テイル

 子供の頃から不惑を過ぎた現在に至るまで、おれは怪獣とヒーローの世界に女がしゃしゃり出ることを忌々しく思い続けていた。
 特撮の世界というのは、男の子の、ひいては男の世界であり、女どもは添え物の域を超えてはならない。それがおれの持論だ。
 領分をわきまえない女、あるいは雌どもを、おれは今日まで遠慮なく糾弾してきた。
 例えば有名どころではウルトラマンAだ。切断の貴公子と呼ばれるAは、北斗星司と南夕子という男女のアベックが合体して変身する。ウルトラマンに半分女が混ざることに何の価値があるのか、おれにはまったく理解できない。実際ファンからの評判も芳しくなく、番組後半に南夕子は生まれ故郷の月へと飛ばされた。
 ウルトラ怪獣の中にはラゴンやウーのような女性モチーフの怪獣もいるが、一様に格好よさに欠ける。半魚人ラゴンの胸の膨らみを見て我々に何を感じろというのか。そういえばウルトラマンタロウには地球人の少女を宇宙人が改造したメモールという怪獣がいたが、あれは設定云々の前に単純にデザインがまずい。
 ウルトラマンタロウといえば、ウルトラ戦士が瀕死のピンチに陥るたびにウルトラの母がやってくる展開も嫌いだ。
 ウルトラの母はいつもめちゃくちゃに強い新兵器を小脇に抱えてきて、母からもらったその兵器の力を借りてウルトラ戦士が強敵をやっつける、というのお決まりの展開だ。ウルトラの父が格好いいので母の存在自体を否定はしないが、バードンやベムスターが女の助力で倒されたことには納得できない。ユリアンについてはノーコメントとしよう。
 ゴジラシリーズには、ビオランテという文句なしにいかした怪獣がいる。ワニのような巨大の頭部の下から幾本も触手が伸びていて、その触手一本一本にはゴーゴンの髪のように蛇の頭がついている。溜息が出るほど美しく、恐ろしい怪獣だ。
 ところがこのビオランテ、なんと人間の少女の細胞が組み込まれているというのだ。ビオランテはとある科学者の早世した娘の細胞を組み込んだ薔薇に、さらにゴジラの細胞を融合させて作ったバイオ生命体である。つまるところ「娘を生き長らえるさせるための副産物」としてこの世に生まれたのだ。……なんといただけない設定だろう! それどころか映画のクライマックスではビオランテの中でその娘の意識が目覚め、ゴジラや自衛隊に倒される前に自らの意思で宇宙へ消え去っていくのだ。
 ああ、もったいない! こんなにかっこいいのに、こんなに凶悪なのに、ビオランテの体の一部は人間の女で、それどころか意識まで……おれはこのビオランテに関しては、酒を飲みながら2時間はくだを巻けると自負している。
 ゴジラシリーズでいえばモスラも嫌いだ。女(小美人)の歌で呼び出され、人間に肩入れし、せこせこ子育てなんかしてるダサい昆虫である。どうしてあんなのがゴジラやキングギドラに並び立つ扱いなのかまったく理解できない。ガメラだって人間に肩入れしているしゴジラも子育てするだろうという意見もあろうが、そんなことおれの知ったことではない。とにかくモスラは女々しいから嫌いだ。
 ハリウッド版ゴジラにも失望させられた。イグアナのパチモンでなく、新しい方だ。
 ゴジラを迎え撃つ敵役の怪獣、名前をムートーというのだが、これがふざけたことに雌雄一対のつがいとして登場するのだ(しかも雌の方が大きい)。彼らは別々の地で誕生しサンフランシスコで合流する。その後ひとしきり男女の関係を見せつけて巣を作り、おまけに産卵する。終いにはゴジラと交戦中に米軍がその巣を爆破したことによって錯乱し、あっさりと敗北するのだ。
 まったく、どうしてもっとシンプルに、強くてたくましい怪獣同士のぶつかり合いを見せてくれないのか! 家族愛なんて二の次、三の次だろう! おれにとっては、映画館の椅子に最後まで座っていられたのが奇跡としか言い様のないおぞましい経験だった。
 昨今の特撮についての細かな不満は他にいくらでも出てくる。
 戦隊ヒーロ-の男女比が3:2で固定になったのはいつからだろう。せっかくセクシーな女幹部の枠が廃れかけたというのにこれでは意味がない。
 ライダーは女に主題歌を歌わせる必要性を感じないし、なんとかガールズなどといったユニットで金儲けをするのは最悪だ。仮面ライダーはガキのプロモーションビデオではない。
 少し特撮とは外れるが、トランスフォーマーシリーズで、アイドルの小娘たちが玩具と触れ合うミニコーナーを本編を削ってまで放送して一体なんになるというのか。視聴者には大人の事情を鑑みる義理などない。
 おれは少なくとも女嫌いではないし、男尊女卑的な思想に傾倒するものでもない。ただ、こと特撮という愛すべき文化においてのみ、おれはそこらのマニアとは違うピーキーな女性排斥主義者であると自覚していた。曽我町子先生のような偉大なる例外は存在するが、原則、特撮に女は不要と断言したってよい。
 おれはおれ自身の異端を愛していた。おれ以外の歳食った特撮マニアというのは、どいつもこいつも未だにアンヌ隊員のパツパツのコスチューム姿でノスタルな自慰にふける腑抜けばかりだ。そんなどうしようもないやつらとおれを一緒にされては困るのだ。

