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第9回 拝啓天皇陛下様(1963 松竹)

 本マガジンは平等(にホモホモ言う)を旨としています。というわけで、東映大映東宝と来た以上松竹と日活を紹介しないのは平等に反します。新東宝

 ということで、今回は松竹で行きましょう。文芸や人情に強い『エレキの若大将』で紹介しましたが、ほのぼの軍隊映画『拝啓天皇陛下様』を今回は紹介します。

 兵隊作家という新ジャンルを生み出した棟田博氏原作による、実体験に基づいた戦争の影など全く無い軍隊の厳しい中にもどこかノンキな様、そんな軍隊が戦争で変わっていく様、戦後日本の緩やかな復興、戦前戦後の日本の貧困と風景を棟田氏をモデルにした長門裕之演じる棟本と、無学だが純粋な渥美清演じるヤマショウこと山田正助を中心に鮮やかな筆致で描いたなかなか美しくてスケールの大きい映画です。

 戦争映画らしくBL臭むんむんでお送りする、あまり戦争をしない変わり種ですが松竹らしい戦争映画をお楽しみください。

拝啓天皇陛下様を見よう!

執筆時点でhulu、U-NEXTで配信があります。

真面目に解説

松竹らしさ

 松竹は歌舞伎を一手に仕切り、松竹新喜劇を擁しているだけに、格調高くて人情味に富んだ映画を撮るのが特徴です。

 歌舞伎の魅力について説明すると時間がかかりすぎるのでここでは語りませんが、松竹新喜劇は皆様も教養として是非一度は見るべきです。

 テレビでやらないので世間の目に触れる機会が少ないですが、吉本新喜劇とはまったく違った味わいがある人情喜劇です。曾我廼家五郎の珠玉の人情芝居は一見の価値ありです。また、この人は男癖も女癖も恐ろしく悪く、初期の松竹新喜劇はこの人の女形大奥でした。

 ともかく、『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』を見ていただければ、それが松竹らしさです。腐女子の皆様には釣りバカの原作は強くお勧めします。合体ばかりしていると侮るなかれ、ハマちゃんのホモジゴロぶりとスーさんの凄まじいヤンホモぶりは必見です。

兵隊作家というジャンル

 格調を下げに行くような説明はこの辺にして、本作の方に戻りましょう。原作の棟田博氏は軍隊経験をもとにした本作の原作や、『陸軍よもやま物語』で知られる人物です。

 このよもやま物語は軍隊を懐かしむ人に、映画で描かれがちなイカれた軍隊しか知らない若い世代にと評判を取り、多くの筆に覚えのある軍隊経験者がフォロワーとなって各種の『〇〇よもやま物語』を書き、ちょっとしたブームとなりました。

 名誉の戦死をしたうだつは上がらないけど好人物の中隊長、事務処理に耐えかねて発狂して軍刀を振り回す准尉、皆モデルが居たのです。そんなエピソードが山盛りですから軍事に詳しくない人が読んでもなかなか面白い本です。図書館で見かけたら読んでみましょう。

戦前の軍隊

 軍隊とは恐ろしい場所だというのが共通認識ですが、戦前は案外のんびりしていたのがリアルに描かれるのが興味深い点です。

 徴兵されれば貧農は帰りたくなくなる程度の待遇であったことがリアルですが悲しいものです。そういう世相が5,15事件や2.26事件の引き金になったのですから。

 軍隊で重要なファクターだった割にあまり他の戦争映画では見かけないのが「員数合わせ」です。要は足りない装備や軍装の奪い合いです。

 他の映画では鈍臭い新兵がしょうもない品物を無くして殴られて便所で首を吊るというのが一つの型ですが、今作では盗まれたら盗み返せです。

 この伝統は現在でも連綿と受け継がれています。ニューシネマパラダイスに登場した私の韓国人の友人は、日本軍の伝統を強く受け継いでいる韓国軍にもこの文化が残っていると話してくれました。

