五十音順アイドルフェス

※2015年夏に書いたものです。

 日本中のアイドルが一同に集結する、超大規模イベントの開催が発表された。
 参加資格はアイドルという肩書きで活動した前歴があること一点のみ。どのアイドルも同じステージで、フルで一曲分のパフォーマンス時間を与えられる。
 さらにこのイベントの全ステージが、全国ネットの地上波で余すことなく生中継されることも決定していた。
 未だかつてないこの大祭に、全国のアイドルファンが色めき立ったのは言うまでもない。しかしそれ以上に快哉を叫んでいたのが、芽の出ないアイドルを抱える事務所のスタッフたちであった。
 このフェスは未曾有の大チャンスだ。今までどんなに頑張っても動員150がやっとだった自分たちのアイドルを、ほぼ無条件に万人規模の会場で躍らせることができる。しかも全国中継のおまけつきだ。
 身の丈に合わない大舞台にファンは不安かもしれないが、プロデュースする側は違う。上りうるステージには、上っちまった方がいいに決まっているのだ。

 参加アイドルのエントリーが開始された。人数に制限は無し、ただし複数のグループを繋ぎ合わせた急造ユニットは不可。持ち時間は入退場MC含め最大6分。曲数は1曲(メドレー可)。これらの決まりは全アイドルに等しく課せられた。
 何よりも目を引いた規定は、アイドルたちの出場順がグループ名に拠る五十音順ということである。
 有名無名にかかわらず、ア行のアイドルに始まり、ワ行のアイドルに終わる。奇抜ではあるが、公平感の演出としては申し分ない。何よりAKB関連グループの殆どを「エ」の部分に固めることができるのは、他のアイドルにとってかなりのメリットであった。
 発表当初は反発も少なくなかったが、五十音順によるフェスはすぐに受け入れられていった。

 エントリー開始後間もなく、ある問題が浮上した。
 マ行やヤ行から始まるアイドルたちは出演順が後ろになり、そのぶん時間も遅くなる。フェスは午前中から始まるが、出番は夜になる可能性が高い。となると時間帯によっては、小中学生のアイドルが出演できなくなるおそれがあるのだ。
 該当グループの運営は頭を抱えた。ここぞという晴れ舞台で出られる人数が減るのはかなり困るし、出演自体が危ぶまれるアイドルも少なくなかった。
 そこでいくつかのグループがとった奇策が「改名エントリー」であった。カ行やサ行から始まるグループ名に変更してからエントリーすることで、出演順を早めてメンバー総出演を確定させるというなりふりかまわない方法だ。
 デビューから日の浅いアイドルや知名度の低いアイドルほど躊躇なく改名エントリーを行い、フェス側もエントリー前であれば改名を容認する姿勢を見せた。

 さて、ここで各アイドル運営にある思惑が生まれる。改名エントリーにより出演時間を調整することが可能なら、自分の所のアイドルをア行の最初になるように改名すれば、このフェスのトップバッターを狙えるのではないだろうか、ということだ。
 本来こういったイベントの一番手は損な役回りである。プレッシャーが大きい割に、オーディエンスの集まりや暖まり方が半端な状態でパフォーマンスすることになるからだ。
 しかしここに生中継が入るとなると話は変わってくる。テレビの向こうには「とりあえず最初の方だけ観てみるか」ぐらいに考えている視聴者がわんさかいるはずだ。注目が集まるのはなんといってもトップバッターだろう。
 改名さえすれば、またとないアピールチャンスが手に入る……エントリー前のアイドルはどこもそんな妄想にとらわれた。
 ところが、実際に改名で一番手を狙うグループはいなかった。そのポジションには「アイドリング!!」が内定しているからだ。
 10年超の歴史を持つ老舗アイドルを踏み台にする度胸のあるグループはそういない。ましてアイドリング!!はこれを機に全員卒業して活動を終えるのだ。なかなか食らいついていけるものではない。
 立ちはだかる老舗の壁を前に「まま、変にハングリーにならず普通にエントリーしましょうや」という空気が漂い始めたその時、業界に激震が走った。アイドリング!!がフェスへのエントリーを取り下げ、同日に別の場所でワンマンイベントを行うことを発表したのだ。これにより出演順は繰り上がり、先頭は「アイドル妖怪カワユシ」になった。
 アイドリング!!が消えるなら配慮もへったくれもあったものではない。
 ただちに「アイドルゆめ学園」「アイドルYAMANBA」「アイドルもータウン」「アイドルメジロマックイーン」といった聞いたこともないグループが次々とエントリーし、出演トップを更新し続けた。ただしそれらの奇襲は、「アイドルカレッジ」による真っ当なエントリーによってすべて無駄に終わった。
 それでもトップ争いは収まらない。「アイドルオイスター」「アイドルAC/DC」「アイドル有頂天ガール」「アイドルイップス」といった無茶苦茶な名称のグループが立て続けにエントリーし、その後「アイドル&○○」という形式のグループが10組以上現れた。
 そしていよいよこの争いの歯止めを効かなくさせたのが、「アイップアイップガールズ(本決まり)」による改名エントリーであった。
 「『アイドル○○』で縛りがあったんじゃないのか!」「さすがあそこの運営は汚い!」「それならこっちだって」と不平不満が続出し、熾烈なトップ争いにさらなる拍車がかかった。
 「愛知県からチャリで来た」「あ痛たたリストカッツ」「愛憎入り混じり隊」「愛染カツラーズ」「アイスクリーム」「アイスクリーマー」「アイスクラムチャウダー」「愛新覚羅溥儀」「IC Little Happy」「あいさつ推進委員会」「ICONIQ」「愛犬茶〜茶」「あいくるシーナ」「あいくるシーサー」「あいくるシーア派」「iCloud」「愛☆カワ七瀬」「あいおい本舗」「I-E-A-I-A-I-O」「愛、うりそめし頃に」………………

 どのグループにも、愛すべき名前があったはずなのだ。
 これまで必死に浸透させてきたその名前を捨ててまで一瞬のアドバンテージを得ようとすることが、本当に正しかったのだろうか。

 エントリーが終わる頃には、出演アイドルの3分の2ほどがア行に改名しており、もはや改名していない方が時代遅れであるような風潮が出来上がっていた。フェスのトリは唯一のマ行、松本伊代が務めることになった。
 ビッグネームたちも流れに押され次々と名を変えていった。ももいろクローバーZは特に意味もなく「アバいろクローバーZ」、略してアバクロに改名した。でんぱ組.incは「あんぽ組.anp」に改名し、制服向上委員会と大喧嘩になった。
 極めつけにAKB48が「AKIMOTOS'」に改名し大バッシングを受けたことで、アイドル改名ブームは終焉を迎えた。


 ……さあ、いよいよ始まりました、ジャパンマキシマムアイドルフェス2015! 日本全国から集結したアイドルたちによる夢の祭典! キャリアも知名度も関係なし! 1曲勝負のガチンコステージ! 今宵、アイドルの歴史が大きく変わります!!

 さてさて、フェスというのはただでさえ時間が押しますから(笑)、さっそく栄えある1組目のグループに登場していただきましょう……

 今日、この日のために期間限定で再結成した、ハロー!プロジェクト伝説のユニット!!!

 「あぁ!」の3人です!!!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?