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第39回 東京流れ者(1966 日活)

 渡哲也追悼企画の第一弾は、日活時代の代表作の一本である『東京流れ者』でお送りします。

 日活は以前小林旭の歌謡映画である『南国土佐を後にして』を紹介しましたが、今作も同名の歌が先にあって、後から映画が出来た歌謡映画です。

 この曲は作曲者不詳で歌詞は何種類かあり、1965年にかの巨匠川内康範が作詩をして竹越ひろ子と渡哲也の競作でレコードを出し、ヒットしたことから映画化に至りました。

 脚本も川内康範で歌っている当人が主演なので、歌謡映画の中ではかなり歌詞と映画の内容がかみ合っている部類です。それをいいことに作中でもジャンジャンと、そして効果的に歌われます。

 日活ならではのチャラチャラとした世界観、二枚目で売り出しているのに男臭さとワイルドさがにじみ出てしまう渡哲也のキャラクター、鈴木清順の人智を超えた色彩感覚と映像美、川内康範の浪花節がかった脚本が絶妙なバランスを取っている不思議な魅力のある映画です。

 渡哲也演じる不死鳥の哲は組が解散して堅気になったというのに流れる先々で抗争に巻き込まれます。実に景気よく流れます。

 そして敵対組織の殺し屋である川地民夫演じるマムシの辰や、かつてのライバルで一匹狼の二谷英明演じる流れ星の健らとのいざこざや戦いを通じてヤクザの世界の悲哀を目いっぱい味わう様が日活らしく描かれます。

 要は日活が任侠映画を撮ったらこんなのが出来ましたという映画です。味わい深いものがあります。そして、渡哲也のBLスターとしてのフォーマットは既に完成されています。ヒロインの松原智恵子はあんなにも若くて可愛いのにコンドーム扱いです。

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真面目に解説(予備知識編)

東京流れ者という歌
 若い世代の人にはタイトルではピンと来ないかもしれませんが、聞けばああ、あの曲かと思うのではないでしょうか。

 最初は浮ついた事を言っていますが、最後は女を捨ててしまうというなかなか分かっている歌詞です。一応女に興味のあるそぶりは見せつつ、結局男だけの世界から離れようとしないという渡哲也のキャラクターに見事に符合します。

 有名な所だと、あの『スクールウォーズ』イソップと濃厚な王道BLを披露した松村雄基がよく歌っていました。どう考えても高校生のセンスじゃありませんが。

 つまり、そういう男に好まれる歌なのです。彼が長じてきーちゃんと良い仲になったのは運命だったのです。そして、渡哲也当人についてはBL的解説の方に譲ります。


日活流任侠映画
 伝説のヤクザである不死鳥の哲(渡哲也)は親分の倉田(北竜二)の引退に伴って堅気に戻り、倉田の正業であるクラブとビルの経営を手伝っています。

 しかし、倉田と現役時代から反目していた大塚(江角英明)が倉田のビルの利権に狙いを定め、腹心のマムシの辰(川地民夫)に嫌がらせをさせる一方、話を追うと元大塚の子分で鉄のライバルだった流れ星の健(二谷英明)も絡んでくるという筋です。

 しかし、特筆すべきはネーミングセンスです。不死鳥?マムシ?流れ星!?イカれてます。しかし、このセンスに当時の若者はしびれたのです。

 倉田の経営するクラブ「アルル」もなんか必要以上にオサレな内装で、哲の名目上の恋人であるクラブ歌手の千春(松原智恵子)が白いグランドピアノに乗せて歌っています。

 一方大塚たちは「マンホール」なるお茶も出ないし流れるのはゴーゴーのジャズ喫茶を事務所にしています。こういう店が好きな若者が日活の顧客だったわけです。

 極めつけは倉田が金を借りている金貸しの吉井(日野道夫)のオフィスで、なんかローマの剣闘士の壁画が描かれていて用途不明のフェンスが部屋を仕切っています。その一方金融業者に必要な事務用品の類はゼロです。

