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第3回 大脱走(1963・米)

 戦争は嫌な物です。しかし、男たちの命を懸けた極限下のせめぎ合いがBLになるのは当然の流れです。そして映画で本当に死ぬ人は滅多にいません。ともすれば戦争は映画に限ります。

 戦争映画は日本の物と欧米の物では随分味わいが違ってきます。勝った国と負けた国の違いとも言っていいでしょう。欧米のはどこか陽気で、日本のはどこまでも陰気です。

 最初なのでとびきり陽気なので行きましょう。これまた観たことなくてもバーンスタイン作によるメインテーマは誰もが知っている「大脱走」です。

 スティーブ・マックイーンと愉快な仲間たちがホモホモしながらドイツ軍の収容所から逃げる映画です。ホモ臭い作品に定評のあるジョン・スタージェスが描くホモソーシャルの極致をお楽しみください。


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真面目に解説

思い出の秘密基地

 男の子は秘密基地に憧れるものです。大抵の人は作ったことがあるでしょうし、私も作りました。考えてみれば隠れ家的バーだってその延長線上にあるのです。

 この映画を見るとわくわくしてくるのはそういうことでしょう。各々が持ち合わせの道具と技術と知恵を持ち寄ってこそこそと秘密の計画を練る。男の子はこれが好きなんです。

 驚くべきはこの話が実話をベースにしていることです。英軍のパイロットだったポール・ブリックヒル氏が収容された収容所で起きた脱走事件を戦後小説にして、これが原作になりました。ちなみにブリックヒル氏は居残り組だったそうです。脱走に成功したのは三人だけというのがリアリティです。

 とにかくこの映画を機に「脱走もの」は一つのジャンルとして確立し、今尚盛んに作られています。

4ストロークのエンジンが

 もう一つ男の子をときめかせるのがマックイーン演じるヒルツの華麗なバイクアクションです。鉄条網を飛び越えるシーンは知り合いのレーサーに頼んだそうですが、ほとんどノースタントで撮られました。逆に追いかけるドイツ兵にマックイーンが紛れ込んでいるシーンもあるので探してみて下さい。

 とかく男とはバイクが好きなのです(女性に乗るなという意味では断じてありません)。毛嫌いしていてもひとたび乗せれば大抵好きになってしまいます。そう、男は乗るのが好きなんです(時には乗られるのも)

 ドイツ兵が乗っているのは当然ドイツ車でBMWなのですが、あのバイクは重たいので鉄条網を飛び越えるのは難しく、マックイーンのバイクはイギリスのトライアンフを細工したものです。それ故トライアンフに乗っている人は大抵この映画が大好きです。私も好きですが、トライアンフなんて高くて買えません。

逃げるは義務だし役に立つ

 捕虜は逃げなければいけない。日本人の我々の知っている戦争とはえらい違いですが、これは本来万国共通のルールです。逃げることで敵に手間を掛けさせるのも戦争に勝つための仕事なのです。

 生きて捕虜の辱めを受けずと教えられ、捕虜になったら家族が非国民呼ばわりされるのを恐れて「榎本健一」だの「長谷川一夫」だのと偽名を名乗り、自殺したり無理筋の反乱を起こしたりする日本がむしろ異常なのです。この収容所には何人も長谷川一夫が居るというのは有名なブラックジョークです。

 実際先の大戦ではビッグXのような脱走の専門家や、脱走に役立つ道具を隠し持った捕虜をわざと送り込むことはよく行われました。グライダーを作って逃げた捕虜さえいるそうです。

ドイツ兵だって人間だもの

 第二次世界大戦の映画を見る時、名作かどうかを分けるポイントの一つはドイツ軍の扱いです。単なるでくの坊の標的扱いする映画は大抵駄目です。

 例えば団塊の世代の男の子が皆憧れた「コンバット!」という戦争ドラマがありました。このドラマが当たった要因がこれです。ドイツ兵もごく普通の人間であることが描かれたことがこのドラマに深みを与えました。そしてとってもBL的においしいのでこれも機会あらば見るべきです。

