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第63回 独立愚連隊(1959 東宝)

 ここのところNetflixが気合を入れています。やけに私好みの作品が配信される中、特に驚いたのは『独立愚連隊』の配信でした。この手の古い邦画はあまりNetflixにはないはずなのに。

 本作は岡本喜八の初期の傑作であり、佐藤允の代表作であり、戦争映画でありながらマカロニウエスタンを狙って作られた非常に上質な娯楽映画です。

 大陸の戦線に佐藤允演じる謎多き従軍記者の荒木がふらりと現れてひと騒動という筋ですが、ストーリーは入り組んでいます。観て頂くより仕方ないというのが本当の所です。

 しかし、その割に見ていて頭をあまり使わず、和製ブロンソン佐藤允の胡散臭さに負けじと無駄にキャラの立った面々が脇を固めていて終始飽きさせません。完成度が凄く高いのです。

 そして、ワイルドで胡散臭い荒木は男にも女にもモテモテです。これだけいろいろ詰め込んでおいてBLとしても美味しいのはまさに喜八マジックです。

独立愚連隊を観よう!


AmazonとNetflixで配信があります。

真面目に解説


楽しい喜八一家
 岡本喜八は言わずと知れた巨匠であり、重厚な大作と馬鹿馬鹿しい映画を交互に撮る不思議な監督です。

 本作は名目上は戦争映画ですが、マカロニウエスタンを意識した作りになっており、サスペンスやロマンスが同時進行する並みの監督には絶対に手に負えない脚本です。それを可能にするのが岡本喜八の手腕であり、喜八一家と称される常連俳優たちなのです。

 本作だと佐藤允を筆頭に、中谷一郎、中丸忠雄あたりがこう称されます。口跡が良い新劇出身者が多いのが特徴です。一家というくらいなのでチームワークが良いのも監督してはありがたい事でしょう。


喜八作品と戦争
 岡本喜八作品に一貫しているテーマが反戦です。こんな映画でも戦争は馬鹿馬鹿しいものだという思想が根底にあります。

 というのも、岡本喜八は豊橋の士官学校に在学中に終戦を迎え、空襲で多くの戦友を失ったトラウマからくる軍への不信があるのです。

 この特殊な背景がある為、岡本喜八作品は反戦思想が徹底している反面、軍隊関係の細かいディティールが良く出来ています。

 特に軍隊用語の使い方などは将校としての教育を受けただけあり、戦争に行った人の居た時代の映画としても頭抜けています。今の監督にこれを撮れと言っても無理でしょう。

謎の男荒木
 佐藤允演じる胡散臭い従軍記者荒木が本作の主人公です。頭が切れて射撃の達人で男にも女にもモテモテで胡散臭い。これはまさに私の理想とする男性像であります。

 その胡散臭さたるや半端ではなく、この胡散臭さこそ佐藤允の真骨頂とも言えます。あの顔つき、あの佇まい、まさに奇跡のバランスです。

 将軍廟という街に駐屯する日本軍の大隊を荒木が訪れ、大隊、敵陣深くに派遣されている独立愚連隊、日本軍と対峙する馬賊の三勢力をひっかきまわすというのがストーリーの基本になります。


日本軍の深淵
 将軍廟で大隊長代理として権勢を振るっているのが藤岡中尉(中丸忠雄)です。こいつが本作のマカロニな雰囲気を際立たせています。

 汚職に明け暮れ、気に入らない相手は謀殺するどうしようもない外道です。軍の内幕をよく知っている岡本喜八なれば、この型通りの悪役日本軍にも説得力があります。

 ここで注目すべき点は藤岡はあくまで大隊長代理であることです。本物の大隊長が別に居るのです。

 この大隊長が児玉少佐。本note初登場となる世界の三船敏郎です。大隊となれば千人の大所帯なので、仕切るのには三船敏郎くらいの器量が必要なのです。

 しかし、少佐は城壁から落ちて頭を打ったとかでおかしくなっています。この狂いぶりが世界の三船であり、名演技です。慰安婦相手に「貴様それでも帝国軍人か」という型通り過ぎて逆に聞くことが稀なセリフも披露してくれるのも嬉しいポイントです。

