阿部和重

作家

阿部和重

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最近の記事

I Play The Talk Box――『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』『コンクリート・ユートピア』

 ※初出/『週刊文春CINEMA!』(2023冬号 12/13発売)   世界で最も大量生産されている映画のジャンルとはなんだろうか。検索してみたが、調べ方が悪いのか時間ぎれとなりその答えにたどり着くことはかなわなかった。代わりに、「好きな映画のジャンルは?」というアンケートの結果がGoogleの「関連する質問」に表示されたのでそれを紹介しておこう。回答者数「100人」の「ネットリサーチ」だからあまり参考にならないかもしれないが、一位はアクション、そして同数二位となったのが

    • Across The Universe――大江健三郎追悼

      ※初出/『文學界』(2023年5月号)  大江健三郎はかっこいい。遅慢なわたしの読書歴にとって大江健三郎はだれよりもかっこいい文章を書く小説家として登場した。具体的にはどういうことか。それはすなわち「***の化粧部屋で、一発やりませんか? 一発やってみましょうよ!」とか「オジサン、オマンコ一発ヤッテミマショウヨ!」というような言表の効果を最大限に発揮させるための方法を熟知している文筆家に、二〇歳かそこら当時のわたしが決定的なインパクトを受けてしまったことを物語っている。  

      • (I Can't Get No) Satisfaction――大江健三郎追悼

        ※初出/『群像』(2023年5月号)  バイトテロだの寿司テロだのが社会問題化してひさしい。無謀な若者らによる炎上動画が世間をさわがせるたびに、スマホだのSNSだのが普及したこの高度情報化時代に一〇代や二〇代じゃなくてよかったと心から思う。仮にいま一五、六歳の年ごろだったら、絶対に自分は自己顕示欲を満たすべく率先してしょうもない迷惑動画を撮りまくり、喜々としてTikTokだとかに投稿していただろうと確信しているからだ。  いい歳をして昔は悪かったアピールがしたいわけじゃない

        • Crosstown Traffic――シリル・ルティ『ジャン゠リュック・ゴダール 反逆の映画作家《シネアスト》』

          ※初出/『週刊文春CINEMA!』(2023秋号 09/11発売)  特定の様式や題材の流行というのは時代の風物詩みたいなものだから、ジャーナリスティックな整理紹介に役だち時評の糸口に向いている。むろんあくまで話をわかりやすくするための方便にすぎぬが、筆者は以前――たしかクリント・イーストウッド監督作『アメリカン・スナイパー』の公開時だったと思われる――実話とスーパーヒーローという対極的設定がハリウッド映画の二大潮流になっていると指摘したことがある。それから一〇年ちかくが経

        I Play The Talk Box――『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』『コンクリート・ユートピア』

           Hello, Goodbye――山田洋次『こんにちは、母さん』

          ※初出/『週刊文春CINEMA!』(2023夏号 06/14発売)  山田洋次にとって九〇本目になるという最新監督作『こんにちは、母さん』は、本年公開のマーベル映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』とほとんどおなじ物語を展開させている。製作国や作者の世代のみならず、ジャンルも設定も規模もまるで異なるわけだから、両者の内容に高度の類似性が見てとれると断定されれば意外に感ずる読者は少なくないかもしれない。  しかしこれはさして驚くべき偶然ではない。幅ひろい

           Hello, Goodbye――山田洋次『こんにちは、母さん』

          Rebirth Of The Flesh――イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』

          ※初出/『週刊文春CINEMA!』(2023春号 03/08発売)  鮮烈な印象をもたらすクライマックスの一瞬――その劇的シチュエーションを成立させるためにあたかもすべての場面が用意され、作品ぜんたいが形づくられているふうに受けとめられる構成術。イエジー・スコリモフスキの作風には、主としてそういう特徴が認められる。代表作『早春』や前作『イレブン・ミニッツ』などが顕著な例だ。  最新作も例外ではないが、そこに巧みなひと工夫が加えられていることに注目したい。  赤い光の明滅する

          Rebirth Of The Flesh――イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』

          流血と清流――そして/あるいは失禁という「奇蹟」

          ※初出/『中上健次集〈7〉千年の愉楽、奇蹟』解説(2012/12/1)  「路地」ではよく血が流れる。屋外でも屋内でも、男女の鮮血が流れまくっている。流れるのは血液にかぎらない。精液や愛液、涙や汗や唾といった体液のしたたり落ちる様にもしばしば出くわすし、ときにはそこに雨が降りしきるから衣が乾く暇もない。  つまり「路地」とは、ひどく濡れやすい場所であり、そこに住まう人々もまたしょっちゅうなんらかの液体にまみれている。盛り場ではアルコールが盛んに飲まれ、覚醒剤の水溶液を体内に

          流血と清流――そして/あるいは失禁という「奇蹟」

          大西巨人『神聖喜劇』解説

          ※初出/光文社文庫版『神聖喜劇』第二巻(‎2002/8/1)  光文社文庫版『神聖喜劇』の事実上の一人目の解説者として(第一巻の解説は既出の書評が再録されている)、予めこれだけは伝えておかねばならぬと思う。何の予備知識もなく本書を手に取り、手始めにこの解説に目を通している読者に向けて一つだけ言えることがあるとすれば、それはあなたの選択は決定的に正しいという一言に尽きている。そんな惹句は聞き飽きたと突っ撥ねたい気持ちも判らぬでもないが、今回ばかりは少しの誇張もない真実が告げら