 現実味はありませんが、当時の若者はこのセンスにシビれたのです。

 しかし、これだけ揃っても脚本は川内康範なのです。任侠映画が抜けません。むしろ長谷川伸のテイストさえ匂ってきます。

 川内康範は元が二代目天中軒雲月(後の伊丹秀子)という伝説の浪曲師の座付き作家としてキャリアをスタートさせたので、どうしても浪花節に行ってしまうのです。


鈴木清順の色彩感覚

 日活は監督の作家性を結構尊重してくれる会社です。特に鈴木清順はアクの強い、強烈な画を撮ります。

 特筆されるのは凄い色彩感覚です。ヤクザ映画なのになんでバックが真っ赤になったり黄色になったりするんだという話です。一度見たら忘れられない凄いセンスです。キューブリックみたいです。

 そして音楽の使い方が見事です。こんなに劇中曲を上手く使う映画はそうはありません。歌謡映画としてもヤクザ映画としても完成度が高い、鈴木清順の腕のほどが見える映画です。

 こればかりは文章での伝達は難しいので、実際見ていただくしかありません。いいもの見た気になりますよ。


魅惑の日活コルト

 この映画、ひいては当時の日活映画の売りは派手な銃撃戦に有ります。当時これ程の派手な銃撃戦は他の映画会社には不可能でした。

 というのも、日本は銃規制が厳しいので、映画撮影ではプロップガンと呼ばれる撮影用の模型が使われます。このプロップガンが映画会社の悩みの種でした。

 今は出来の良いモデルガンもありますが、当時のモデルガンは映画の撮影に使えるような代物ではありません。60年代前半までは警察から本物を借りるという裏技で対応していましたが、それも不可能になり行き詰まってしまいます。

 そこで日活がモデルガンメーカーに頼んで撮影用に作ってもらったのが「日活コルト」と呼ばれる専用のプロップガンです。ガワでだけはリアルに作ってもらい、電池と弾着が入っていて、引き金を引けばとりあえず火花と煙だけは確実に出てくれるというものです。

 銃としてのリアルな動きはまったくしませんが、確実に火花と煙が出てくれるというのが当時としては画期的でした。不発がないので安心してバンバン撃てるし、それだけ派手な銃撃戦を撮れるわけです。本作でも派手にドンパチやってくれます。

 以来、日活黄金時代を支えた日活コルトは後の時代までてよれよれになるまで使われ続けました。更新する予算にも事欠くほど日活がひっ迫していたという事でもありますが…

真面目に解説(ネタバレ編)

怒涛の色彩感覚
 オープニングの日活マークはちゃんとカラーなのに、本編は白黒映像からスタートします。お客さんはぎょっとしたはずです。これは作戦勝ちです。

 東京流れ者をバックに線路を歩いて行く不死鳥の哲(渡哲也)。そこへマムシの辰(川地民夫)が喧嘩を売りに行きますが、哲は買おうとしません。

 「そのポケットにはお前の可愛いコルトを抱いてるはずだぜ」という喧嘩の売り方が日活です。しかし、哲は組が解散した以上、親分の倉田(北竜二)の手前喧嘩を買うわけにはいかないのです。

 辰は「じゃあ体に聞いてやろうか」とボディチェックをして可愛いコルトが不在なのを確かめ、兄弟分と一緒に哲にリンチを加えます。

 辰の親分である大塚(江角英明)はそれを車から見物です。自分の組への移籍話を断ったので怒っているのです。

 大塚は鉄を高く買っていて、「奴は三度転んだらきっとハリケーンを吹かす男だ」と日活臭漂うコメントを残します。そうして挿入される可愛い日活コルトを乱射する哲の姿だけはカラーです。この色彩感覚が鈴木清順なのです。

 黙ってリンチを受け切り、どうにか起き上がって「俺を怒らせないでくれ」と呟く哲。足元にはおもちゃの拳銃の残骸が。この残骸だけ赤いのも見事です。常人に考え付く発想じゃありません。

 そして夕日に染まる東京タワーを背景に、緑の題字で色彩感覚あふれるオープニングが始まります。

日活的任侠道
 『南国土佐を後にして』でも言いましたが、日活のヤクザは任侠道への意識が希薄です。大塚は倉田の持っているビルを奪い取ろうと策をめぐらせています。

 倉田はクラブ「アルル」を買うためにビルを抵当に入れています。ここに大塚は食い込もうというわけです。東映のヤクザはそんな経済感覚を持ち合わせていません。

 その一方でクラブ歌手で哲の女だという千春(松原智恵子)に口笛拭いちゃったりと、実に日活らしく盛り上げていきます。

 倉田は金貸しの吉井(日野道夫)から金を借りていますが、手形の期限が迫って来ていて台所事情は苦しそうです。クラブの支配人の熊本(長弘)が金をかき集めますが、大塚の妨害もあって足りそうにありません。

