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長いトンネルの先,記憶の宝箱 -加藤美佳 個展(6/22-7/20)

 加藤美佳展@小山登美夫ギャラリー六本木



18年という時間

  展覧会タイトルがない、あるいは作家名がタイトル。

 最初の展示室。

【加藤美佳について
ー儚く力強い緻密な表現と変化、「知ったつもりのアートを忘れる」新たなスタート】

加藤美佳は、2000年愛知県立芸術大学大学院美術研究科2年に在学中、弊廊で初個展を開催しました。自身で作った粘土人形を写真で撮影し、それを元に油彩で描かれた少女像は、儚く力強く、驚くほど微細に筆致 を重ねて表現され、鮮烈なデビューをとげました。

その後も水戸芸術館での個展(2001年)、ロンドンのWhite Cube /Jay Joplingでの個展(2005年)等をはじめ、国内外さまざまな展覧会に参加。2006年弊廊での個展では愛猫の死をきっかけに新たな表現への転換をみせますが、その後制作活動を一旦中断します。

しかし加藤は、三重の小さな林の中に住み、家族、飼い犬との生活の中で目にし感じたことを、時を重ねながら自らの中に熟成していきました。

愛猫のお墓があるアトリエそばの金木犀の木。毎朝散歩で見る木の表面の地衣類、ジャガイモを半分に切った断面、フライパンの中のホットケーキ、子どもの指先、雲を眺めている時、その上に絵を描く想像をしていました。

今、加藤は今回の作品制作にあたり次のように述べています。

まず、なんとなく知ったつもりになっているアートを忘れることにしました。「ここに、いきなり絵の具セットが流れ着いてきた」という設定からのスタートでした。「人生最後に棺桶の中で焼かれている私が、何かの魔法で指先から出る火花であとひとつだけ絵が描ける」そんな気の持ちようで向きあっています。
長いトンネルでしたが、どの時間も必要な18年でした。

同上


時によって紡がれた"木のオブジェ"

 展示室の中央に、この“木のオブジェ”がある。

【本展および出展作に関して
―死と生命の誕生の神秘、時とともに重ねた、自然を家族を慈しむ詩的で広やかな世界観】
。。。。。。
この木はブランケット
あのこのねむる
花のかおだす
雲はブランケット
みんなでねむる
山のかおだす
。。。。。。
何層も貝のチップで覆った上に、30年間地元の砂浜で大事に収集した有孔虫やウニの化石、骨や殻などを散りばめた木のオブジェ。そこに毛布をかけるように上から丁寧にメディウムを重ねており、写真作品「A Blanket for All of Us」は、それをさまざまな角度で撮影したものです。

枝の先端にある自己流で制作したガラスの玉は、まるで光をたたえてゆらめき、何かの生命が誕生する神秘的な瞬間を表わしているようです。
そのイメージの元となった愛猫のお墓がある金木犀の木は、秋になると小さな花が咲くといい、愛するものが属し、死したものと新たな生命の循環の象徴の存在として繋がっていきます。

同上

 作品のディテールを捉えた写真のなかには、また別の世界が広がる。

 この展示室は、この木を中心としたインスタレーションなのだろう。

 18年という、人ひとりが大人になるくらい長い時間をかけて、できた世界。


「とらしっぽリバー」

 奥の展示室に展開されていたのは、こんな光景だ。

「とらしっぽリバー(We call it Tiger’s Tail River, not that we’ve ever seen a real tiger)」は、とらのしっぽのように蛇行した巨大な木のモザイクテーブルの上に、石、木、ガラスなどを支持体に日常のささやかな場面が描かれた小さな作品が点在されています。それはまるで薄曇りの日の穏やかな川の風景のようであり、六本木の奥のスペースに大きく展開されます。

「誰かがもし、川に葉っぱが浮かんでいるような、まだ絵のない無地の石ころの上に、日々の何かを思い浮かべてくれたら嬉しいです。
たとえばその誰かとは、虎を見たことがなくても虎の話で盛り上がれるような、いつかの時代のどこかの人々。川はその虎のしっぽ。」(加藤美佳の言葉より)

石は10年もの間、川の上流で拾い洗って干して地衣類を育てるように少 しずつジェッソを塗り重ね研磨したもの。 ゆで卵の上にマヨネーズをかっこよく絞り出せた、息子が足の爪を猫形 に切った、飼っている犬が真剣に回転している様子、、、自然物の支持体に描かれる日常は、まるで時代を超えた普遍的な日々の奥行きが鑑賞者それぞれの感覚に繋がっていくようです。
テーブルの材料である木のブロックは、もともと自身の息子の工作材料であり、幼い息子に問われた「戦争の反対は?」の問いは加藤の中に今も続いているといいます。

同上

 小さなものたちが、静かにたたずむ。

 ものたちは、生物としての呼吸はしていないのだけど、

 生き物のような、息遣いを感じた。


作家の「宝箱」の中で

 ゆっくりと展示を眺めていると、子どもの頃に海辺で拾った貝殻や、道端で拾った小さな石を思い出されてきた。他愛のないものだけど、手に取ってとき、そこには何かが宿っていて、かけがえのない宝物となる。

 大人になるにしたがって、ほかの楽しいことに出逢い、知恵もついて忘れ去ってしまうそれらのものを、作家は大切に、胸の中にとっておいた、そんな感じがした。

 だから、観ていて、懐かしいようなふしぎな気持ちが、自分のなかから蘇ってくる。


 ブランクを経て、降り立った新たな世界。

 重たいものたちを脱ぎ捨て、たどりついた境地。





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