 また、航空自衛隊のパイロットになった同級生は「陸自にはまだある」との返答でした。絶対空自にもありますね。

二年で帰れる軍隊

 これも見逃されがちです。本来軍隊は二年で帰れるのです。死ぬか終戦しか帰る術のない他の戦争映画とは一線を画しています。

 西村晃演じる原二年兵が実にいい味を出しています。この人は黄門様としてクリーンなイメージを晩年に形成しましたが、若い頃はこういう小悪党に強みを見せる悪役俳優でした。そもそも黄門様は悪役俳優がやる慣例があったのです。

 除隊を前に報復を恐れて急に優しくなるというのは今では聞くことができなくなった戦前ならではの軍隊リアルです。

天ちゃん大好き

 戦前の日本で天皇陛下がいかに尊敬されていたかも伺えます。直接の知り合いである華族から、下は字の読めない貧民まで、皆陛下大好きだったのです。

 特にヤマショウのような貧しい人々がとりわけ天皇陛下を尊敬していました。日本で共産党が流行らなかったのはこれがネックになったからだと言われているくらいです。

 軍隊に居続けたいから「拝啓天皇陛下様」と始まる手紙を覚えたての文字でしたため、直訴は死刑になると棟本が慌てて止めるのがこの映画の見せ場の一つです。

 今は穏当な内容なら宮内庁に送れば届くそうですし、教科書にも載っている田中正造以下天皇陛下に直訴をして本当に死刑になった人は居ないそうですが、当時は直訴=死刑と広く信じられていたのです。

 また、天皇陛下は浜口庫之助が演じていますが、顔は映らないのも特筆事項です。まだそれは恐れ多いとされて憚られたのです。

 もっとも、今でもイギリスの女王陛下には同様の措置が取られがちです。やんごとなき方は大変ですね。

中洲の遊郭

 特筆すべきは岡山の中島遊郭の描写のリアルさです。そりゃあそうでしょう、現地ロケですから。

 当地は遊郭跡のマニアの間では有名なスポットです。私も好きなので岡山旅行の折に行きましたが、映画の風景が廃墟化しながらもそのまま残っていてたまげました。

 軍人半額という割引制度があったのも驚くべき事です。それはつまり、それでも利益が上がったということです。赤線は安かったと当時を知る人は懐かしがりますが、そこに昔の日本の闇が覗きます。

裸の大将

 何と本物の山下清が出演しています。満州事変勃発の新聞記事を読むちょい役ですが。あの人は案外気難しそうですが、よく引き受けてくれたものです。兵隊の位で言えば大佐くらいの驚きです。

 その他無駄に濃い脇役が印象深い映画です。先に述べた残念な将校達、朝鮮人の闇屋役の上田吉二郎、子沢山の兵隊の桂小金治、ヤマショウに文字を教える役を仰せつかった兵隊に至っては藤山寛美です。脇役が光るというのも松竹のカラーと言っていいでしょう。

戦争未亡人のリアル

 戦争になれば未亡人が増えるのは道理です。ですが当時の女性の多くは単身で身を立てる術を持たなかったため、結婚難が戦後の社会問題となりました。

 ヤマショウは二回に渡って戦地で一緒になった戦死者の未亡人に求婚します。これもあるあるでした。余談ですが、亭主の兄弟と結婚するというのも多いパターンでしたが、死んだはずの亭主がシベリアから忘れたころに帰ってくるという悲劇もまた多かったそうです。

 ヤマショウの結婚作戦は将校夫人のお高く留まった高千穂ひづるにはにべもなく拒絶されますが、二度目の井上セイ子(中村メイコ)は受諾してくれました。

 しかし、式の段取りを整えていた矢先、ヤマショウはトラックに轢かれて命を落とすのです。「拝啓天皇陛下様 陛下よ あなたの 最後のひとりの 赤子が この夜 戦死をいたしました」というテロップでこの映画は終わります。

 そんなところまで寅さんに似なくていいじゃないかと悲しくなります。というよりも、今作は「寅さん戦争に行く」という趣の映画です。

BL的に解説

棟さん×ヤマショウ

 カップリングとしては『兵隊やくざ』と同じ構図ですが、二人の愛の重さは四次元的なものです。今作は実に20年にわたる二人の大河ロマンスでもあるのです。

 昭和六年に入営したその日からどこか意識しあっていた二人。大学出の棟さんに対し、字さえまともに書けないヤマショウ。しかし二人はたちまちのうちに一緒に遊郭に遊びに行くほどの親友になります。

