⑮緊張とリラックス
〇皆さんこんにちは。ここでは初心者の方にも分かりやすく、順番に演技のことについて説明していきたいと思っています。演技の勉強をしたいという方はぜひご参考になさって下さい。
〇今回のテーマは「緊張とリラックス」です。
緊張は演技の大敵!?
〇前回の「⑭自分を知ること(容姿編)」でも、照れや恥ずかしさといったことについてふれました。役者のお仕事は「誰かに見られること」が前提ですから、どうしても恥ずかしさや緊張というものがつきまとう可能性があります。舞台では大勢の観客を前に演じなければなりませんし、映像の場合も監督やカメラマンをはじめとする多くの撮影スタッフの前でやってみせることになります。幕が開いたら最後までノンストップの舞台、息をのむ緊張感の中、カットを繰り返し小刻みに撮影を行う映像作品、どちらもそれぞれに緊張を感じるはずです。
〇もちろん登場人物だって緊張する場面もあります。役者が役として、キャラクターが緊張しているのを演じることは問題ありません。けれど、役としてはまったく緊張する場面ではないのに、演じている役者がガチガチに緊張していて、その緊張ばかりお客さんに伝わってしまうというのでは困りますよね?
カタい演技より柔らかい演技の方が難しい?
〇「⑪自分を使うリスク」でもお話ししましたが、力んで力を籠めて叫んだりするような演技は割合にやりやすいもので、人前で大きな声を出すのが大変でなければけっこう簡単にこなすことができます。
〇一方で、リラックスしている場面、自分の柔らかいところを出すような場面の演技はなかなか大変です。うわべだけ取り繕ってリラックスしているように見えても、役者自身が観客やカメラの前で緊張していれば、観ている方にはその緊張感が伝わって「嘘のリラックス」に観えてしまうからです。
〇映画のワンシーンで、やっと大きな仕事をやり終えてコーヒーを飲む、心配していた子供が無事だという電話をもらっていっきに気持ちがゆるむ、といった場面は重要な意味を持つことも多いものです。上手な俳優さんたちがなにげなく簡単にやっているように見えますが、演技としてやろうと思うと初心者には非常に難しいことだと思います。
緊張は反応の大敵
〇「⑬話す人は聞く 聞く人は話す」の回で役者同士の反応のやりとりが大切なのだとうお話しをしましたが、緊張はこの「反応」の大敵でもあります。相手役に言われたことに、カギとなるアイテムが目に入った瞬間に、突然の来訪者に、役者はさまざまなことに敏感に反応できることが重要です。観客にとって、その反応こそが一番の見どころと言ってもいいでしょう。
〇ところが、役者が緊張してしまっていると、この「反応」が自由に出せなくなってしまうのです。人はストレスや不安、恐怖、戦闘態勢に入る、といったことによって体を緊張させ、外部から身を守ろうとします。外部からの刺激に耐えられるように身を固め、五感にシールドをはるのです。相手や周囲からのものを受け止めて反応するのではなく、逆に「影響を受けてなるものか!」と周りを遮断することになってしまいます。これではとても「柔らかい演技」をするどころではありません。
どうやって緊張を克服するか?
〇本番前に緊張してしまうと言うのは初心者の方にはありがちな悩みですが、実は上手なベテラン俳優さんの中にも、毎回大変緊張するのだという方は大勢います。緊張するのは当たり前で、それ自体が悪いことではありません。考えてもみて下さい。緊張したことなんかないよ、何も感じないよ、という鈍感な人に役者が務まるでしょうか? 感じやすく想像力に富む人だからこそ良い演技ができる。そういった人は、ときに緊張しやすくて当たり前だと思います。
〇この「緊張」という話題についても話し始めると膨大な情報量になってしまいますので、今回はとりあえず余計な緊張は演技の大敵になるということを承知してもらった上で、じゃあどうしたらいいの? という対処方法についていくつかご説明しておきたいと思います。
①体を動かす!
〇一番分かりやすくてっとり早いのは「体を動かす」という手段です。ウォーミングアップをしっかりやりましょうというのは、役者にとってきちんと準備運動をしてケガを防ぎましょうという以上の大きな価値があります。
〇ウォーミングアップをすることで体が動きやすくなり、声を出しやすくなることはよくご存じだと思いますが、それは心にも影響します。心がかたくなれば体もかたくなりますが、体がほぐれることで心もほぐれます。
〇運動をして汗ばみ、体がほてっている状態は、エネルギーがみなぎっていて準備万端、何かしろと言われたらすぐに動くことができる状態です。こういうときの人間はとても魅力的でもあります。スポーツや格闘技の選手が試合中や試合後に魅力的に見えるのは、このような状態で変な緊張がなく、エネルギーに溢れているからです。試しに仲間同士で、稽古場に入ったばかりの顔と、汗をかくまで思いっきり運動をした後の顔をお互い見比べてみて下さい。運動をした後の方が、とっても魅力的な笑顔を見せることができると思いますよ!