 哲は倉田の苦しい懐具合を知り、単身吉井の元へ掛け合いに行き、自分の命をカタに返済期限の延長を約束させます。哲の親孝行に免じて吉井はこの申し出を引き受けてくれます。


日活女の二通り
 しかし、漫画ばかり読んでいる秘書の睦子(浜川智子)が怪しい動きを見せます。このアマなんと大塚の子分の田中(郷えい治)とデキていて、情報を漏らしているのです。

 生活感の全くない大塚の事務所でいちゃつきながら哲と吉井の約束をばらしてしまう睦子。日活映画に出てくる女は基本的にマリア様の化身とオメコ芸者のどちらかしかいないのです。

 そうとも知らず、金の件が一応の解決をみたので倉田に労ってもらう哲。茶碗にカティサークを注いでもらって物凄く嬉しそうです。

 そしていずれ千春と店を持てと冷やかされて照れ臭そうです。その千春はアルルは黄色い照明でライトアップされたアルルのステージで東京流れ者を歌っています。

 白いグランドピアノを三下の敬一(吉田毅=沖田駿一郎)に弾いてもらって日活イズム爆発です。こんなクラブが本当にあったのでしょうか?

 そこへ開店前だというのに赤いジャケットで決めた大塚が乗り込んできます。熊本が止めますが、千春に大塚はご執心です。

 そこで大塚は千春を誘拐するという強硬手段に出ます。辰に拳銃を突き付けられて派手なペイントのキャデラックに乗せられる千春。車のチョイスにも映画会社のカラーは出るのです。

 しかし、哲が運転手とすり替わっていて、川に車を突っ込ませ、河原でドリフトして辰をのして千春を助け出します。渡哲也は左ハンドルもお手の物なのです。

 そして赤坂のゲーセンでいちゃつきながら遊ぶ二人。濡れ場無しが日活式です。


恐怖の経済ヤクザ
 やがて吉井の借金の期日がやって来ます。吉井が倉田を迎える準備をしていると、哲の声真似をした田中から電話がかかってきます。

 金を取りに来てくれと言って大塚の事務所であるジャズ喫茶に誘い込まれてしまう吉井。その間に睦子が倉田に事務所に来るように電話をして、二人は行き違いになってしまいます。

 大塚は吉井を脅し、債権を強引に買い取ろうとします。吉井も最初は断りましたが、大塚の「店の音楽をかけろ」という指示で縮み上がります。嫌なリアリティです。

 辰が吉井の事務所に電話をかけ、哲に債権を買い取った旨を伝えます。店でかかっていた佐々一夫の「ハートを握りしめろ」という曲を手掛かりに店と向かいます。電話を切ってもBGMとして曲が流れ続けるところが妙味です。

 ところが、哲が店に着いた時にはもう吉井は射殺された後です。哲に罪を擦り付けようというわけです。しかも哲は落とし穴の罠にかかってしまいます。

 大塚は吉井の事務所に向かい、倉田にビルの権利書に判を押すよう迫ります。倉田は哲を人質に取られているので劣勢です。

 それでも倉田はしばらく頑張っていましたが、ついに銃撃戦になります。しかも倉田の弾が睦子に当たって事態がややこしくなってしまいます。

 大塚は卑怯にも警察に電話しようとします。ヤクザが警察に頼るのは格好悪い事です。

 しかし、そこへ落とし穴の罠からどうにか抜け出した哲が吉井殺しのネタを持ってさっそうと現れます。

 吉井殺しに使った銃を大塚から奪い取り、辰をけん制して倉田を連れて帰る哲。吉井と睦子は二人並べて地下室に放り込み、真相は一旦闇に葬られます。

 東映とは別のベクトルでヤクザの恐ろしさを描く。これが鈴木清順と川内康範の手腕なのです。


親子愛
 権利書は取られてしまいましたが、倉田も大塚の吉井殺しの件を知っているので五分になります。倉田は哲に睦子を打った拳銃の始末を頼み、大塚は辰に哲の抹殺を命じ、第2ラウンドに突入します。