 この映画は実話が基になっているだけにこの点実に良く出来ています。ハンネス・メッセマー演じるルーゲル大佐は軍人としての気骨と責任感を誰よりも強く持つ武人の鑑であり、ローベルト・グラフ演じるウェルナーナチスに青春を翻弄されたおっちょこちょいな気の良い兄ちゃんです。そこに国籍は関係ありません。

 一方ゲシュタポやSS(武装親衛隊)は型通りの冷酷で残虐な敵役として描かれています。このコントラストが見事です。

ルフトバッフェしては、SSの提案に反対である

 そしてルーゲル大佐以下収容所を仕切る空軍がSSやゲシュタポと対立しているのが注目です。仲間内の対立は日本陸海軍の専売特許のように言われますが、こんなのは万国共通なのです。

 一番強いアメリカでさえそうです。嘘だと思うなら米軍基地近くの飲み屋で本物に聞いてみて下さい。ビール一杯ご馳走すればでいくらでも悪口を披露してくれます。何しろアメリカではフットボールのシーズンは陸海軍士官学校の対抗試合で締めくくることになっているくらいですから。

独立記念日で酒が飲めるぞ

 独立記念日を捕虜たちがお祝いし、ヒルツ達が密造酒を作って振舞うシーンが印象的です。お祭りは楽しいのでイギリス人も植民地喪失記念日をお祝いします。

 吹き替えではアメリカ焼酎などとイカした訳が当てられていますが、原語ではウォッカと言っています。

 この映画の影響かウォッカはジャガイモで作ると信じている人が沢山居ますが、本式のウォッカはライ麦で作られます。ジャガイモで作られた物はサメのカマボコのようなもので二級品です。

 実際収容所では酒造りは盛んに行われました。果物の缶詰の汁を発酵させたり、色々なレシピが残っています。アメリカ焼酎は強くて不味い酒だったことが作中示唆されますが、どのレシピも飲んだ人の感想は似たり寄ったりです。それでも酒飲みは酒が飲みたいのです。例え祖国に糞喰らえと悪態をついて元植民地に万歳を唱えてもです。

魔性の男マッカラム

 この映画はオールスターキャストですが、エリック役のデビッド・マッカラムは当時無名で、ビッグX役のリチャード・アッテンボローともども抜擢出演でした。男臭い連中が集められたこの作中では際立ったイケメンです。

 この作品はマッカラムの出世作になり、後に「0011ナポレオンソロ」イリヤ・クリヤキンを演じて日本でも広く知られるようになり、90歳近くなった今でもドラマ「NCIS」の検視官ダッキーの役で御馴染みです。

 ここまで言えば分るでしょう。この人は天性のBLスターです。ナポレオンソロと言えばやおい黎明期の大手ジャンルであり、NCISは今や世界のスラッシュ(腐女子)を熱狂させているのですから。ダキギブの尊さを知らずしてBLを語るべからずです。

 このnoteが今後も続き、皆様が付き合って読んで下さるなら、いずれ皆様もダッキーのようにうんちくを解きながら仕事をできるようにしてごらんに入れます。友達に「無能なダッキー」と言われた私が言うんだから間違いありません。

BL的に解説

アイブス×ヒルツ

 さて、この映画は女は脱走後の通行人として出てくるだけです。監督のジョン・スタージェスは「OK牧場の決斗」「老人の海」「荒野の七人」と、いずれ紹介せねばならないホモ臭い作品で当て続けたことから監督に選ばれました。

 そんな監督が野郎どもがわちゃわちゃしながら穴を掘る映画です。ホモ臭くならない方がどうかしてます。この映画は無限の可能性を秘めています。

 また、「男だけの映画に外れなし」という私の尊敬するカリフォルニア州知事とお風呂に入りたがる映画評論家の金言もあります。これは本当です。

 どこから切るかは悩むところですが、とりあえずここからいきましょう。一緒に独房で隣り合って20日も過ごした仲です。アイブスが精神的に病む様をもっともつぶさに観察しているのがヒルツです。そこに愛が生まれるのは何ら不思議なことではないでしょう。

 そしてアイブスが騎手だったというのがポイントです。21世紀も第2コーナーに差し掛かった今でも女性騎手は存在自体がニュースになるほど稀な存在です。競馬の世界は半世襲制で徒弟制度の男社会。ホモソーシャルそのものです。