 愚痴が長くなってしまったので、そろそろ事件について話をしよう。
 その日、工場の仕事が首尾よく済んだおれは、いつもより早くアパートに帰ってきた。早く帰ってきたからといって独身男の暮らしに何があるわけでもなく、おれはいつも通りチュウハイの缶を開けて万年床に寝そべり、目的もなくテレビをつけた。
 夕方のテレビはどこも情報番組だったが、チャンネルをあれこれ変えていると、画面にウルトラマンが映った。
 そういえばこのくらいの時間帯に、ウルトラマンの番組が放送されているんだったか。過去シリーズの再放送ということでチェックしていなかったが、その存在だけは知っていた。
 ところが画面の中では、俺の見たことがない新しいウルトラマンと新造の着ぐるみが取っ組み合っている。まごうことなき新規の映像だ。
 これは嬉しい誤算! おれは体を起こしてしっかりと番組を視聴することにした。
 のす、のす、と重厚感のある歩みとともに、ゴモラが登場した。
 ウルトラシリーズ初の前後編ストーリーに登場したこの怪獣は、数多いる怪獣たちの代表格としていまだに根強い人気を誇る。三日月型の角、ずんぐりとたくましい体型、無闇矢鱈にトゲの生えた恐ろしい腹部、そして巨大で強力な尻尾。そのどれもが格好いい。時代を超えて暴れまわる雄々しい姿を、おれは何十年ものあいだ深く愛し続けていた。
 砂煙を巻き上げながら前進するゴモラ。新造された着ぐるみも良く出来ている。これぞ特撮、といえる迫力の映像に、おれは久しぶりにわくわくした。
 ところが次の瞬間、我が目を疑う事態が起きた。
 ゴモラの胸のあたりが、ぎゅん、とクローズアップされたかと思うと、突如画面に金髪ショートヘアの女が現れたのだ。
 女はサイバーとボンデージを混ぜたような露出過多の格好をしており、無表情で亜空間に佇んでいる。ゴモラの中にこの女がいる、ということだ。
 女が片手を前にかざす。呼応するようにゴモラが走りだし、ウルトラマンに飛びかかる。
 ゴモラがダメージを受けると、女の苦悶する表情がカットインする。
 女が「離せ」と叫ぶと、ゴモラが激しく身をよじる。
 おい、待て。
 おれの背中と胸元に嫌な汗が滲みはじめた。
 考えたくもないことだが、つまるところゴモラは、この下品なナリの女の下僕として、“着ぐるみのように操られている”のではないか……。
 おれはうわあっ、と叫び声をあげ、慌ててテレビを消して布団に潜り込んだ。
 信じられないことだった。あの強くて格好いいゴモラが、オフィシャルの、本編で、あんなよくわからない女の意のままにされている。かつてステゴロでウルトラマンを圧倒し、大阪城を粉砕したあのゴモラが、おれのゴモラが……。