 先に動いたのは辰でした。アルルで千春といちゃついている哲の所へ乗り込んでいきます。千春は心配そうですが、哲は「俺はもう堅気だぜ」と大嘘をつきます。

 そして辰の例の派手なキャデラックを奪い取って自動車解体工場に辰を誘い込み、倉田の銃を廃車と一緒に焼却処分してしまいます。

 こんな大それた方法を取らなくても川に捨てれば済む話だと思うのですが、そこは突っ込んではいけないのでしょう。車を焼くのは渡哲也の十八番なのですから。

 
 そして平穏な暮らしを破壊されて怒り心頭の哲は辰を殴り倒します。そして自分で睦子殺しの罪をかぶり、倉田に何かあったら大塚の件をばらすと脅しをかけて男気を見せます。

 それを聞いた大塚は倉田は子分が居ないのでこの際殴り込みで片を付けようとしますが、倉田は浅草の兄弟分に応援を頼んで大塚をけん制します。

 喧嘩は嫌な大塚はビルと引き換えに哲を渡せば手を引くと汚い交渉を持ち掛けますが、これは流石に倉田も突っぱねます。哲は感激ですが、自分が居たら騒ぎが大きくなると悟り、旅に出る事を決意します。

 涙を流して別れを惜しむ倉田に「これからは東京無宿の哲とでも名乗りますよ」と哲は相変わらず日活丸出しのネーミングセンスを披露し、倉田は逃走資金と山形の兄弟分への紹介状を用意してくれます。

 兄弟分に電話をかけておいて、早く出たものだから切ってしまうのが萌えポイントです。少しでも哲を引き留めておきたいのです。


オサレで凶暴東北ヤクザ
 哲は庄内へ落ち延び、挿入歌の「ブルーナイトイン・アカサカ」を歌っていた千春に電話をかけて別れを惜しみます。

 声だけ聴いてさっさと切っちゃうのが渡哲也イズムです。しかし、雪の山形を走る蒸気機関車には追って来た辰の姿が。

 慌てて汽車を飛び出して逃げる哲。一旦刑事に捕まりますが、迎えの組員に助け出されます。

 哲が身を寄せた庄内南組は大塚の息のかかった北組と抗争の最中です。親分から客分の杯を貰い、露骨な圧力を受けて助っ人をすることになってしまう哲。

 庄内のヤクザは長谷川伸テイストな和風の事務所に居ますが、格好は東京のヤクザ同様チャラチャラしたスーツです。このネジの外れ方が日活です。

 北組は辰を先頭に立てて盛大に銃撃戦をおっぱじめます。このガンアクションを日活コルトが可能にしたのです。殺陣の出来る役者が居ないというのもありますが、持ち味を生かすのが大事です。

 負けて悔しかったらしく「立派に出てきて俺と勝負しろ」と辰がいきり立つ中、歌いながら加勢に来る哲。来るなりジャンジャン撃っていきます。とばっちりで女を殺された田中は今度は眼をやられて踏んだり蹴ったりです。

マムシパワー
 一仕事終えてホテルへ帰って行く哲。その姿を飲み屋で一杯やっていた辰が見つけて付いて行きます。あんな派手な殺し合いをやっておいてのんきです。

 線路の上で対峙する二人。鉄の背後からは特に意味なく汽車が迫ってきます。哲は枕木の本数で銃の射程範囲である10メートルを計算し、辰に一発食らわせて撃退します。何故か枕木に赤い線が引いてあるのが不思議です。

 流石に堪えた表情でホテルへ帰った哲。しかし、とどめを刺さなかったばかりに辰がしつこく追ってきます。洗面所の鏡に弾が当たって鏡が割れるのがクールです。

 辰はマムシだけにしつこく生命力があります。「今日限り貴様の伝説を消してやる」と迫る辰の前に哲は万策尽きてピンチです。

 そこで、たまたまお湯を張った洗面器があったので、熱湯を辰にぶちまけて腕に一発食らいながらどうにか切り抜けます。辰は顔をやけどして戦意喪失です。


日活バージョンの健さん

 逃げる哲を任侠テイストな歌を歌いながら謎の男が助け、追っ手を撃退します。この男が大塚の元子分の流れ星の健(二谷英明)です。

 大塚の子分のチンピラに兄貴呼びされ、「今は一匹狼だ」と八つ当たり気味にブチ切れる健。哲をホテルに戻して介抱してくれます。

 二人は昔は敵同士でしたが、今や健は一匹狼です。「一匹狼の方が気楽でいい」とは健の弁ですが、哲は親分ラブなので「本当は寂しいんだ」「兄貴は義理を捨てた」とスーツ同様青い理論を展開します。