喜八式ガンアクション
 藤岡の外道ぶりの真骨頂は捕虜を撃って遊ぶところにあります。実にマカロニウエスタンです。

 しかし、荒木はこれを見て捕虜の殺害に憲兵の立ち合いが要る事を楯に揺さぶりをかけ、振り切って撃とうとする藤岡の拳銃の銃口を掌で押さえつけます。

 「ブローニングってのは案外不便なピストル」と荒木が語る通り、一部の拳銃はこうやって銃口を押さえつけられると弾が出ません。岡本喜八が銃雑誌(おそらく月刊Gun)を読んで着想を得たそうですが、これは日本映画において最も銃に踏み込んだ瞬間でもあります。

 ただ、残念ながら藤岡の使っているブローニングM1910はあれでも弾が出てしまいます。当時は資料が少ないのでこの程度の間違いは時々起こるのです。

 ただ、日本軍の将校の拳銃は自前で用意するものであり、日本人に丁度良い大きさでブローニングは人気だったので、ブローニングを選んだのは士官になろうとしていた岡本喜八ならではのナイスチョイスです。

馬賊という何か
 さて、藤岡に撃たれるところのを荒木のトリックで命拾いした小紅(上原美佐)というお姉ちゃんと、その兄貴のヤン(鶴田浩二!)率いる馬賊が大隊と独立愚連隊と三つ巴の勢力図を形成します。

 馬賊というのは文字通り馬に乗った賊で、無法地帯だった当時の中国で権力を握っていました。言うなれば当時の中国は馬賊の戦国時代だったわけです。

 盗賊であり自警団であり、大規模化すると軍閥として国にさえなる、つまりはヤクザです。日本軍が汽車ごとぶっ飛ばした張作霖だって最初は馬賊からスタートしたのです。

 そして、鶴田浩二と上原美佐の兄妹という組み合わせがぶっ飛んでいます。しかも日本語ペラペラです。こんな馬賊はいないと思いますが、マカロニウエスタンのメキシコ人と思えばアリです。

 そして、さすがに上原美佐は黒澤明の秘蔵っ子だけあって存在感が際立っています。馬に乗れる美女というのはやっぱり男の憧れです。


皆大好き独立愚連隊
 荒木は大久保という見習士官(上村幸之)が現地の娘と心中したというネタを聞きつけ、真相を探るべく馬賊にちょっかいを出されながらも独立90小哨、通称独立愚連隊へと潜り込んで行きます。

 隊長の石井軍曹(中谷一郎)からしてもう只者ではない感満々です。部下も副官の中村(江原達怡)以下ドぐされな連中ばかりで、飲む打つ買うの三拍子揃った本格派のヤクザ者です。しかし、最前線にぽつんと残されているだけに腕は確かです。

 この映画が偉大な点は、独立愚連隊という一つの「型」を作って後世に残したことです。

 腕は効くのに言う事は聞かない、飲む打つ買うに目のないはみ出し者集団。これは今やあらゆる創作分野で用いられるテンプレートであり、型なのです。

 こういう概念自体ばもっと昔からあったはずですが、少なくとも「独立愚連隊的な」で通じるほどにしたのは本作の功績あり、そういう意味では『ブレードランナー』や『マッドマックス』に匹敵する歴史的名画なのです。


今ならコンプライアンスに引っ掛かるヒロイン
 『兵隊やくざ』でも書いたはずですが、現代の軍隊物でなかったことにされる反面軍隊に欠かせないのが慰安婦です。

 当時人気者だった谷晃演じる立花なる胡散臭いおっさんの経営する慰安所が大隊の唯一の娯楽なのです。細かい違いはあってもこのあたりは万国共通であり、軍隊に女は欠かせざる必需品なのです。

 ストーリーのキーになるメインヒロインは胡散臭い荒木の正体を知っている慰安婦のトミ(雪村いづみ)。彼女に限った話ではありませんが、東宝の女優はやっぱり気品があります。