 深夜に目が覚めたおれはパソコンを立ち上げ、ウルトラマンにいったい何が起きているのか、吐き気をこらえつつ調べた。
 結果、おれにとってはあまりに悲惨な情報がわらわら出てきた。
 現在放映しているシリーズは、人間の少年少女たちが往年の名怪獣に乗り移って戦う設定だということ。
 おれの見た金髪の女はクール星人が作ったアンドロイドで、ゴモラやレッドキングに乗り移ってウルトラマンの前に立ちはだかるということ。
 アンドロイドを演じているのは『ろんぱ組』というアイドルグループに所属する、最中もなという名のふざけた女であるということ。
 ………ああ、おれが愛したウルトラシリーズはもう終わってしまったのだと強く実感し、おれの目から涙が溢れてきた。
 ゼアスあたりから何かおかしい流れがあるぞと思い続けてきたが、とうとうこんなことになってしまったとは。
 女、それもピット星人のような異形ではない性的に媚びた姿の痴女に、あろうことかゴモラやレッドキングといったストロングなアウトロー怪獣たちが人形扱いだなんて、あんまりにもあんまりだ。
 今の子供たちはこの体たらくをどう感じているのだろうか……。
 そうだ、そういえば、この間のハイパーゼットンの映画だって、同じような面構えをしたアイドルの小娘たちがうじゃうじゃ出てきて、不必要に重火器を振り回していた。
 ウルトラ怪獣萌えキャラ化プロジェクトなんていうゲロのような企画が着実に進行しているという話も聞く。
 今の子たちはもう、こういう状況にすっかり慣れてしまっているのかもしれない。いや、確実に慣れっこなのだ。
 いつだって、いつだってそうだ。おれが目を離したすきに、ヒーローも怪獣も、おれを置いてどこかへ行ってしまう。
 少なくともおれの心はまだ、まだまだ、あの頃と同じ少年のときめきをたたえているというのに。
 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして………………。

 いろいろ考えた結果、おれは最中もなを殺すことに決めた。

 新宿アルタという場所におれは生まれて初めてやってきた。
 今日ここで、ろんぱ組ニューシングル発売イベント、いわゆる「お渡し会」が行われる。あの失意の夕暮れからすでに4ヶ月が経っていた。

 あの日、最中もなを殺害して自分の中のヒーローと怪獣を護ることを決意したおれは、手始めにろんぱ組について徹底的に情報をかき集めた。インターネットを漁れば彼女たちの出自や活動の履歴、インタビューやファンコミュニティが腐る程出てくる。
 メンバーそれぞれのSNSアカウントもフォローしたし、CDやDVD・ムック本などは中古屋を巡ってひとしきり揃えた。
 おれはあっという間にろんぱ組博士になった。
 調べているうちにいつの間にか大ファンに、などといった虫のいいことは起こるはずもなく、俺の心にはタールのような憎しみが累積し続けた。ヒッポリトタールだ。
 ろんぱ組の小娘らはみな、かつて引きこもりやネット廃人といった日陰者として過ごした経験があるという。そんな彼女らがマイナスから出発し、地下アイドルを経由してワールドワイドな表舞台へ飛び出した、という華麗なる逆襲譚がろんぱ組のセールスポイントだ。
 そしてその活動の核にあるのは、好きなことを貪欲に好きであれ、という強い理念らしい。
 なるほど、彼女ら(と彼女らを取り巻く商売人ども)は、表舞台に魂を売り、ついに他者の「好き」を排斥する立場にまわったわけだ。
 それなら今度は奴らが逆襲される番だろう。
 おれはろんぱ組のファンクラブに入会した。

 アルタで行われるイベントは二部構成になっており、第一部がトークイベント、第二部にお渡し会となっている。CDを購入したファンにアイドル自身がCDと小さな色紙を手渡してくれるという催しだ。
 どんなアイドルにも直接会う機会が用意されているというのは本当に良い傾向だと思う。おかげでおれは今日、本懐を遂げることができるのだ。
 会場には抽選で選ばれた300人ほどのアイドルおたくが集まっていた。
 みなチェックのネルシャツやワンサイズ大きなジャケット、あるいはワンサイズ小さなTシャツを汗ばませ、アイドルたちの登場を今か今かと待っている。
 彼らの顔つきは心なしおれに似ていて、おれの心に追加のヒッポリトタールが注がれていく。生乾きの衣類と鉛筆削りのコナを混ぜたようなおたくの悪臭が、おれをより惨めな気持ちにさせた。
 やがてトークイベントの開始が賑やかにアナウンスされ、ろんぱ組のメンバー6人が舞台上に登場した。その名の通り全員が内斜視で、それが男どものフェティシズムに合致したのだという。
 目の前で見るメンバーの顔は意外に粉っぽく、平均年齢の高さが如実に表れていた。
 お喋りの内容は心底どうでもよかった。当然ながらおれは彼女らの未来にも思想にもまるで興味はない。周囲のおたくどもはいちいち大げさに手をたたいて笑ったり、「おおー?」だの「ええー?」だのと楽しげに声を揃えている。やかましい。殺すぞ。
 おれのお目当ての最中もなは終始おとなしかったが、たまに口を開くと変にやかましく、「ぼく」という一人称が鼻についた。つくづくあれに乗っ取られたゴモラが不憫でならない。おれはその会場でただひとり、ひたすら奥歯をきしませ続けていた。
 トークイベントは1時間足らずで終了し、簡易ブースの設営が急ピッチで始まった。
 いよいよお渡し会が始まる。CDを渡してもらうのではない。おれが最中もなに、引導をお渡しするのだ。