 哲は健に「倉田の親分を信じすぎると辛い目に遭うぜ」と意味深な事を言われてい吹き上がります。そして当分いさせてもらうと勝手に同棲宣言をした健に呆れて庄内を去る決意をします。

 汽車に乗って出発を待っていると、なんと千春が東京から入れ違いに追ってきます。汽車越しに対面した二人。しかし、汽車は追いかけてくる千春を置いて行ってしまうのです。


映像の寒暖差
 舞台は一気に南に飛んで佐世保に変わります。「流れ流れて九州佐世保」だそうです。凄い流れ方です。

 哲は倉田の兄弟分の梅谷(玉川伊佐男)の元に身を寄せます。佐世保は米軍基地があるので梅谷の経営する酒場はスイングドアで外人の姉ちゃんが躍っています。ようやく自然な形で日活っぽくなってきました。

 しかし、事務所には健の緑のジャケットが。「義理を捨てた野郎とは一緒に暮らせないんですよ」と帰ろうとする哲。露骨に健の思想に反発しています。

 しかも、日米の海の男で騒がしい酒場にはやけど跡も生々しい辰の姿が。土地の愚連隊と一緒に店で嫌がらせしています。

 そうこうするうち特に理由なく店中巻き込んでの大乱闘になります。海の男は気が荒いのです。踊ってた姉ちゃんが哲に抱き着いてメスの顔をするのが笑いどころですが、これはほんのジャブです。


NCISもびっくり
 流れ者だけにほとんどドリフ状態で店を破壊しながら大喧嘩になります。健や店の女も加わって収拾がつかなくなります。

 米軍に姉ちゃんたちの当たりが強いのがリアルです。安月給で金払いの悪い割りに偉そうなのであまり良い客ではないのです。

 梅谷は積極的に殴り合いに参加しつつ、タイマン張ったらホモ達理論を通じて哲と健の仲を取り持とうとします。しかし、哲は強硬姿勢を崩しません。

 客を追い出したところでついに辰が銃で決着を付けに来ます。哲は撃たれてピンチです。しかし、弾がそれたらしく、哲は倒れておいて東京流れ者を口笛で吹くというなかなか陰険な方法で辰に精神的ダメージを与えます。

 辰は元兄貴分である健に追い詰められ、もはやこれまでと口笛の響く中で自決します。腕は悪いですが哀れな奴です。哲は複雑そうな表情ですが、健は「義理に縛られたかわいそうな奴だ」と冷たい態度です。

 トランプを繰りながらニヒルに決める健ですが、哲は「義理を捨てた奴は好かねえ」と余計態度を硬化させてしまいます。

 しかし、健は「裏切られたときの泣きは見せたくねえ」と梅谷にこぼします。根本的に二人は見えている世界が違うのです。

 梅谷は「倉田は信用していい人だ」と兄弟分をかばいますが、健の引いたトランプはよりにもよってスペードのエース。どこまで行っても日活です。


どこまで行っても日活
 一方、スペードのエースの倉田は大塚に妥協案を持ち掛けられます。なんと哲を消せというものです。

 哲を消して千春をくれれば権利書を返すというものです。なかなか外道な提案です。

 そして千春には独眼竜になった田中が「哲は死んだ」と揺さぶりをかけに行きます。歌いながら卒倒してしまう千春。

 金が欲しいし刑務所も嫌な倉田は、熊本に焚き付けられてこの案を呑んでしまいます。そして梅谷に哲の暗殺を依頼する倉田。健が聞いていたので事態が大きく動きます。

 勝手に売り買いされてかわいそうな千春は敬一が番をしていますが、そこへ倉田は哲が死んだと駄目押しのお悔やみを言いに来ます。敬一が敵を討とうとしますが、倉田は当然これを阻止です。