          大西巨人『神聖喜劇』解説

          Break Up To Make Up――青山真治追悼

          ※初出/『小説TRIPPER 』(22年夏季号)  早くも梅雨いりしたかのような五月なかばにこの原稿を書いている。青山真治監督が亡くなってもうすぐ二カ月が経つところだ。その間わたしは読売新聞、『群像』、『文學界』といった三紙誌に追悼文を寄稿した。四つめとなる本稿にとりかかってふと感ずるのは、書き手としてじゅうぶんなつとめを果たしきれないおのれの力不足だ――故人の手がけた創作分野は多岐にわたるが、こちらの注目はどうしても映画にかたよってしまうことを面目なく思う。いずれにせよ、

          Break Up To Make Up――青山真治追悼

          You Can't Always Get What You Want――青山真治追悼

          ※初出/『文學界』(2022年6月号)  青山さんと最初に会った場所は『Helpless』の試写会場だった気がする。同作の初公開日は一九九六年七月二七日とされているから、その数カ月前、四月か五月あたりか。だとすると、わたしの年齢は二七歳、監督は三一歳。鑑賞後は数人で会食という流れだった。  ひきあわせてくれたのは、アテネ・フランセ文化センターのキュレーターや安井豊の筆名で批評活動をされていた当時の安井豊作さんだった――アテネの映画上映によく通っていたわたしは、九四年のデビュ

          You Can't Always Get What You Want――青山真治追悼

          See The Sky About To Rain――青山真治追悼

          ※初出/『群像』(2022年6月号)  もとよりカメラは離陸していたのだった。青山真治の映画を観つづけてきた者の多くが、彼の予期せぬ早世によってそれに思いあたり、深く静かな驚きをおぼえたにちがいない。  それというのは円環を閉じるかのごとく、初作の冒頭と遺作の末尾が明白な一致を示すことを指している。長篇劇映画の初監督作にあたる『Helpless』は真俯瞰空撮による風景ショットではじまり、最終監督作『空に住む』では高層階から撮られた窓外眺望ショットがラストに配されている。偶然

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          柔軟で不屈 あまりに険しいその軌跡…青山真治さんを悼む

          ※初出/読売新聞朝刊(2022/4/5)  青山真治は定住を好まなかった。音楽家、小説家、舞台演出家など多彩な顔を持つこのすぐれた批評家は、多数の著作を残し、なにより映画作家として傑出した作品群を世に送り、国際映画祭で数々の賞を受賞した。その領域横断性は作風にも顕著に見てとれる。  長短篇問わず、フィルムとビデオを使いわけ、劇映画も記録映画も彼は撮った。『Helpless』『EUREKA ユリイカ』『サッド ヴァケイション』といった北九州三部作を異なるスタイルで仕あげるのみ

          柔軟で不屈 あまりに険しいその軌跡…青山真治さんを悼む

          アルフレッド・ヒッチコック試論

          ※初出/『文學界』(2021年9月号)   イントロダクション  この映画評論を筆者が書いたのはデビュー以前、およそ二八年前のことである。執筆時期や期間の詳細についてはもはやうろおぼえだが、テキストデータの末尾に「1993/1/13脱稿」と明記されていることは判断の頼りになる。  おそらくは、一九九二年一一月ないしは一二月から当の脱稿日までのあいだの日々に書きすすめたのではないかと思われる。ちなみに小説デビュー作『アメリカの夜』に着手したのはそれから半年ほどのちの、一九九

          アルフレッド・ヒッチコック試論

          大西巨人『地獄変相奏鳴曲 第四楽章 』解説

           ※初出/講談社文芸文庫(2014/7/10)  ここでは、ふたつのことを書いておきたいと思う。                 ●  大西巨人が「太郎」と書くとき、まっさきに思い浮かぶのは、『神聖喜劇』の東堂太郎だろう。作家の代表作と見なされる巨篇の主人公という事実を抜きにしても、東堂太郎は抜群に印象深く、忘れがたいキャラクターだ。高度な論理力と超人的な記憶力をあわせ持ち、冷静沈着ながらも不正・不条理に黙っていられず熱くなる反骨の士でもあり、戦時下の閉鎖的環境(対馬要塞重

          大西巨人『地獄変相奏鳴曲 第四楽章 』解説

          Green Haze

            ※初出/『群像』2020年1月号  きみはジャイル・ボルソナロという男のことをご存じだろうか。  彼はきみたちの時代の大統領だ。もとい、きみたちの時代の大統領のひとりだ。  ジャイル・ボルソナロはブラジル連邦共和国の第三八代大統領だ。もしもそんな名前は初耳だというのなら、きみたちの時代に生まれたよちよち歩きのAIアシスタントにでも訊ねてみるといい。こんな説明が見つかりました、などと、たどたどしい物言いでひとことことわり、今わたしが話しているのとおなじような内容をきみに伝

          言葉もまた壊された

          ※初出/朝日新聞朝刊(2012/3/10)  2012年は「ステマ」の連呼とともに幕を開けた。  それはインターネット上での出来事だ。不特定多数の匿名者によって、「ステマ」という見慣れぬ一語がくりかえしひとつの掲示板に書き込まれていたのである。  その連呼が、歓迎の意から発せられたものでないのは明らかだった。そこで主調をなしていたのは、むしろ拒絶の意思表示だ。「ステマ」と呼ばれる商品やサービスの宣伝行為に対し、大勢の匿名投稿者が一斉に、アレルギー的にすら見える徹底した拒否反

          言葉もまた壊された