 そして満州事変を受けて再招集された二人は再会を果たし、無茶苦茶嬉しそうに再会を喜びます。教育中の兵隊をほったらかして腕を組んで語らいます。明らかにもうデキています。

 そして二人は同じく再開した子沢山の鶴西(桂小金治)が奥さんと草むらでいいことをする為に子供を預かり、「五人目を作る気じゃ」と眉を顰めます。

 しかし考えて見て下さい。当時としては五人は標準的な人数でした。それどころか十人産めば表彰されるような時代だったのです。二人は男同士の崇高な愛に子供など不純物であると考えているのです。

 そしてヤマショウは望み通り軍隊に居残りますが、負傷して除隊になった棟さんは兵隊作家としてブレイクし、各地の講演に引っ張り出される人気者となります。

 そして講演に行った炭鉱で働いていたヤマショウと三度再会を果たすのです。棟さんは偉い作家の先生になってしまったと委縮するヤマショウですが、棟さんは昔通りヤマショウに優しく接します。芸者や炭鉱の偉い人の誘いも拒絶し、二人で徹夜で飲もうと言うのです。涙するヤマショウ、喜ぶ棟さん、今夜はお楽しみでしょうね。

 そして戦争が終わると棟さんは作家の仕事を干されてしまいます。嫌なリアリティですがよくあった話です。

 奥さん(左幸子)と二人の子供を抱えて貧乏暮らしをする棟さんの元に汚い格好のヤマショウが酒を持って訪ねてきます。

 奥さんからそれを聞くや表に飛び出し、涙ながらに抱擁を交わす二人。ヤマショウの髭に痛がる棟さんが萌えポイントです。

 再開を祝って酒盛りをする二人。「この世の中で一番好きなのが天皇陛下と棟さんじゃ」と豪速球をかますヤマショウに奥さんは露骨に嫌な顔をしますが、棟さんは酒の調達をさせて意に介しません。どう考えても奥さんよりヤマショウへの愛が上回っています。そう、奥さんは突撃一番ほどの存在でしかないのです。

 しかし、ヤマショウは実質寅さんなので闇屋の手伝いをしてたちまち奥さんとも仲良くなってしまいます。そこへヤマショウは盗んだ鶏を持ってやってきます。

 しかし、棟さんは泥棒はいかんと怒って涙ながらにビンタをかまし、二人は決別してしまいます。盗品のプレゼントはヤマショウの愛情表現なのですが、ヤマショウを正しい道に導くのが棟さんの愛情表現なのです。しかし、障害こそが愛の燃料なのは言うまでもありません。

 なんだかんだ作家として返り咲いた棟さんは、奥日光の開拓団に取材に行きます。そこに居たのはヤマショウです。あの喧嘩は何処へやら、雪上で抱き合い転げてじゃれあう二人。そう、二人の愛は奥日光の雪のように積もる一方なのです。そして雪が解けるほど熱く燃えるのです

 以来月一で棟さんの元へ通うようになり、家族ぐるみ近所ぐるみの付き合いが再開します。やがてヤマショウは将校夫人に優しくされて惚れてしまいます。夫婦でヤマショウの恋を実らせようと奔走する棟さん。女の件はノータッチ。ゲイのリアルです。悲壮感のない和製『ブロークバックマウンテン』です。

 しかし、高給を求めて華厳の滝で自殺者を拾ってくる仕事に転職したヤマショウを見て将校夫人の元へ承諾させようと奥さんが走りますが、将校夫人は「育ちが違い過ぎますわよ」と高慢でつれない返事。

 これには奥さんの方が怒り、きつい恨み言を言って将校夫人を泣かせて帰ってきます。いい奥さんです。突撃一番は取り消します。こんな奥さん欲しいです。しかし、ヤマショウはしょげまくって去っていきます。

 それから一年後、棟さんは再びヤマショウの元に舞い戻ります。今度は承諾してくれたセイ子を伴っています。過剰なスキンシップは封印です。相方の幸せを壊さないのも良きカップルの条件です。