 しかし、むしろ私が注目したいのが彼女の姉貴分である花子(中北千枝子)です。なにしろニッセイのおばさんなので美人とは言えませんが面倒見が良く、この映画に欠かせないヒロインの一人です。

 何よりトミと二人で金をためて新宿に喫茶店を出すのが夢というのがちょっと百合のテイストを感じさせていい感じです。と言っても代金は軍票なので後で無価値になるのですが…

 そして片言です。何故かは説明しなくていいでしょう。アジア情勢に暗い影を落としている問題に容赦なく切り込んでいきます。岡本喜八のような生で戦争を知る世代の特権です。

 ちなみに慰安婦には「おセックス大好きざます」というパワーワードで有名な塩沢ときも混じってたります。だからって仕事でおセックスとなると話は別です。


嗚呼連隊旗
 独立愚連隊より更に奥地に進出していた大隊の本隊が全滅し、連隊旗と旗手だけが命からがら逃げてきた事でストーリーがクライマックスを迎えます。

 連隊旗は書いてその名の通り、連隊(4000人くらい)のシンボルとなるお馴染みの日章旗です。この連隊旗を単なる旗と思っていると日本軍物はちゃんと読み解けません。

 この旗は連隊の命であり、畏れ多くも天皇陛下の分身とされています。敬礼が義務付けられ、一個中隊が護衛に付けられる連隊長(大佐)など及びもつかない超VIPです。

 旗手だけ残して全滅というのも決して大げさではなく、畏れ多くも陛下を敵に奪われるような事はできないので徹底的に死守され、それも無理な時は燃やして処分(奉焼と呼ぶ)する決まりになっています。

 そして連隊旗手は眉目秀麗で成績優秀な若い少尉が任命される事になっており、旗手の丹羽少尉を演じるのは夏木陽介です。畏れ多くも陛下のお相手はこのくらいのイケメンでないといけないのです。

 そしてもう一つ注目したいのは、連隊旗がもう旗と言えないくらいボロボロである点です。これにもちゃんと理由があります。

 連隊旗は突撃の時常に先頭にあるので、砲火に晒されて傷みやすいのです。しかし、畏れ多くも陛下をみだりに取り換える事などできない為、連隊旗はどんなにボロボロになっても新調されません。

 つまり、旗のボロさは連隊が激戦を潜り抜けてきた証であり、名誉なのです。日清日露以来の老舗の連隊になるとああいう房しか残っていない軍旗は珍しくありませんでした。

 しかし、敗戦に際して連隊旗は残らず奉焼されてしまったため、燃え残りや気を利かせた隊員が隠したものが数本残るだけです。


弾道日舞
 マカロニウエスタンを狙って作られているので、お約束として最後は壮大な銃撃戦となります。伏線を一気に回収しつつ命令よりも漢の意地の為に死地に赴く荒木と独立愚連隊。『ワイルドバンチ』を思わせる義理人情とホモ臭さです。

 群がってくる馬賊相手に軽機関銃を振り回す荒木の雄姿はポスターにも描かれる本シリーズの象徴でもあります。こんな凄いアクションが撮れたからこその日本映画の黄金時代だったのでしょう。

 実は軽機関銃は兵隊一人が担いで歩ける限界の重さ(10キロくらい)で、とても振り回せるようなものではないのですが、そんな事はこの際些細な問題です。男の子は皆ああいうのが好きなのです。

 そして、日本人でありながらランボーやターミネーターの向こうを張ってああいうアクションをして許される得難いスター、それが佐藤允なのです。

BL的に解説


荒木×藤岡
 藤岡がまずホモ臭いのです。何しろ大隊長代理を任されるタマですから、士官学校を出ているはずです。中丸忠雄が士官学校など行けばショーネン騒ぎ(士官学校で美少年が評判になる事)は必定であり、当然慰安夫になってしまうのであります。

 小紅を暇つぶしで射殺しようとしたのが何よりの証拠です。小汚いなりでも上原美佐です。まともな男ならまずは股間のブローニングを乱射しない法はありません。そうしないという事は特殊なセクシャリティの持ち主です。

