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私小説 [朝寝とんかつ]

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自分が書いた私小説まとめです。
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2020年5月の記事一覧

眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

 乳児は眠る。日に何度も眠る。眠ることが彼らの成長の一助となるのだ。ここにもまた、強い睡魔に襲われし男児がいた。そしてその子を寝かせるまいと必死に挑み続ける母親の目は、既に死んだ魚のそれのように暗く澱んでいた――。

 時は令和、新時代の幕が開けた頃。季節は梅雨、その晴れ間。一人の男児が元気な産声を上げた。髪は少なく、顔はマイルドなゴリラのような顔をしていた新生児であった。私の息子である。生まれた

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深夜のオムツ事情[私小説/ショートショート]

深夜のオムツ事情[私小説/ショートショート]

 近々三歳になる娘が、二十三時頃に呻き声をあげ始めた。
「お布団……お布団……」
はいでしまったらしい掛け布団をかけてやる。その数分後、
「お布団……お布団……」
仕方ないのでまだ途中だった皿洗いは放っておき、娘の隣で寝ることにした。すると数分後、娘は足をバタバタと動かし、掛け布団をはいだ。
「お布団……お布団……」
掛け布団をかけてやる。が、また数分後に足をばたつかせる。
「お布団……お布団……

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二歳児警察官[私小説/ショートショート]

二歳児警察官[私小説/ショートショート]

 「あ!犯人が逃げたじょ!」
 事件は唐突に始まった。犯人からすれば、それは周到に用意した予定通りの犯行かもしれない。だがそれ以外の人々にとっては、それは常に突然の出来事なのである。

 「犯人逃げちゃったの?どうしよう……」
 困り果てた女性に、女児が声をかける。
「警察を呼ぶんじょ!」
言われるがまま、女性は警察を呼んだ。
「助けてー!娘ちゃん警察ー!」
女児はその言葉に呼応するように、その場

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平日朝、中央線通勤特快と便意と新宿駅と私[私小説/短編]

平日朝、中央線通勤特快と便意と新宿駅と私[私小説/短編]

 私は悟った。私に足りないものはきっと感謝であると。これからは感謝を欠かさず生きよう。この世の全ての人に感謝を、そしてそれを気づかせてくれた私の消化器官に感謝を――。

 狭いワンルームに置かれたシングルベッドの上、あまりの暑苦しさに私は目覚めた。時計を見ると時刻は六時五十五分であった。六時……五十五分?私は知っていた。会社に遅刻せずに済むには、立川駅を七時十九分に発つ通勤特快電車に乗るのが最終手

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自死した恋人を振り返って[私小説/短編]

自死した恋人を振り返って[私小説/短編]

(※大半を無料で読めます。知人にnoteのサービスを紹介するにあたり、私が病んでいる部分を読まれてしまうと恥ずかしいので、後半部分だけを有料化しました。)

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 彼は虐待されていた。暴力による支配を受けていた。それは彼が物心つく前から起こっていたことで、彼にとっては当たり前だった。彼の家庭での記憶のほとんどは、暴力を振るわれている記憶ばかりだった。その暴力に対して彼が思うことは、ただひたす

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