 しかし、結婚式を数日後に控えてヤマショウの訃報が届きます。警察へ確認に行くと涙ながらに身支度をする夫婦。「あいつが死ぬはずがない」と動揺しまくる棟さんに、泣く奥さん。確かにヤマショウは死んだのです。本作は二重の悲恋物語なのです。

ヤマショウ×中隊長

 そう、サブストーリーが本作は豊富です。その最たるものが中隊長(加藤嘉)との絆です。ちなみに、加藤嘉は本物という噂があります。

 酔っぱらって門限に遅れて営倉にぶち込まれたヤマショウの除隊後の人生を案じ、読み書きを覚えるよう計らう中隊長殿。そして除隊するヤマショウに果樹園の仕事を紹介し、除隊に際して着る羽織袴(満期服と言う)を贈るのです。

 棟田氏の著作からもモデルになった中隊長殿は出世は遅いが折り目正しい好人物であったことが示唆されています。しかし、面倒見の良い上官というのはいますが、ここまで良くしてくれたという話は寡聞にして聞きません。そう、そこには愛があったのです。

 中隊長というのは少佐が務めます。当然士官学校を出ています(兵隊出身でもなれなくななかったですが)。そして陸軍士官学校がホモ養成所であったのはOBの証言からも明らかです。え?海軍はノンケなのか?流石海軍さんはジョークが上手い。

 まして軍人というのは戦争のない時期は肩身が狭く、命がけの仕事の割にはあまりに薄給です。将校の困窮は当時の社会問題でした。そのはけ口が兵隊の尻に向かうのは当然の流れです。本来羽織袴など贈る余裕などないはずなのです。

 ヤマショウは涙ながらに羽織袴に身を包んで軍隊を去ります。朝鮮に転出するという中隊長殿に連れて行ってくれと懇願しますが、中隊長も涙を流して別れを惜しみます。

 そして再び満州事変でヤマショウは軍隊に舞い戻りますが、中隊長殿は頭に弾を食らって名誉の戦死をしたことが語られます。

 ヤマショウは中隊長殿が「天皇陛下万歳」と三唱して死んだという説を固く信じ、そんなのはあり得ないという兵隊と喧嘩騒ぎを起こして転属になり、せっかく再会した棟さんの前から姿を消します。

 そして終戦を迎え、ヤマショウは中隊長殿の墓前で涙ながらに中隊長の思い出を回想し、貴重品の煙草を線香代わりに供えて泣き崩れるのです。これが愛でなくて何でしょうか?

柿内×ヤマショウ

 中隊長からヤマショウに読み書きを教えるよう仰せつかったのが娑婆で代用教員をしていたという柿内二等兵(藤山寛美)です。

 嫌がるヤマショウを「自分の言葉は中隊長の言葉であり天皇陛下の言葉」とねじ伏せて熱心に教育する柿内。

 悪戦苦闘の末に少年雑誌が読めるまでに教育されたヤマショウ。恩義を感じて炊事場から卵を盗んで柿内にプレゼントします。盗品のプレゼントはヤマショウの愛情表現なのです。

 しかし、柿内はこのプレゼントを盗んだものはいただけないと拒絶します。立派な先生です。私の学生時代にはこんな立派な先生には巡り合えませんでした。怒るヤマショウは無理矢理柿内の口に卵を流し込んで去っていきます。

 そんな柿内を「もっと大事にしてやれ」とは棟さんの言葉です。二号は男の甲斐性という時代の話です。

 ヤマショウの除隊にあたり、勤務で見送りに行けない柿内は前日に挨拶に来ます。字が書けるのだから手紙を書いてくれと言って柿内は去っていきます。

 ヤマショウはとかく高学歴の男にモテる魔性の男なのです。

陛下×ヤマショウ

 捕まりたくないので深い話は差し控えますが、陛下は相撲と寅さんが大好きだったのは有名な話です。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します。

『釣りバカ日誌』(1989 松竹)(★★★★★)(新しい松竹らしさ)
『兵隊やくざ』(1965 大映)(★★★)(大映が考えた戦争)
『独立愚連隊』(1959 東宝)(★★★)(東宝が考えた戦争)
『零戦黒雲一家』(1962 日活) (★★★)(日活が考えた戦争)
『イップ・マン 序章』(2008 香/中)(★★)(中国が考えた戦争)

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