 あるいは、藤岡は大久保の事が好きだったのではないでしょうか?だから仲間へ引き込もうとしたのに、清廉潔白で女のいる大久保は承知しません。あまつさえ自分を告発しようとします。そして嫉妬に狂って大久保を消したのです。

 撃つ撃たないのガンアクションもそう考えると意味深です。どこかあの大久保に似て知的ないい男が捕虜殺害を咎める。藤岡は薄汚れているのを知っているからこそこういう男が眩しく、また憧れてしまうのです。

 おそらく、大久保は自慢の兄の事を藤岡にも話したのでしょう。藤岡としては自分に靡かない大久保が目を輝かせながら兄の話をするのは面白くなかったはずです。

 そして、荒木が大久保の兄だと知れるとホモの複雑なジェラシーが爆発します。藤岡は何としても大久保を消さねばいけません。しかし、荒木もまた何が何でも藤岡を殺す必要があるのです。

 多くの人の助けを得て酒井を撃ち殺し、大久保の残した具申書を手に藤岡に迫る大久保の顔の凄い事。佐藤允の顔芸の真骨頂です。

 種明かしをされながら恐怖におののく藤岡。帝国軍人にあるまじき敵前逃亡と明らかに戦力差がある銃撃戦の末に捕虜を撃って遊んでいた射撃場で標的を背に銃殺されます。藤岡は汚職と同時にホモのジェラシー故に身を滅ぼしたのです。


独立愚連隊ホモ集団説
 この概念自体がホモと言っても過言ではありません。後続の作品を思い浮かべて下さい。全部ホモです。女が居てもこの概念の前にはホモソーシャルに飲み込まれてしまうのです。

 独立愚連隊はちょっと油断しただけで見張りが殺されるような危険地帯に孤立しています。当然女っ気はゼロ。補給も滞りがちで娯楽もありません。これでホモが発生しない方がどうかしています。

 荒木を追ってきて行き倒れたトミを拾って来た時のはしゃぎ様などホモソーシャルの極致です。誘拐同然にトラックで送らされた運転兵(ミッキー・カーチス!)は徹頭徹尾仲間外れなのが独立愚連隊の絆を最悪の形で物語ります。

 当然愚連隊の皆で美味しく頂かんとするわけです。輪姦など実質ホモ乱交に他なりません。当然荒木に阻止されたので、行き場のない性欲は男同士で発散するよりありません。この時だけはミッキー・カーチスは仲間に入れてもらえたかもしれません。邪な形でですが。

 後から送り込まれる補充兵にはやけに厳しいのも、オリジナルメンバーだけで仲良くして居たい姿勢を物語っています。ホモソーシャルは閉鎖的になってしまう物なのです。

 そして、前線に居た連隊が全滅し、軍旗だけ戻って来たので石井は補充兵と一緒に軍旗を本隊まで戻してしまいます。

 自分達は全員チョンガー、補充兵は妻子持ちというのが表向きの理由ですが、何の事はありません。死ぬ時は俺達だけの方がいいという私欲です。独立愚連隊は全員が互いの妻であり夫のなのです。

 後退する補充兵を厄介払いとばかりに無暗に明るく送り出すのをカラ元気というのはノンケの解釈で、これはもう彼らが愛する仲間達と生死を共にするという崇高な喜びに打ち震えているのです。補充兵は突撃一番だったのです。

 押し寄せてくる敵との戦いに至っても独立愚連隊は楽しそうでホモ臭く、将軍廟で慰安所が後退したと知ってがっかりするなど絶好調です。

 本隊は逃げた後なので一緒に逃げようという意見も出ますが、石井は独立愚連隊の意地として命令を完遂し、敵を迎え撃つ決意をします。

 将軍廟で警戒すべしという命令なので、隠れてやり過ごすという頓智で独立愚連隊は生き延びようとします。しかし不運にもバレてしまい、本作のクライマックスである壮絶な銃撃戦の末に荒木だけ残して全滅します。