 一方、哲は健から報告を受けますが、哲は信じません。「俺の夢を壊さないでくれ」とヤバい事まで言い出します。

 そこへ梅谷が拳銃片手に襲撃に来ます。ここでやっと哲は現実を受け入れ、梅谷をけん制する健に礼を述べて東京へと真相を確かめに行くのです。

 梅谷も辛そうです。撃つチャンスがありながら哲を見逃してしまいます。健と一緒に哲の将来を案じてしまうのです。


日活式盃返します
 今までは汽車移動だったというのに、哲は張り込んで飛行機で東京へと文字通り舞い戻ります。しかも千春がどこかへ消えてしまい、番をしていた敬一はパニックです。

 千春は大塚に呼びつけられ、殴られて歌を強要されます。敬一は大塚の千春へのふるまいと倉田の裏切りに怒りますが、大塚は敬一に拳銃を突き付け、無理矢理千春を歌わせます。

 「ブルーナイトイン・アカサカ」を半泣きで歌う千春。アルルは真っ暗ですが、入り口だけは無駄にオサレに白く照らされています。そこへ白でコーディネートした哲が殴り込んでくるのです。

 哲が入ってきた途端店内が白くライトアップされるのは鈴木清順入魂の映像美です。生活感はゼロですが芸術性は無限大です。

 ピアノの下に潜り込んで大塚の銃を打ち落とし、黒いスーツの大塚の子分たちを次々始末していく哲。

 ここでなんとフロアのど真ん中に銃を捨ててしまいます。そして素早く拾ってチャンスとばかり寄って来た子分を一掃します。

 銃がピアノの鍵盤の上に落ち、拾おうとした大塚の手を蓋で挟んで「この地獄を突き破らなきゃ俺に明日はやって来ねえんだ」と堂々所信表明です。このピアノの下りは色んな作品に散見されますが、こんな格好良いのは見た事がありません。

 倉田は「ガンを捨てろ」と任侠道を捨てて日活道に落ちたのが明白な説得工作をしますが、哲は当然応じません。

 哲は銃を高々と投げて、拾って倉田の銃を打ち落とし、大塚を始末します。いよいよ店内はライトアップされてクライマックスです。

 倉田の目の前でブランデーグラスを握り潰して「今日きりで盃を返すぜ」裕ちゃんイズムと日活イズムに溢れた逆縁宣言をして、千春と抱擁を交わす哲。明らかに千春が好きな敬一は負けを悟って退場です。

 しかし、哲は「流れ者に女はいらねえんだ」と千春を拒絶し、千春は泣いてしまいます。そして倉田は自分の行いを悔いてかグラスの破片で手首を切って自決します。

 哲は千春を突き放し、「東京流れ者」が流れ、哲はどこかへ流れていきます。誰も幸せにならないまま映画は劇的に終わるのです。

BL的に解説

BLの名門石原軍団
 黎明期のBLにおいて石原軍団は覇権ジャンルの一つであったことは追悼企画の予告でも述べたとおりです。男同士の絆の為にしょっちゅう殉職する彼らに腐女子たちは熱狂したのです。

 そんな軍団のホモソーシャルぶりに怒りの声を上げたのが、ホモのホモ嫌いと専らの噂の元都知事でした。けど、その怒りの陰に嫉妬と羨望があったのは当たらない気象予報士の息子が証言しています。

 そして、石原軍団がその実裕ちゃんの大奥であったのではないかという噂は昭和の昔から囁かれるところです。

 裕ちゃんは派手な女性関係で知られる人ですが、その一方で、というわけです。そして裕ちゃんのお誘いを拒絶したばかりに「なんじゃこりゃ」が産まれたという説もあるくらいです。

 特に渡哲也の裕ちゃんへの忠誠心は飛び抜けていました。だからこそ常に主役だったし後任の社長に就いたのです。

 テレビに進出する前の石原プロは大作映画を撮り過ぎて借金で火の車でしたが、日活を辞めた渡哲也はそこへ全財産を持参金にして石原プロにはせ参じたのは有名な話です。

 殆ど浪花節の世界です。手練れの腐女子ならこのエピソードだけで薄い本一冊は書けるでしょう。

 そして、そういう義理人情の逸話は石原軍団内に組み合わせを問わず多く残っています。そもそも石原軍団と言えば炊き出しではないですか。

 つまり、普段から彼らはああいうノリなのです。腐女子が熱狂するのは無理からぬ話です。

 そもそもいい男が寄り集まって軍団なんて名乗っていちゃついてる時点で、何もないというのは無理があると思うのです。


倉田×哲
 哲の親分愛がこの映画の根本にあります。当時の渡哲也は25歳。ヤクザで言えば所詮右も左も分からない駆け出しであり、親分への愛で盲目になるお年頃と言えます。

