このたび、LDH様所属のダンサー兼シンガーとしてパフォーマンスさせていただくことになりました、八兆にそ翔です。よろしくお願い申し上げさせていただきます。 小学生の頃からずっとテレビでEXILEさんの御パフォーマンスを拝見させていただき、御歌や御ダンスだけでなく、HIROさんやAKIRAさんを始めとさせていただいたメンバーの皆さんの御生き様にも、深く感銘を受けさせていただいておりました。 いつかメンバーの皆さんと同じ舞台でパフォーマンスさせていただくことを人生の目標にさせ
男は鉄橋にいた。深夜もド深夜、真っ赤に塗られた鉄橋にいた。 ――ここから飛び降りてやろうか。『トーマの心臓』の冒頭のように、いっそ劇的に飛び降りてやろうか……。 男はミュージシャンだった。「売れないミュージシャン」という呼称はもはや現代的ではない。男は「食っていけないミュージシャン」だった。 ほんの2年ほどメジャーレーベルに在籍していた時期はあったが、思うほどには稼げぬまま契約を切られ放り出された。廃業する気になれず自主制作を開始するも大して稼げず、日照りの日々が続
十三にある小さな映画館でえげつない映画を見たあと、俺は柄にもなく、隣に座っていた女に声をかけてみた。それくらいえげつない映画だったのだ。 女の反応も悪くないものだったので、俺たちは高架下のざっかけない居酒屋に場所を移し、酒を飲みながらひとしきり映画の感想を話した。 映画の話題も尽きたころ、不意に女が「自分には今好きな人がいる」と言い出した。どうやら長らく恋愛話の聞き手を欲していたらしい。 彼女の片思いの相手は、手の届かない世界にいる男で、どうアプローチすればいいかも分
「はあい皆様おまたせしました! 本日も潮竹(しおたけ)水族館にご来場いただきまして、まあことにありがとうございます! ただ今より、ラッコくんたちのもぐもぐタイムを始めたいと思いまあす!」 私がラッコのエサやりショーのお姉さんになって半年が経つ。躁状態の口上にもすっかり慣れてしまった。 「はい、ではですね、もぐもぐタイムを始めるまえ、に! 皆様に楽しくラッコくんたちをご覧いただくために、守っていただきたいことがあります!」 イルカショーをやりたくて水族館に勤め始めたのだが、
※2015年夏に書いたものです。 日本中のアイドルが一同に集結する、超大規模イベントの開催が発表された。 参加資格はアイドルという肩書きで活動した前歴があること一点のみ。どのアイドルも同じステージで、フルで一曲分のパフォーマンス時間を与えられる。 さらにこのイベントの全ステージが、全国ネットの地上波で余すことなく生中継されることも決定していた。 未だかつてないこの大祭に、全国のアイドルファンが色めき立ったのは言うまでもない。しかしそれ以上に快哉を叫んでいたのが、
田嶋陽子が死んだことを知った瞬間、僕の体はどんっ、と宙に浮いたような衝撃に見舞われた。 それは、大学の友人たちと朝までカラオケをした帰りだった。早朝の街のカピカピした空気の中、僕らはガラガラの喉でヘラヘラと笑いながら始発電車を待っていた。 ふと、僕はスマートホンを手に取り、夜のあいだ放ったらかしにしていたSNSにアクセスした。親指でつよつよとタイムラインを下っていくと、突然、有り得ぬ文字列が僕の目に飛び込んできた。 【訃報】女性学研究家の田嶋陽子さん死去 フェミニ
カーテンの向こうに、新鮮な光の気配がある。 眠気に鈍麻した聴覚を、スズメの声がかしましく刺激する。 ああ、また今日も、俗に「朝」と呼ばれるあの忌々しい時間がやってきてしまったのだろう。まだまだ眠くてたまらない俺は、一層深く布団に潜り込んだ。 目覚ましのアラームは鳴り始めて1秒もせずに止めてある。この華麗な早業を半ば無意識のうちにやってのけるところに、低燃費で生きる人間としての熟練とプライドが垣間見えよう。もしこの世界に低燃費の神様とやらが存在するとしたら、俺のような男
「なんか、手伝ってもらうの、悪い気がしてきた」 「いやいやいや、いいんだって、実際あのノート見してもらえなかったら単位死んでたし」 大学が夏休みになった直後のよく晴れた平日、私は学部の友人であるユリの下宿にいた。 部屋には私とユリと、巨大な段ボール箱が3つ鎮座している。 「こういう内職っぽい内職って私も初めてだなあ」 「うん……」 学業の恩義を果たすため、私はユリの内職を手伝うことになった。夏休みなんだから普通に短期のバイトでも入れたほうが手っ取り早い気もするが、インド
いわゆる、あれは何だったんだろう系の体験談である。 数年前の、とある日曜日と月曜日の境目の深夜のことだった。僕は自分の部屋でうだうだと夜更かしをしていた。 つけっぱなしのテレビでは、もう何分もCMが続いていた。 何かこう、深夜らしい良い感じの番組は他にないものかとリモコンを手にした矢先、CMが明け、真っ白な画面にぽつんとひとり、茂木健一郎が現れた。 「これから脳にいいモノを紹介したい。脳にいいモノの中でも、笑いの感情は特に脳にいい。そして私は、脳にいいお笑い芸人を知
子供の頃から不惑を過ぎた現在に至るまで、おれは怪獣とヒーローの世界に女がしゃしゃり出ることを忌々しく思い続けていた。 特撮の世界というのは、男の子の、ひいては男の世界であり、女どもは添え物の域を超えてはならない。それがおれの持論だ。 領分をわきまえない女、あるいは雌どもを、おれは今日まで遠慮なく糾弾してきた。 例えば有名どころではウルトラマンAだ。切断の貴公子と呼ばれるAは、北斗星司と南夕子という男女のアベックが合体して変身する。ウルトラマンに半分女が混ざることに何の
グラスに焼酎を半分ほど注ぎ、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出した瞬間、電話が鳴った。 電話の主は教頭だった。 「ああ、お疲れ様です」 窓の外は夕方とはいえまだ明るい。こういう時間に教頭から自宅に電話が来るのは、決して好ましい事態ではない。 「何か、起きましたか?」 案の定、俺が担任するクラスの生徒が万引き現場を押さえられたので、店まで行って引き取ってきて欲しい、とのことだった。すでに自宅でくつろぎ始めていたところへの、緊急招集である。 俺は落胆を悟られぬよう神妙
僕としばたは週に2、3度顔を合わせる関係だが、僕がしばたについて知っていることはとても少ない。 僕の職場から家までの道のりに、1軒だけコンビニエンスストアがある。 仕事帰りに立ち寄ると、レジには必ずしばたが立っているのだ。 しばたは色白でやせ型の男で、あごに大きなほくろがある。後ろ髪や耳周りを綺麗に刈り上げているが、ツーブロックと呼ぶにはあまりに品行方正な髪型だ。ワンサイズ大きい制服のシャツに、ベージュのチノパンとスニーカーを合わせている。胸のネームプレートには「し