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塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えてシリーズ

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以前にnoteで公開したお仕事小説「ワーク、アフェア、ジョブ」をリメイクしたものです。読み返して自分に刺さったので、もっと納得いく形に推敲を追加で重ねた物です。ストーリーの流れは…
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塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて

塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて

あらすじ
手術室看護師として働く塚山りりかは、日々の変わり映えしない激務をこなしていた。そんな中、新年を迎えるにあたり新しいスタッフも増えるので、多少の変化が期待できた。ところが、それはとんでもなく、りりかの知る世界を変える変化だった。世界を襲うパンデミックと、共に戦うはずのスタッフがまさかの非協力的など、かつての世界に別れを告げなければならない事ばかりだった。それでも遂には激変した世界に適応して

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塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて あらすじ

塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて あらすじ

手術室看護師として働く塚山りりかは、日々の変わり映えしない激務をこなしていた。そんな中、新年を迎えるにあたり新しいスタッフも増えるので、多少の変化が期待できた。ところが、それはとんでもなく、りりかの知る世界を変える変化だった。世界を襲うパンデミックと、共に戦うはずのスタッフがまさかの非協力的など、かつての世界に別れを告げなければならない事ばかりだった。それでも遂には激変した世界に適応していくのだっ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:エピローグ「展望のきく地を遥かに去って」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:エピローグ「展望のきく地を遥かに去って」

      “2021年 嘱望”

 塚山りりかがズレてきたマスクの位置を直すと、手に持ったケーキがかさりと音を立てた。地元で定番のチェーン店が始めていたテイクアウトメニューに、季節のケーキが加わったので、それを楽しみに帰る所だ。

 心なしか足取りは軽いが、徹夜明けである事には変わりない。
 緊急手術をフルPPEで対応できるようになってから、それらを着用した手術が入るようになった。ただでさえガウ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第5章「共存と確執は静かに同居する」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第5章「共存と確執は静かに同居する」

       “2020年 慣性”

 伊治原京子はすっかりひと気のなくなった記録室で、自分の机に座っていつものように麻酔学会誌を読んでいた。隣では熊田が電子カルテを操作している。

伊治原は部下と看護師からのパワハラを訴えて以来、ついには瑠偉を完全に手術室へ出入り禁止にしていた。にも関わらず、スタッフたちには無邪気に話しかけてくるのだった。人手がなく忙しいから協力していただきたい、と。

 
 

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その3「言葉は使い方次第」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その3「言葉は使い方次第」

       ”2020年 鎮火“

 下根が来なくなってしばらくして、斉藤がまた病んで出勤できなくなった。そして、伊治原麻酔科部長から出勤するか退職するよう迫られた、と手術室看護師たちは瑠偉から伝え聞いた。

 n95マスクとゴーグルを装着しての気管挿管介助に慣れた頃、りりかが記録室で電子カルテを見ていると、瑠偉が伊治原に対して麻酔手技の根拠と手順について意見しているのがドアごしにうっすら聞こえ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その2「激変した世界と付き合うには」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その2「激変した世界と付き合うには」

      ”2020年 憤激“

「ええ~?挿管と抜管の時にn95とゴーグルをつけるんですか?」
マニュアルの読み合わせをしていると、静男が、まさか!冗談でしょう、というような反応を見せた。
それもそのはず。n95マスクを装着する手術など、結核患者の対応以外に経験が無かった。しかも数年に一回有るか無いかの頻度だ。しかし、気管挿管や抜管の際にエアロゾルが発生するとなっては、そのようにして感染対策を

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その1「狼煙を上げてみたものの」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その1「狼煙を上げてみたものの」

       “2020年 賽は投げられた”
 この病院の手術室の感染対策を任されている斉藤が、熊田主任と共に、インターネットで拾い上げて来た各学会の感染対策情報を整理して久しい。
「いやー先生がいて助かるわー。私だけだとこんなに症例報告とか集められないもの」
 熊田はにこにこしながら斉藤を労っていた。ここ最近の手術室の急激な変化に、斉藤はまた休みがちになっていたのだ。今は、収まったとはいえ、次の