 倉田の方も哲を大事にしています。組を解散して子分の多くを手放したにもかかわらず、哲は残されたのです。ヤクザの世界でこれはもう組長のアンコで確定と言っても過言ではありません。

 考えて見て下さい。クラブの支配人が務まる熊本やピアノという特殊技能を持つ敬一ならともかく、哲は殺しは得意ですがカタギとしての生活能力はゼロです。

 甲斐性なしの倉田には愛が無ければ哲を抱えておくことはできないし、哲も倉田への愛があるからこそ喧嘩を我慢して仕えているのです。

 そして倉田も女っ気がありません。お手伝いさんの女性を一人抱えていますが、姐さんさえいないのです。こりゃあ疑う余地なきガチホモです。

 人が居ないので倉田自ら哲に酒を注いでやるのです。これはもう事実婚状態です。恐縮しながら受ける哲の顔は、木暮に褒められた団長の顔と同じです。メスの表情です。

 千春と店を持てなどと盛んに勧めるのも、相方の幸せを壊してはいけないという良きゲイカップルの条件をパスしています。

 二人のお熱い仲を知っていればこそ吉井も返済期限の延長に応じてくれたのです。カタギの暮らしに苦しむ二人へのご祝儀です。そもそも吉井も怪しいものです。

 大塚の倉田をはめようとする魔手にも哲は根性で立ち向かい、愛する倉田の危機を救います。

 倉田は大塚の哲を引き渡せという要求にも「子分を犠牲にしてまで美味え汁を吸おうとは思っちゃいねえ」と無茶苦茶格好良い事を言って断固拒否です。なんの事はない、美味い汁とは哲なのですから。

 哲を旅に出すのも名残惜しそうです。庄内の親分への紹介状も出し渋る有様。本当は二人で駆け落ちしたいくらいなのです。

 哲は旅に出ても倉田への愛を失わず、また愛されていると固く信じています。だからこそ外道とは言え親分を捨てた健を断固として許せないのです。哲にとって倉田は信仰であり、健は信仰を捨てたユダなのです。

 命を助けてもらっても哲は絶対に健を許すつもりはありません。それどころか、倉田の自身への愛に疑いを向けるのです。哲が逆上してしまうのは無理からぬ話です。

 しかし、倉田は哲を銀貨三十枚ならぬ権利書一枚で売ります。それを知った時、哲の中の信仰はどす黒い敵意に変わったのです。

 悪魔に魂を売ってしまった倉田は哲を自ら片付けようとします。しかし、これは大塚に哲を殺させたくない。俺自ら殺したいという最後の愛です。倉田としてはそうして哲との愛を完結させたかったのです。

 しかし、哲はブランデーグラスを握り潰し、盃を返してしまいます。哲の心中たるや想像するだけで涙が出ます。愛する親分との絆は最悪の形で壊れてしまったのですから。

 倉田は破局を悟り、哲の割ったグラスの破片で手首を切って命を絶ちます。それは倉田のせめてもの贖罪です。哲は人を信じなくなったことでしょう。しかし、親分の愛の残骸は心に突き刺さって死ぬまで抜けないのです。