 彼らは全員独立愚連隊の意地に殉じたのです。岡本喜八という人はマカロニウエスタンがよくわかっていたという事です。

石井×中村
 独立愚連隊のボスである石井の下で若頭として威張っているのが中村兵長(江原達怡)です。

 軍隊に明るい岡本喜八らしく細かい設定ですが、中村は兵長ですが下士官勤務ということになっています。つまり、兵隊なのに下士官の仕事をしているのです。これは除隊して娑婆に戻れば仕事も嫁も選び放題の名士になれるスーパーエリート兵士なのです。

 恐らく石井はちょっと生意気な気の利く男が好みなのでしょう。つまり、中村は優秀な副官であると同時に小姓なのです。江原達怡は若大将の親友であり、実質義理の弟なのでBL力があります。

 補充兵だけ本隊に戻すという判断も石井はまず中村に打ち明けました。「あのオッサンたち足手まといでいけねえや」というのは本心でもありましょうが、こういうちょっと生意気な事を言えば石井が喜ぶという計算もあったはずです。そのくらいでなければこの地位に登れません。

 しかし、中村にとって荒木の登場は面白くなかったでしょう。正妻の座がピンチです。一歩間違うと青大将になってしまいます。

 ですが大丈夫。荒木だけは生き残りました。蓮の葉の上で二人は再び夫婦に戻るのです。軍隊は運隊と申します。時には死ぬのもラッキーなのです。

石井×荒木
 石井荒木との初対面は石井の「新聞記者にしては惜しい面構え」というド直球の褒め言葉からホモ臭く剣呑に始まりました。

 荒木は石井が弟を心中に見せかけて殺したと思っており、石井は荒木に大久保の影を見るという構図です。

 大久保と石井は例の現地の娘を巡る恋敵という事になっていますが、この娘はコンドームでしかありません。石井は大久保が好きだったのです。

 だから石井は荒木の捜査におちょくるふりをして消極的に協力しますが、荒木はまだ真相を知らないので敵視します。

 しかし、石井が部下がどう理屈をつけて死んでいいのか困っていると隊の苦しい立場を吐露しつつ、ねっとりと心中現場に残された弾を調べるシーンは腐女子へのサービスショットです。レオーネにできる事は岡本喜八にだってできるのです。

 石井は現場に残った弾の鑑定を手伝い、藤岡が臭いと助言しますが、それでも荒木は石井が大久保を殺したという疑念を捨てきれません。

 そして、トミが荒木が大久保の兄である事をうっかりばらしてしまった事を受けて一気に勝負を付けに行きます。

 しかし、石井は拳銃を向けられながらも「俺の目を見てみろ」と説得を図り、これで荒木が納得してしまうのがもう二人が精神的ホモの段階に入っていた証拠です。

 独立愚連隊は藤岡の大久保殺しの口封じの為に危険地帯に残されているので、石井は真相を知りながら部下の命をおもんばかって藤岡がやったと知りつつ直接教える事が出来ません。

 戦死した部下の認識票(ドッグタグ)を手に「部下たちにも迷惑がかかる」と語る石井の前に荒木も強くは出られません。優しい男と男の絆は否応なしに深まっていくのです。

 しかし、どうにか藤岡への復讐を遂げた荒木は独立愚連隊と一緒に死地に赴く道を選びます。「何となくお前を気に入ってな」という荒木のコメントがホモソーシャルの沼に首まで浸ってしまった事を物語ります。二人はもう夫婦です。

 穴に隠れて砲撃の中いちゃつく二人。しかし、敵に見つかって二人して盛大に戦い、荒木を残して石井は死にます。

 荒木のその後はさぞ波乱万丈になった事でしょう。しかし、いつも思い出すのはあの将軍廟の夜なのです。

白井×神田(リバ可)
 特に常に丁半博打で遊んでいる白井と神田のコンビは完全に夫婦です。ですが、独立愚連隊は社会と隔絶しているので金など何の意味もありません。なのに彼らはさいころを手放しません。なのに何故熱中するのか?