 アメリカで初めて女性騎手がデビューした際には競馬サークルが猛反発し、ストライキで締めだそうとしたという嫌な逸話があります。こんな世界に身を置いていたアイブスがホモであったとしても驚きません。ましてや馬主の旦那様はホモの精鋭集団たる英国貴族です。

 そして本邦の競馬界にはマックイーンにあやかって名付けられたメジロマックイーンという名馬が居ました。メジロマックイーンが牡馬(オス)でありながら、日本競馬史を変えたかの名種牡馬、サンデーサイレンスと怪しい仲だったのは競馬ファンには有名です。

 人は知っている物しか見えません。見える物を増やすのがBL的映画鑑賞のコツなのです。馬を女の子にしているようでは大変な機会損失なのです。

 彼らがあくまで二人きりで穴を掘ろうとしたのだって愛の一字で説明は付きます。二人は大穴を狙ったのです。

ヒルツ×ゴフ

 ジャド・テイラー演じるゴフはヒルツを「兄貴」と呼びました。考えてみて下さい?あなたの周りに仲の良い先輩を兄貴と呼ぶ人がいますか?特別な仲でなければこの呼称はありえないのです。

 グローブとボールを「嫁入り道具」と呼んだのもどこか女性的な発想です。ここから攻め受けは決めることができます。

 そもそもこの収容所はイギリス人が多数派です。ジェームズ・ガーナー演じるヘンドリーはアメリカ人ですが、所属は英軍ですし、何より彼には本命が居ます。

 あなたも故郷を離れて同県人に遭えば嬉しいでしょう。最寄りの県人会に行けばちょっとしたおっさんズラブはいくらでも拝めます。明日の命も知れない身の上なら尚の事です。さあプレイボールだ。

コリン×ヘンドリー

 そのヘンドリーの本命はドナルド・プレザンス演じるコリンです。後のブロフェルドなので見るからにゲイっぽいおっさんであります。

 とはいえ、なんでヘンドリーはただ同室だというだけのコリンにあそこまで良くしたのか?愛の他に説明ができますか?

 紅茶にミルクが無いとこぼせばミルクを盗み、カメラが欲しいと言えばウェルナーを強請って手に入れてくれるのです。そして危険を冒して上官に逆らってでも二人で逃避行です。

 そもそも作中のイギリス人は全員将校です。アイブスは騎手なので例外として、後は全員上流家庭で生まれて高等教育を受けたことが想像出来ます。

 イギリスにおいて男の高等教育とはすなわちパブリックスクール(寄宿学校)に行くということです。寄宿学校はBLの世界においてはもはや淫語であるのは説明不要でしょう。

 もし疑うのなら、そこら辺のイギリス人に「Is public school gay?」と聞いてみてください。その人は「Off course」と即答するはずです。実態はどうあれそう思われています。

 コリンが「君の鳴き声を観察させてくれ」と言って夜のバードウォッチングをしてミルクを摂取する。ワーテルローの戦いはかくしてイートン校の運動場ではなく寝室で勝ち取られたのです。

ヘンドリー×ウェルナー

 案外ウェルナーの人間臭さがこの映画の肝かもしれません。そしてヘンドリーとウェルナーはボーイスカウト仲間。指導者の知人が居るので悪く言いたくはないですが、ボーイスカウトの世界で性的虐待があるのは事実です。先日アメリカの連盟は賠償金で破産してしまったそうですから嫌な話です。

 そしてバッジを20個持っていればかなり優秀なスカウトです。戦場での生存率は有意に高まるだろう有益なサバイバル技術を身に着けています。そしてウェルナーはボーイスカウトが解散してヒトラーユーゲントに横滑りしたのを嘆きます。

 ヒトラーユーゲントも思想はともかく、とても楽しかったと多くの経験者が証言しています。それでもウェルナーはボーイスカウトが好きだったのです。

 そして太平洋戦争の折、あるスカウト経験者のアメリカ兵が同じくスカウト経験者の日本兵に命を助けられたという有名な美談があります。スカウトの絆は国境を超えるのです。

 作中の時期にはドイツも物資がひっ迫していたので、チョコレートやコーヒー程度でウェルナーは懐柔されてしまうし、財布を見つけてやればカメラだって用意してくれる。つまり彼はチョロいのです。