 今日までおれは、いつ、どこで最中もなを殺すべきかについて徹底的に思案していた。
 その気になれば、彼女の住居を突き止めて寝込みを襲うことだって不可能ではない。
 しかし、見せしめと抗議のためにもより大勢の前で殺すのがふさわしいと考え、おれは首都圏でのファンイベントに的を絞った。ライブより容易に近距離に立てるのも都合がいい。アルタのイベントはまさにうってつけだった。
 具体的な殺害方法についてはさらに考えを巡らせた。
 最初は単純にナイフで刺せばいいと思っていたが、どうにもインパクト不足は否めない。
 勤め先の工場で何か凝った形の得物を自作して、それを腕につけて殺すというのはどうだろうか。ガイガンやバラバの両手のような格好いい武器を想像しておれはうっとりした。
 ところがこれは駄目だった。既にファンイベントでアイドルが刃物で襲われた前例があるらしく、参加者の所持品チェックは想像以上に厳しいらしいのだ。
 おれのような確固たる動機も信念もない大馬鹿者のおかげで、得物の持ち込みは断念せざるを得なくなった。まったく理不尽だ。
 さてどうしたものか。毒ガスや放火では現場の証人を確保できないし、何より自ら手を下す感動がない。いっそこの手で首を絞め殺してやろうか。しかしそれでは時間がかかりすぎる。ただでさえファンがアイドルの目の前にいられる時間は10秒もないというではないか。
 あれでもなし、これでもなし………。
 おれは悩みに悩んだ挙句、あるひとつの妙案にたどり着いた。

 お渡し会は浮かれた雰囲気の中で進行していった。
 おれは紫色のTシャツを着たおたく共に囲まれながら、最中もなの列に並んでいた。
 ひとり、またひとりと列が進み、最中もなとの距離が縮まっていく。
 ああ、ガッツ星人がセブンを殺す時も、今日のおれと同じくらいくらい念入念に計画し、そして自信に満ち溢れていたのだろうか。おれはひとり、戦士の高揚感をおぼえていた。
 にっくき最中もなは、薄笑いを浮かべながらファンひとりひとりに馬鹿丁寧に接していた。呑気なものだ。これからお前はゴモラに殺されるというのに……。
 ついに目の前からおたくの背中が消え、おれは憎むべきアンドロイド――最中もなと、たった40センチの距離に対峙した。
 悪の権化たる金髪刈り上げの女は「きょうはありがとお」などと馴れ馴れしく宣いながら、おれにCDと色紙を差し出した。
 時は来たれり。
 おれは歯を食いしばり、全身の血液を一気に尻へ集中させた。
 次の瞬間、ブブビッ、という放屁のような轟音と共におれのズボンの尻が破れ、その中から、太く、雄々しく、たくましい、肌色の尻尾が勢いよく飛び出した。
 おれの後ろに列を作っていたおたくが、飛び出した尻尾に激突して3人ほど即死した。

 自分に尻尾を生やせば文句なしに最高の武器になる。それがおれの出した結論だった。
 神の一手とでも言うべきこの妙案にたどり着いたおれは、実現のため早速動き始めた。
 来る日も来る日もゴモラのことをイメージしながら「尻尾よ生えろ、尻尾よ生えろ」と頭に念じ続け、月の出る夜には宇宙線を浴びるためにベランダで眠った。
 そういう暮らしをふた月も送ると、あっという間に尻から2メートル超の強靭な尻尾が生えてきた。
 その姿はまさしく愛するゴモラのようで、おれは感動に打ち震えた。
 特撮マニアの想像力を侮ってもらっては困る。ハリボテや整形に頼らずとも、おれは自分自身の意思で、自分に尻尾を生やす事に成功したのだ。怪獣を愛する者は、怪獣になることができるのだ!
 さらにおれの尻尾は自在に伸縮が効く性質を持ち、極限まで縮小すればパンツの中にたやすく収めることができた。ペニスが2本あるような感覚だ。
 そういえば尻尾が生えて以降、元からある方のペニスはいっさい勃起しなくなってしまった。まあ今更どうでもいいことだ。