 最初は本当に金を賭けて熱くなっていたのでしょう。しかし、やがてその無意味さに気付きます。ここでやめておけば何も起きなかったでしょう。

 しかし、彼らはやめませんでした。他に娯楽などないからです。やがて、二人にとって丁半博打は賭博ではなく、勝った、負けたという感情を共有する為の行為、言うなれば実質セックスに変質していきます。

 二人はそうしてサイコロによって離れ難い友情を結び、ある夜酔った勢いで二つのサイコロに変身して存分に転がってしまったのであります。この時丁半博打は攻め受けを決めるための前戯として賭博性を取り戻したのです。

 一緒に見張りに就いたミッキー・カーチスをいびり、手りゅう弾の密売で手に入れた酒を荒木も加えて三人だけで飲むのはプレイです。見られてると燃えちゃうとんだ変態です。

 荒木は許すのは既に荒木と石井が良い仲なのを知っているからです。荒木は後から来たのに独立愚連隊の仲間入りを許されたケツ物であるとこのシーンで分かります。

 軍旗と補充兵が後退していく時、他の隊員と違って涙声で何かを紛らわす様に丁半博打に耽る姿から二人が隊内でも特別な関係である事を物語っています。

 戦いが終われば二人の関係は変質してしまいます。それを二人は恐れているのです。倒錯しています。

 隠れていたのがバレたのも、二人のサイコロが屋根から落ちてしまったからです。これは無意識に生き延びるを嫌ったからでしょう。

 これは事実上の心中ですが、仲間達は迷惑だとは思わないはずです。それが独立愚連隊のホモソーシャルなのです。

荒木×丹羽少尉
 丹羽少尉は連隊旗手です。前述のとおり、眉目秀麗で成績優秀にして品行方正な少尉殿ですが、もう一つ連隊旗手には暗黙の条件があります。童貞でなければいけないのです。

 『ゴールデンカムイ』でもBL臭むんむんでこのあたりの事は描かれていましたが、軍隊は員数と要領と申します。童貞は求められても処女は求められないのです。

 考えてみてください。眉目秀麗な少年が士官学校で童貞で居られるとしても、処女は守れません。つまり、連隊旗手は高級慰安夫なのです。

 しかも夏木陽介です。彼もまたゲイにとってゲイであってほしい俳優の一人です。アラン・ドロンや赤木圭一郎と友達で生涯独身、実際そうだったとしても驚きません。

 少尉は荒木が脱走したと本隊から知らされ石井に捜索を命じます。旗手ともなればこのくらい品行方正でないといけないのです。しかし、素直に探す石井ではありません。それに気づかないのも旗手っぽく、これも喜八マジックです。

 少尉は後退の途中で荒木を見つけて逮捕しようとしますが、タイミングよく敵襲(ヤン達とは別の勢力)を受けてトラックのウィンドーで目を負傷してしまいます。

 錯乱する少尉を助ける荒木。恩を売る気が無かったとは言いませんが、それだけで動く荒木ならこんなにモテません。

 荒木は鬼軍曹だった経験を活かして代わりに指揮を取り、将軍廟に戻って早々営倉に入れられてしまいます。

 しかし、少尉は荒木に借りを返すと称して没収した拳銃を営倉に差し入れさせて荒木を助けます。

 これは明白な軍紀違反であり、旗手としてあるまじき行為です。しかし、自らの命を救ってくれた大久保への愛の前には畏れ多くも陛下の分身たる軍旗もぼろきれでしかありません。まさに愛は盲目というわけです。

 全てが終わり、名誉の負傷で軍を去った丹羽は恩給を握りしめ、股間の軍旗を掲揚しながら見えない目で荒木の面影を求めて特殊な街角をうろつくようになるのです。

山岡少尉×杉本一等兵
 極悪非道の大隊の良心と言うべき存在だったのが荒木を大隊まで案内してくれた山岡少尉(瀬良明)でした。二人は初対面でやっぱりもう相性が良さげです。

 少尉は歳を取って気弱になっていますが、反面部下には慕われている好人物であり、帝国軍人としての体面を尊重して生きている立派な将校さんです。こういう人ばかりなら歴史は変わっていたでしょう。