倉田×熊本
 本作には謎があります。倉田が哲を売る動機が不十分なのです。倉田の哲への愛を鑑みれば、むしろビルより哲を取って隠居するのが本当です。

 しかし、BL的に読み解けば熊本が暗躍したの一言ですべて説明できます。熊本もまた倉田を愛していたのです。

 熊本もまた倉田のアンコであったのでしょう。そうすると哲は熊本にとって許すことができない存在です。哲が居る限り自分は二号なのです。

 しかし、不死鳥の哲なので簡単に死にません。哲が旅に出たのは熊本にとって千載一遇のチャンスでした。倉田の寂しさのはけ口はいきおい熊本の尻に向かうからです。

 大塚との会談を、哲を売る事を執拗に勧めたのは熊本です。ケツをかいたわけです。倉田が応じたのは、熊本との愛もまた後戻りの難しい段階に入っていたからです。

 しかし、熊本の陰謀は倉田が最後の最後に哲の愛に殉じた事でご破算となりました。所詮熊本はコンドームでしかなかったのです。


大塚×哲
 そもそもどうして大塚はあんなに哲に執着したのか?愛していたからです。哲はモテモテなのです。

 そもそも大塚は哲を非常に高く買っていました。だからこそ倉田が組を解散した時には自分の身内にしようとしたのです。

 もはや哲を養う事の出来ない倉田の元にいるよりも、自分の下で存分に腕を振るってほしい。それは大塚なりの愛です。リアリストの大塚ならではのアプローチです。

 しかし、倉田という信仰を自ら捨てるなど哲には出来ようはずがありません。かくして大塚のホモ特有の醜いジェラシーが爆発してしまったのです。

 哲を執拗に攻撃するのは愛の裏返しです。千春に執着したのもそういうことです。間接ホモセックス狙いです。あの若くて可愛い松原智恵子とて哲の前にはコンドームなのです。

 クラブ歌手なんていくらでも代わりが居るだろうに、執拗に歌わせたがったのはプレイです。千春が嫌がれば嫌がる程大塚は燃えてしまうのです。

 千春に直接ではなく敬一に銃を向けたのも説明が付きます。二人の仲が満更でもなかったことを見抜いていたからです。要は千春が嫌がるほどいいのですから。

 しかし、大塚も所詮は噛ませ犬でしかなかったのは結果が物語っています。


大塚×辰
 哲への攻撃の先頭に常に立って居たのが辰です。辰は腕には疑問符が残りますが、非常に忠誠心に富んだ男でした。

 哲へのアプローチもどこかホモ臭かったのは偶然でしょうか?「可愛いコルト」なんてノンケが言いますか?

 そして「じゃあ体に聞いてやろうか」です。これは淫語です。ノンケが同性には決して使わぬ言葉です。

 つまり、辰は大塚のアンコだったのです。だとすれば、あの病的な執念も当然です。

 辰は健が居る間は常に二番手でした。しかし、邪魔者の健が居なくなった矢先に今度は哲が身内になるというおぞましい危機が迫ります。

 大塚の寵愛を守り通すためには哲を殺すより他にないのです。それが辰の愛の証明でもあり、ヤクザのアンコの存在意義なのです。

 しかし、辰は常に哲の後塵を拝し続けました。それは大塚の期待を裏切る事です。段々と辰は追い詰められ、ついには健の横槍まで食らい、敗北を悟り自決します。

 健の「義理に縛られたかわいそうな奴」というコメントも、二人の仲を知っていたなら当然です。しかし、最後まで忠義を通し、愛に殉じて死んでいけた辰は、あるいは哲や健よりも幸せだったのかもしれません。


健×辰
 トリは当然この二人です。健は自分で「あいつが好きだ」と言ったんですから議論の余地はありません。

 健と哲はライバルであり、お互い意識しあっていました。しかし、健は大塚を捨てて奔走します。

 大塚に失望したのでしょう。しかし、男は一度覚えたら決してやめられないものです。健は新しい愛に生きる決意をしたのです。

 佐世保の梅谷の元に身を寄せていたのに、わざわざ山形まで哲を助けに行ったのは愛です。俺の哲を辰ごときに殺されてたまるかというわけです。

 そして倉田への信仰を捨てられない哲に揺さぶりをかけたのは、ヤクザの汚さを知り抜いた身として哲を悲しませたくないというのは当然としても、やはり下心があったのです。

 哲が佐世保に身を寄せたのも、健が手を回したからだと思います。梅谷は健にとっては話の分かる男なのです。

 そして梅谷の仲人を喜んで受ける健ですが、哲はあくまで倉田信仰を守り続けます。しかし、愛は障害があるほど燃えます。

 梅谷が倉田に命じられて哲を消そうとした時も健は同情的でした。ヤクザの汚さを知っている健には梅谷の気持ちが痛いほどわかるし、また大切な仲人です。

 倉田も千春も捨てて出奔した哲の行く先には三度健が立ちはだかります。しかし、その反応は今までとは全く違うものになるはずです。

 流れ星に願いを三度唱えれば叶います。かくして流れ星の健と不死鳥の哲の愛は成就しし、二人で一人で渡世を渡っていくのです。もう誰にも二人を止める事はできません。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します

『仁義の墓場』(★★)(連続レビュー)
『やくざの墓場 くちなしの花』(★★)(連続レビュー)
『南国土佐を後にして』(★★★★)(川内康範の歌謡映画)

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