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『季節の変わり目、世界の入り口』 ショートショート

 ああもうすぐ日が暮れる。
 辺りは茜色。
 僅かに冷えた空気。
 河川敷から見上げたうろこ雲はそのちぎれた形状だけで、もう秋かあ、と得心する。
 たったのそんなことで、ちょっぴり感傷に浸って。

 秋だからと言って塞ぎ込む理由にはならないのに、不思議だ。秋めいた情景が自分をどこか別の世界へ連れて行ってくれるんじゃないかと変に期待してしまう。

 河川敷近くの道路を歩いていたら、うっかりいつもの道と間違えてしまって、慌てて辺りを確認すると似たようで違う町にいたりして。
 実はそれが同じ世界の〝日本〟ではなかったり。
 秋になった日照時間のほんの短さを利用したそこの地域の神さまが、悪戯ゴコロで暗がり路を演出する。

 これは、ただの、季節の移り変わり。

 。真冬に向けてお祭り気分が高まるから、少し肌寒くなってきたところで、余興と言わんばかりに誰かを別世界へ招き入れる。
 でもすぐに元の場所へ返してもらえる。

 は夏で、小学校の頃の夏休みのようにいつか緑いっぱいの田舎へ飛んで神隠しに遭うんじゃないか、なんて突拍子もない妄想に取り憑かれる。するとほんとうに田舎のおばあちゃんに出逢えちゃう。

 になったら、冷え切った空気が肺に入ってピンと張り詰めた糸みたいに世界がいったん休止しちゃうんじゃないか、なんて杞憂を覚える。
 息を止めないように静かに呼吸をしていくと、この世界は守られている気がする。

 は生死。
 蔓が生き生き伸びる一方で、はらはらと舞う花弁。
 世界は綺麗に新緑だの花見だのって彩られていくのに、新学期、新年度、異動、引越し。ああ疲労困憊。
 不貞腐れ気味に歩くと、
 ぽかぽか陽気の中ふっと体が消える。
 流れる花弁と一緒にふわっと浮いて、
 別世界のお花畑にいたりして。

 パラレルワールド、並行世界、あってもいい。
 人間の限られた頭脳と視覚聴覚だけでは、到底たどり着けない。視ることはできない。あるかないかを触って形にするのは、きっと悪魔の証明。

 同じ時間、同じ場所。
 ただ、違う世界の座標で、それが起こっている。
 多重に重なり合ったところで、あなたは何をしている? ひょっとしたらどこかに入り口があったりして。

 季節の変わり目。
 パラレルワールドの入り口。
 さて、世界へ迷い込む季節です。

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