 ここで注目したいのは少尉はベテランを通り越してロートルの歳である事です。公開当時瀬良明は47歳。当時の基準で言えばもはや爺さんです。

 日本陸軍でこの時期にこの歳の少尉という事は恐らく兵隊からの叩き上げです。だからこそ兵隊の気持ちが分かり、部下にも慕われているのでしょう。苦労人の荒木がその人柄に好感を持つのは無理からぬ話です。

 もう一つ注目したい点は、国や時代を問わず将校は薄給であるという事です。特に当時の日本では将校が体面を保てない事が社会問題になってさえいました。

 その代わり藤岡ほどでないにせよ役得を行使できる機会は多いのですが、少尉はそれをよしとしません。『拝啓天皇陛下様』でも書いたと思いますが、こうなると女郎屋に行くのもままならない少尉の性欲はけ口は彼を慕う美少年の兵隊さんの尻に向かうわけです。

 兵隊さんも少尉殿の暮らしが厳しいのを知っています。そして少尉殿は得難い大切な上官です。兵隊さんは受け入れてくれるのです。

 特に藤岡の薄汚い陰謀を知って営倉にぶち込まれている杉本一等兵(笠原健司)とのやり取りは主君と小姓そのものです。

 「お前のような兵隊が」というからには杉本は性的な事抜きでも少尉好みの優秀な兵隊だったのでしょう。

 しかし、杉本は真相を話せないのです。ぶちまけてしまえば少尉にも迷惑が及ぶのですから。なら自分一人が我慢すればいい。美しき主従愛が何気ないあのシーンには隠されているのです。

 ですが終盤になって杉本は営倉にぶち込まれた荒木に児玉少佐を酒井が城壁から突き落としたと白状し、一方少尉は汚職でため込んだアヘンを持ち逃げしようとする藤岡たちに迫ります。少尉にしてみれば彼らの行為は帝国軍人として、人として許せない事なのです。

 藤岡は分け前をやるからと少尉を抱き込もうとしますが、少尉は毅然と拒否し、藤岡たちの告発に加えて「営倉の一等兵を貰っていく」と宣言します。

 先に杉本から要求したことに尊さがあります。しかし、酒井に撃たれて絶体絶命。とどめを刺される直前、マカロニウエスタンよりもっと古典的な西部劇の騎兵隊のごとく颯爽と現れたのが荒木でした。

 帝国軍人の良心である少尉、危険を承知で自分に事件の真相を教えてくれた杉本、二人の為に荒木は行きがけの駄賃でキューピットを買って出たのです。

 少尉は一命をとりとめ、杉本と一緒にヤン達の手で後送されました。恐らく少尉は褒美に昇進させてもらい、歳なので間もなく予備役になって日本へ帰る事になるでしょう。

 まだ戦況はひっ迫していないので兵隊も二年で除隊になります。恩給で細々暮らす山岡のもとへ除隊になった杉本が訪ねてきます。

 玄関先で濃厚なキスをかますのを奥さんに見られて大変なことになるのか、それとも近所に引っ越して来て世話を焼く杉本に妻子が嫉妬する展開か、いずれにしても二人の未来は薔薇色です。


ヤン×荒木
 鶴田浩二×佐藤允とくれば豪華な取り合わせです。保安隊なる大層な名前の馬賊を率いる大物のヤンですが、彼にとって荒木は妹小紅の命の恩人でもあります。

 だとしても初めて会った時の二人のやり取りはホモ臭いものがあります。つまりヤンは荒木に心底ほれ込んでいるのです。

 独立愚連隊へ行くという荒木を人相占いで引き留め、戦争など馬鹿馬鹿しいと説き、馬賊にスカウトするのです。胡散臭い者同士は惹かれ合うという事なのでしょう。

 しかし、私にはが見えます。ヤンは荒木と独立愚連隊を接触させたくないのです。独立愚連隊がハッテン場同然の有様である事はヤン達も知っています。

 そんなホモソーシャルのブラックホールに荒木が入ったが最後、出てこなくなるのをヤンはホモ特有のセックスもといシックスセンスで見抜いていたのです。

 そして、案内と称して小紅を同行させます。並みの男なら鼻の下伸ばしてしまうシチュエーションですが、荒木はおそらく限りなくホモ寄りのバイなので漢の絆の為に動いている最中に女に惑わされることなどありません。だからモテるのでしょう。