〇毎回決まったウォーミングアップをすることは、ルーティンとなって役者が緊張から逃れ、よい集中力を発揮する助けにもなります。有名なベテラン俳優さんの中には、本番前に何時間もかけてウォーミングアップをする方も大勢います。「そんなに運動しちゃって本番の体力は大丈夫なの?」と心配になるほどですが、十分なウォーミングアップがあった方がずっと演技がしやすいのです。新人の俳優が早めに小屋入りしたつもりが、一番の大御所(おおごしょ)がもう何時間も前から来てウォーミングアップをしていた、なんてこともよくある話しです。若い皆さんは年配の方よりずっと運動に適しているはずです。ぜひウォーミングアップを重視してみて下さい。
②自分以外のことに注意を向ける!
〇十分なウォーミングアップをすることでずいぶん緊張がほぐれると思いますが、それでもやはり緊張はやってきます。せっかくウォーミングアップで体をほぐしたのに、いざカメラを向けられると、いざ出番になるととたんにかたくなりそう…なんてこともあるかも知れません。
〇そんなときは、自分以外のことに注意を向けるのが効果的です。緊張するのは自分のことを心配しているからで、自分のことばかり考えて、どうしよう、ちゃんとやれるかな、失敗したらどうしよう、なんて思っているから緊張するのです。自分の心配ができるなんてことは、本当は創作の現場では贅沢な話し。そんなことより心配すべきことが山ほどあるはずです。
〇あの役者さんが通るのにあの椅子はジャマにならないかな、これだとお客さんが寒すぎないかな、あそこの暗幕は直した方がよくないかな、お芝居をするときに心配すべきことはたくさんあります。そういう自分以外のことを考えているときは、自分の心配を忘れているので緊張もしません。
〇私も若いころから緊張するタイプで、本番になると緊張して力が出せないなんてことがよくありました。ところが歳をとって自分が演出や企画制作の役割をするようになってみると、自分の演技の心配なんかしてる余裕はまったくありません。ぎりぎりまで楽屋やら受付やらあちこち走り回って、よし自分の出番! 大変そうですが、この方がかえって緊張せずスムーズに演技ができるのです。たまに役者専任で招かれて、お膳立てしてもらって袖に入ったりすると、その方がずっと緊張してやりにくかったりします。
〇自分が緊張しているな、と思ったときは、自分のことは忘れて、それよりも他の人、他のことに注意をはらい、自分以外の人のため、作品のために何ができるかに注意を向けてみて下さい。
③今やることに集中する!
〇自分のことを心配して緊張している状態というのは、演技としても役として存在できていない状態です。「セリフ忘れたらどうしよう」「うまくできるかな」なんてキャラクター自身が考えるはずありません。その役、そのキャラクターが考えているのは、その役の目的、目標、次に何をすべきか、といったこと。「⑧プロセスを大切に」でもお話ししましたが、役者は演技として、その場その時に集中することが大切です。役として何をすべきか、役者として何をすべきか、やることに集中していれば、自分の演技の心配までする余裕がありません。その結果へんな緊張をすることもなく、堂々と演技ができるわけです。
〇普段は人見知りでおしゃべりも苦手なのに、舞台に上がったとたんに堂々と雄弁に語る役者さんを見て、そのギャップに驚くということもよくあります。その方は、本当は恥ずかしがり屋で緊張するタイプなのかも知れませんが、演技をしているときは集中して役に入っているので、普段の自分とはまったく違う振る舞いができるのだと思います。
相手に集中する。相手のためにやる。
〇何かに集中するとうことの中で、分かりやすいのは誰かに集中することです。自分のセリフがなければ相手も次のセリフを返せない、自分の演技がなければ相手の演技も成立しないわけですから、自分のことよりも相手が演技をできるように、やりやすいように、しっかり相手に伝える。あるいは観客やカメラの向こうのお客さんに、しっかり伝えようとする。相手に意識を向けて集中できていれば、自分の心配をして緊張することもなくなります。
〇今回は「緊張とリラックス」ということをテーマに、主に緊張への対策についてお話ししてみました。皆さんの演技力向上にお役立て下さい。
〇緊張への対策という点では、役者や演技に直接関わらない方にも有益な情報があったかも知れません。お仕事でのプレゼン、試験、人前でのスピーチなど、緊張に弱いという方はよかったらご参考になさって下さい。
〇演技について学ぶべきことはたくさんあります。今後も少しずつだんだん情報をお伝えしていきたいと思っておりますので、焦らずリラックスしながらお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。ご質問等ありましたらお気軽にご連絡下さい。
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