 もし「財布の恩があるだろ」とヘンドリーに言われれば、ウェルナーは昔取った杵柄でケツもホイホイ差し出してしまうに違いありません。ナチスドイツで同性愛者と知れたら、東部戦線どころか強制収容所でユダヤ人以下の扱いを受けることになるのですが、ウェルナーはその事実に余計燃えてしまうのです。多分。

ダニー×ウィリー

 穴掘り担当の二人です。苦しみに耐えながら死力を尽くして穴を掘り、ついには発狂してしまうダニーを必死でなだめるウィリー。多くの言葉は要りません。いいから見て確かめてください。

 付け加えるなら、ダニー演じるチャールズ・ブロンソンは炭鉱で働いていたので、穴掘りの芝居が上手です。

 そして最後にもう一つ、彼らはワセリンではなく別の物を使うことでしょう。ウーン、マンダム!

ビッグX×エリック

 エリックは終始ビッグXの副官のように立ち回っています。どっちも少佐ですが、ビッグXの方が先任であることが窺えます。ビッグXはまず最初にエリックの出迎えを受け、荷物を持ってもらいます。夫婦です。いや、主君と小姓です。なにしろイケメンエリックです。小姓には最高でしょう。

 そしてしまいにはエリックはビッグXを救うために命を投げ出します。もっとスマートな手もあっただろうに。いや、主君の為に死ぬのは小姓にとって最高の栄誉であり、快楽なのです。

 そしてマッカラムもアッテンボローもこの作品に抜擢されて出世の糸口としました。撮影現場では周りはスターばかりでさぞ居辛かったと思います。二人が仲良くなるのは自然な流れです。

 そしてマッカラムには当時女優の奥さんがいましたが、この奥さんはこの撮影で知り合ったブロンソンに走ります。あんまりな話です。マッカラムはすぐ再婚したのですが、この悲しい事件が彼の耽美な色気と無関係ではないと思えないのは私だけでしょうか?

ルーゲル×ラムゼイ

 トリは一番偉い人同士。お互いの責任があり、部下があり、プライドがあります。ルーゲルは職務上の責任をあくまで完遂しようとラムゼイに睨みを利かせ、ラムゼイはなんとしてもルーゲルの鼻をあかしてやると内なる闘志を燃やします。二人はとっても尊いライバルです。

 ルーゲル大佐の付けている勲章は、第一次世界大戦で授与された物です。モデルになった人物同様筋金入りのプロイセン軍人であり、国籍を超えて尊敬に足る歴戦の勇士であることを表しています。

 そしてナチス式敬礼を嫌がり、SSやゲシュタポにあくまで抵抗します。彼は軍人としての責務はともかく、ナチズムに反対の立場なのです。

 そしてプロイセン軍人が西洋衆道とも言うべきホモソーシャルな絆で固められていたことは広く知られることです。早い話がカイゼルのホモ大奥です。実際そっち方面の醜聞も沢山残っていて、なんならそのせいで世界大戦が始まったのですが、これについては後に撮っておきましょう。

 そしてラムゼイの部下達は見事脱走を成し遂げ、嬉しそうに逃げた人数を報告します。一方ルーゲルは悔しそうなこと。

 しかし、その健全で尊いライバル関係をぶち壊すのがナチのけだもの連中です。捕まった捕虜がSSとゲシュタポに皆殺しにされた事を報告するルーゲルは脱走された時よりよほど悲しそうで無念そうですが、一方ラムゼイは平静を装うのに必死という風です。

 モデルになった所長は精神病のふりをして脱走事件の責任から逃れようとしたものの、結局前線に飛ばされて逆に捕虜になります。しかし、50人を殺したSSとゲシュタポがほとんど死刑になった一方で、元捕虜達の正当な扱いを受けたという証言から所長は釈放されました。これは義理人情です。尊さとはこういうことです。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介し

『脱獄広島殺人囚』(1975 東映)(★★)(実話の脱獄ものだけど…)

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