 ついに今、おれは尻尾を衆目に晒し、無意味におたくを3人も殺めてしまった。
 会場中がにわかにざわつき始めたが、状況を把握できている者などいるはずもない。
 おれは自分の中に怪獣が宿ったのを強く実感し、露払いとばかりに尻尾を左右にぶん、と振り回した。半径2メートル以内のおたく共がぼきぼき音を立てながら吹き飛び、おれの周囲には半円状の無人地帯が形成された。
 それを見た残りのおたく共は、意外にもちゃんとパニックを起こし、敏捷にその場から逃げ出し始めた。空想と現実が曖昧になっている彼らならすべてを見届けてくれると思っていたが、どうやら当てが外れたようだ。写真や動画を撮ろうとする者すらおらず、おれは少し落胆した。
 計画を続行すべく、おれは簡易ブースの向こう側にいるろんぱ組の面々をじろりと見まわした。みな、立ち尽くしたまま顔色を失っている。最中もなも例外ではなかった。
 殺そうと思えばいつでも殺すことはできる。しかしその前に一説打つのが俺の計画だった。
「最中、もなよ!!」
 おれは出しうる限りの声量で咆吼した。最中もなの身体がビン、と跳ね上がる。
「貴様という女は、よくも、愛すべきゴモラを、怪獣たちを、陵辱してくれたな!!」
 最中もなは目を見開いたまま、グロスをべったり塗った唇を無言でぶるぶると震わせた。その姿に冷徹な女アンドロイドの面影はなかった。
「お前、何だその尻尾は!」
 突然、黒いTシャツの屈強な男たちが一斉におれに飛びかかってきた。先ほどまでおたく共をアイドルから引き剥がしていた連中だ。
 取り押さえられるものか。俺はひとりひとりをしっぽで丁寧に薙ぎ払った。
 男たちはキングシーサーよりあっけなく死んでいった。
 勢い余って、トークイベントのゲストとして来ていた作曲家の替玉屋健一にも尻尾をぶつけてしまった。替玉屋は「きゃん」というオカマのような声を上げながら天井に叩きつけられ、重力のまま床に墜落した。彼のかぶっていた小さなハットが、血の軌道を描きながら床をコロコロと転がっていった。

 おれは再び視線を最中もなに差し向けた。
「お前は、お前のような女がゴモラを操ることを、正しいと思うか?」
 尻尾を床にびったんびったん叩きつけながら、淡々とした口調で最中もなに尋ねる。今度は返答があるまで待つつもりだった。
「え、え、え、え、え、なんなんですか? え、え、え、ドッキリ? え、は? はあー? え、はあー?」
 最中もなの隣に立っている、しゃらくさい顔立ちのおかっぱ女がいきなり喚き始めた。確か石見じぇむとかそんな名前だったか。
 癪に障ったので、おれは尻を軽く振って尻尾を石見じぇむに差し向けた。寸止めするつもりだったが目測が狂い、尻尾は石見じぇむのさらに隣にいた女に思い切り激突した。ぱいたそというあだ名の年増女の上半身が吹き飛んだのを見て、おかっぱ女はうつむいて失禁した。
 おれは咳払いをして、冷静に話を仕切りなおした。
「答えてくれ、最中もなさん。あなたのような媚びた女が、ゴモラと一体化することが本当に正しいと思うか? 特撮の未来に、子供たちの夢に、本当に正しく作用すると思うか? おれは思わない。だからこうしてここに来た。さあ、返事を聞かせてくれ」
 おれはきわめて紳士的に、それでいて怪獣的に、最中もなににじり寄った。
 黙っていても解放されないことを悟ったのか、最中もなは振り絞るように言葉を継ぎ始めた。
「ぼくはあの、オファーがあったから、やっただけで、その、断る理由も別になくって、そういう、好きな人のこだわり? とかは、よくわからないけど、精一杯、やっただけで」
 おれは無表情に徹した。
「あ、あと、このあいだ、街ですれ違った子供が、ぼくの顔を見て、あ、悪いおねえさんだ、とか、言ってくるんです、よ。ホントに嫌いだったら、子供たちが嫌がってたら、こんなことって言いませんよね? そう言う意味で、あの、その、ぼくの努力っていうか、熱意っていうか、そういうのも、まあ、伝わっているし、展開としても、ヘンではないんじゃ、ないかな、って…………」
 最中もなの弁はそこで途切れた。
 彼女はおれに渡すはずだったCDをぎゅっと掴みながら、何かに耐えるような表情でおれを睨んでいた。
 ……なるほどね。
「最中さん」おれの口調は穏やかだったと思う。「謝らなかったのは、立派だと思うよ」
 おれは腰をぐいとひねり、尻尾を思い切り左半身に寄せた。それだけでとてつもない風が起こり、壁に貼られたろんぱ組のポスターがばたばたと音を立てた。
 この姿勢から体を思い切り左に回転させ、尻尾による最大パワーの打撃を叩き込む。華奢な女の身体はひとたまりもなく弾け飛ぶだろう。最中もなは晴れて、この世から消え去るのだ。
 目の前のアイドルたちはこの期に及んでまだおれの意図が読めないらしく、立ち尽くすだけで逃げようとしない。
 誰かスーパーヒーローが助けてくれるとでも思ってるのだろうか?あいにくだが今、ヒーローはおれの味方だ……ざまあみろ。
 おれはフルパワーで右足を踏み込み、背負い投げのようにぶん、と体を回転させた。
 たっぷりと遠心力を纏った尻尾がブースをなぎ払ってゆく。最中もなの右隣に並んでいたメンバーたちは次々と尻尾の餌食になっていった。もうすぐ、もうすぐだ。
 ああ、さらば最中もな、ろんぱ組の諸君。
 分をわきまえなかった君たちが悪いのだ。アイドル墓場で存分におのれの悪行を悔やむが良い。
 詫びの言葉は要らない。ただ、怪獣を愛する者たちの前から消えてくれればそれでいいのだ。
 さあ、死んで――

