠です。邪魔すると大宮が何をするか分かったものではありません。

 ですが大宮は営倉に入る為に上等兵殿を殴り倒しました。ここまで人の為に喧嘩をしてきた大宮でしたが、ここで初めて上等兵殿と離れたくないという私利私欲の為に暴力を振るうのです。それも愛する上等兵殿に。ただ入るだけなら相手は誰でもよかったはずなのに。二人の絆が伺えます。

 そして二人は脱走を決意し、見事に成功させます。これが駆け落ちでなくて何でしょうか?そして上等兵殿はこれからはお前が上官だと主従逆転を宣言し、何でも命令してくれと危険な事を言います。ん?今なんでもするって言ったよね?

 つまり上等兵殿、ケツを貸して下さいと言われれば断れないのです。その道では歴戦の勇士である音丸をメロメロにした大宮の股間の三八式歩兵銃殿が有田のケツを落城させ、胸糞の悪いカーキ色の日々が甘美なる薔薇色の日々に代わればハッピーエンドですが、次作以降結局何回も軍隊に舞い戻る羽目になるのです。しかし、逆境こそが愛の燃料であることは今後追って紹介します。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します

『続・兵隊やくざ』(★★★★★)(続編)

『独立愚連隊』(★★★★★)(娯楽戦争映画の両横綱)
『大脱走』(★★★★)(戦勝国バージョン)
『拝啓天皇陛下様』(★★★★★)(松竹バージョン)
『人斬り』(★★★★)(幕末バージョン)
『日本侠客伝』(★★★)(格好良いぞ上等兵殿)
『座頭市物語』(★★★★)(格好良いぞ大宮)

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