 結局荒木は独立愚連隊の仲間入りをしてしまいますが、酒を横流しに行く部下に「早く仲間に入れ」とラブコールを言づけて大変なご執心です。

 大久保と一緒に死んだ娘というのが小紅の姉、つまりヤンのもう一人の妹なので、捜査が暗礁に乗り上げて困る荒木に小紅を使って大久保が残した藤岡の不正を告発する具申書を届けさせます。恩を受けたので今度は恩を売ろうという作戦です。

 そして、こうなればヤンは荒木の実質義兄であり、荒木はヤンに心が傾いて行きます。

 荒木の復讐にもヤンは首を突っ込みます。藤岡も酒井も死んでアヘンを持ち逃げしようとする立花をとっ捕まえ、アヘンを横取りして一挙両得です。

 ヤンは今度こそ荒木をモノにする確信があったはずですが、荒木はそれでも独立愚連隊へ戻ると言います。ヤンの嫌そうな顔。ジェラシーに燃えています。

 しかし、これは独立愚連隊への義理を重んじる荒木の男気であり、それでも二人は完全にデキています。

 全てが終わって兄妹で荒木の生死を確認しに行くと、上手い具合に荒木だけは生きていました。

 荒木はもう行き場所がありません。そこでついにヤンは荒木のオファーを受け、弱気を助け強きをくじく馬賊に転身するのです。ここへきてヤンが兄弟呼びを始めるのが事実婚の証です。

 独立愚連隊とトミは丁重に葬られ、祝砲と共に荒木達は馬で大陸の地平線へと消えていくのです。

 墓碑銘が「大久保トミ」となっているのがな所ですが、このまま荒木が馬賊としてやっていけば小紅と引っ付くのは時間の問題でしょう。

 そうなればヤンは馬賊の儀式とか何とか言って荒木を頂けるわけです。最後に美味しい所を持って行く。それが鶴田浩二なのです。

荒木×大久保 
 トリは業深い兄弟BLであります。だってそうとしか思えません。

 二人は兄一人弟一人で他に身寄りのない天涯孤独です。それ故荒木は進学をあきらめて働き、弟を大学までやったのです。BL的には当然二人で性欲を処理します。

 大久保は良い指揮官であったようで、荒木は部下だった大塚という若い二等兵(手塚しげお)から兄のように面倒を見てくれたという証言も得ました。

 それを聞いて荒木は満足そうに微笑み、彼に羊羹をプレゼントして死なないようにと一言残すのです。だから弟が女と心中したなどという醜聞を信じれません。

 一方自分は軍隊で軍曹まで昇進していました。なのに荒木は従軍看護婦で許嫁のトミを捨てて脱走し、従軍記者と身分を偽って真相を追って独立愚連隊に潜り込んだのです。

 脱走は言うまでもなく重罪ですが、それ以上に社会的制裁が恐ろしい罪でした。非国民呼ばわりは避けられません。

 しかし、荒木にとっては例え畏れ多くも陛下の顔に泥を塗る事になろうとも弟の方が大事だったのです。

 そして想像通り大久保は心中などではなく、軍の不正を告発しようとして消された事が判明します。

 最後に荒木を救ったのは大久保でした。少尉に言付かって営倉に拳銃を届けたのは大塚だったのです。荒木が大久保の兄とは知ってか知らずか、大久保を兄のように慕う大塚によって荒木は復讐を遂げたのです。

 ともすれば、最後に勝ったのは弟を立派に育てた荒木の兄弟愛だったのです。

お勧めの映画


 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します

『ダイナマイトどんどん』(★★★★★)(岡本喜八作品)
『兵隊やくざ』(★★★★)(大映式)
『トラック野郎 御意見無用』(★★★)(佐藤允がライバル)

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