 ちょ、ちょっと待った!

 おれの脳髄の冷静な部分が、おれにストップをかけた。
 おれは慌てて両足を踏ん張り、尻を地面にこすりつけながら無理やり尻尾の動きを止めた。
 尻尾は最中もなにぶつかる前に止まったようだが、彼女がどんな表情をしているかはわからなかった。なぜなら体をひねったせいで、おれは完全に後ろを向いてしまっていたのだ。
 これはまずい。
 敵を倒す瞬間を目視できないというのはまずいのだ。
 自分の背中で敵が死ぬのは、なんというか、流儀に反する。
 ギャバンやジャンパーソンならそれでもいいだろうが、ウルトラマンは敵が爆散したのを確認してから空へ飛び立つものだろう。
 あぶないあぶない。そこはちゃんとしなければ。
 つぶやきながら体を向き直そうとした瞬間、ふっ、と体が軽くなった。
 急激な負担に耐え兼ねた尻尾が、根元から一気にちぎれてしまったのだ。バランスを失ったおれは訳もわからぬまま仰向けに倒れた。
 あんなにたくましかったはずの尻尾は、おれの体を離れた瞬間数センチにまでしぼんでしまった。
 立ち上がり方がわからず、おれは仰向けのまま身をよじった。尻尾がないとどうしていいかわからないのだ。ついさっきまで2本の足で立っていたはずが、怪獣と化したおれにはもはやその感覚が理解できなくなっていた。
 天井からの照明が直接顔に降り注いでくる。まぶしさにうろたえ、おれは手足をじたばたと動かした。
 
 不意に、頭の向こうから「あっ」という最中もなの声が聞こえた。その声のおかげで気づいたのだが、どうやらおれの顔に降り注ごうとしているのは照明の光ではなく、照明器具そのものであるらしい。あれだけ大暴れしたのだ、ひとつくらい機材が外れても無理はない。
 太陽のような照射器がだんだんおれの方に近づいてくる。
 想像より遥かに大きい。あれが頭にぶつかったら即死だろう。驚くべきことに、もうすぐおれは死ぬのだ。

 ……嗚呼、今のおれの状況。
 尻尾をちぎられてバランスを失い、弱ったところを光線に焼かれて死ぬ。
 そうだ、これはまさしく、ゴモラの最期そのものではないか。
 うふふ。うふふふふふ。
 見たか、見たか最中もなよ。これが特撮マニアの心意気というものだ。
 お前はテレビの中でゴモラとシンクロしたかもしれないが、おれは今こうして、現実に、命ごとゴモラと重なりあっている。
 おれの方が、お前よりもずっと、ずーっとゴモラが好きなんだ。

 わかるか、おい。いや、わからなくって結構だ。
 女のお前に、おれの喜びがわかってたまるものか。



#小説

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