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直島【写真】-草間彌生[南瓜],海

 高松港からフェリーに小一時間乗り、直島・宮浦港へ。

 草間彌生の「赤かぼちゃ」に挨拶をし、

 町営バスに乗って、終点の「つつじ荘」前まで。

 海を前に、はるか右手に、その黄色い作品はこんなふうに見える。


野外展示を意識して制作,94年に展示

 本作には長い歴史がある。

「南瓜」は1994年に直島で開催された「Open Air '94 "Out of Bounds" ―海景の中の現代美術展―」で公開されました。上の写真は1994年9月に撮影された、展覧会のオープニングでの一コマです。草間氏と、公開されたばかりの「南瓜」が写されています。

それまでに制作された「南瓜」と直島の「南瓜」が異なるのは、場所の特徴を強く意識してつくられたことです。海に突き出た古い桟橋に設置された「南瓜」は、海の青や木々の緑のなか、黄色に彩色され、一際目をひきます。サイズはそれまでに制作された「南瓜」のなかでも最大級で、初めて野外での展示を意識してつくられました。

草間彌生「南瓜」はいかにして直島のシンボルになったのか

 直島が「アートの島」と一般的に知られる前から、この場所に在った。

台風で破損,一時避難も

 ただ、島の桟橋に展示されているということは危険と隣り合わせだ。何度か台風などで破損し、長い間、「台座のみ」の不在だったこともある。

 その間にも、何度か訪れた。
 もともと、非常に印象的な作品なので、そこに「南瓜」があるのは当たり前のことだと思ってしまっている。だから逆に「不在の存在」がとても大きくて、何もない台座に、じつは「南瓜」が載っているのでは、というふしぎな気分にも駆られたりした(VRなら本当にそんなことができるのかも)。

 その後、偶然「再設置」の日にその場に居合わせたこともあった。

 長い不在を経たあとは、悪天候の予報の前には、作品を撤去、避難させる方針になったようだ。

夏の海と黄色い「南瓜」

 そんなわけで、現在の「南瓜」の解説には「2022制作」とある。表面の質感も、瑞々しい。

 この黄色はとにかくよく目立つので、風景のなかについ「南瓜」を探してしまう。

 例えば、同じく屋外作品の一つ、ニキ・ド・サンファールの「猫」の背中越しに。

 ニキ・ド・サンファール「腰掛」のはるか向こうに。

 ベネッセハウス ミュージアムに徒歩で向かう際、かなり急な山道を登りながら、ふと振り返るとこんなふうに。

 宮浦港の「赤かぼちゃ」もそうだが、「南瓜」の周囲にもいつも大勢の人がいる。シーズン中は特に。

 人の入らないカットを撮るには、少し離れた場所で構えていて、人がフレームアウトした際に望遠レンズで撮影するなど、工夫が必要になる。

風景との調和

 これだけ目立つ色合いなのに、「南瓜」は決して風景のなかに、うるささを感じさせない。そこがほんとうに不思議なところだ。

 近くには、こんな感じに、人のあまりいないビーチが広がっていたりもするのだけど、

 自然の色合いの中に、静かに調和して佇んでいる。

そして再び宮浦港へ

 ここから、順序良く「アートの島」のこのエリアを巡るのなら、杉本博司ギャラリー 時の回廊→ベネッセハウス→ヴァレーギャラリー→李禹煥美術館→地中美術館という順序になる。

 地中美術館を訪ねたあと、30分をかけて宮浦港まで歩くと、ちょうど島をぐるっと一周したことになるのだけど(はじめにレンタサイクルを借りて自転車で周るという手もある)、

 たいていの場合は、ベネッセの無料バスを利用して、つつじ荘前まで戻り、そこから再び町営バスに乗って、港に戻ることになる(町営バスは、宮浦港からつつじ荘までの、ほぼ同じ道を往復しており、島を周遊はしない)。

 港では再び、「赤かぼちゃ」と再会。

 「赤かぼちゃ」に始まり、黄色い「南瓜」を訪ねて、再び「赤かぼちゃ」で終わる、直島の旅。



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