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その2「制限と|伴《とも》に」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その2「制限と|伴《とも》に」

     “2020年 波紋”

 「砂肝さんも子どもたちの学校が休校になるので休みになります」
終礼報告で砂肝から連絡を受けたりりかが告げると、スタッフたちはざわついた。そこに感染対策室からの手術制限の通知を熊田と斉藤が告げるとさらにざわついた。
「手術制限?じゃ、オレたちは何をするんだ?」
静男が抗議するように声を上げると、熊田は続きを聞くようにと目配せした。

「と、いうわけで院内応援に行く

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その1「激変、劇変」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その1「激変、劇変」

“2020年 ほころび”

 パンデミックが宣言されて以来、病院の様子は変わっていった。発熱外来が新設され、通常業務と並行して稼働しているし、院内放送では1時間ごとに感染対策を呼びかけるアナウンスがかかっていた。合間に患者急変を知らせるチャイムが鳴ると、どの知らせか分かりにくいのでとチャイムが変更されたり、近隣の病院が救急外来の受け入れを制限したため受け入れ患者数が増えて手が足りないので院内応援の

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第2章その2「その歴史は繰り返すか」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第2章その2「その歴史は繰り返すか」

    “2020年/2019年度 疾風怒濤の”

 手術の終わった部屋を片付けながらりりかはふと、昨年末のニュースを思い出した。武漢市の感染症は確か新型のウイルスだったはずだが、このご時世、そいつの越境は容易にできてしまうのではないか?
 一度気になると妙に仕方がなかったので休憩時間にテレビを見たが、持続可能な経済開発についての話題が繰り返されているだけだった。いや、一瞬だけワールドニュースのコ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第2章その1「事の始めに事がある」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第2章その1「事の始めに事がある」

     “2020年/2019年度 仕事始め”

 年初、仕事始めは怒濤の如く開幕した。緊急手術に次ぐ緊急手術で看護師たちは走り回り、後回しになった予定手術が積み重なっていき、休憩時間はどんどん削られていった。しかし、何事も終わりがあるように、その波を乗り切ればまた凪が戻ってくるのだ。

「なんなの、この忙しい時とそうじゃない時の差は」

 全部で6部屋ある手術室のうちの一室で電子カルテを操作し

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第1章その2「ワーカホリックにつける薬は」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第1章その2「ワーカホリックにつける薬は」

    “2019年 仕事納め”

「疲れたー!」

 そう言ってこの日のリーダーである静男が休憩室に入ってきた。
りりかは休憩中だった。静男はりりかを見るなり彼女が担当する午後の手術についてあれこれ言ってきた。りりかは休憩中は仕事について考えたくない派だったので、内心では不承不承、先輩の静男に合わせて相槌を打つのであった。

「…嫌そうだな?」

どういうわけだかこの男はこういったことにすぐに気

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第1章その1「会話の潤滑剤に下ネタはやめていただきたいが」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第1章その1「会話の潤滑剤に下ネタはやめていただきたいが」

      “2019年 昵懇”

「おー、昨日はお疲れさーん。ちょうどつかやんが話題になってたとこだぜ」

 翌日りりかが出勤すると、さっそく手術室の先輩である尾花静男が声をかけてきた。それともう1人、静男と一緒にいたのは昨日のあの修羅場で共闘したレジデントスタッフだ。名前を原久瑠偉と言うのだが、静男に色々とどんなに大変だったか話していたようだ。瑠偉は、りりかを認めるとまるで宴会場で会ったかのよ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:プロローグ

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:プロローグ

 塚山りりかは険しい表情で抹茶ケーキをつついていた。
ケーキを思いきり、ひと思いに頬張りたいのに、つついた端から地滑りのように崩れてボロボロになるので、結局はちまちまと食べざるを得ないのだ。
 それに今は修羅場明けで、遅い朝食をなんとか終えたところであるのも、表情が険しくなる要因の1つだろう。
 さらに、使っているフォークと相性の悪い洒落た焼き物の皿が、何気なく擦れるたびにキーキーと不快な音がする

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