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中編「他人の膿」

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中編「他人の膿」(後日談)

中編「他人の膿」(後日談)

「夕、今日はこの映画観よう」
「あ、星空と少女だ」
「知ってるの?」
「……うん。ちょっとね」
「ふうん」

「あんたの言った通り、自殺はいけないね」
「いきなり、どうしたの?」
「私も許そうと思ってさ、色々なことを」
「あぁ、この間の話?」
「うん。だから私、許すよ、色々と」
「……そっかぁ」
「うん」
「そっちだったんだね」
「そっち?」
「ちょっと、研究してたんだ」
「研究?」
「やっぱ

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中編「他人の膿」(最終章)

中編「他人の膿」(最終章)

死んだ後のことを考える。
死んだら「無」になるという認識が私の環境下では一般常識であるし、私もその考えは濃厚だと思う。でも「無」になるということは一体どういうことなのだろうか。眠っている状態?でも眠っている状態が「無」であるならば、「無」であるという意識が途切れずに存在し続けることになってしまわないだろうか。そもそも死んだ人に話を聞いたこともないのに、どうして「無」であると言い切れるのだろうか。

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中編「他人の膿」⑻

中編「他人の膿」⑻

夢を見た。それは過去の夢。鮮明に覚えている出来事。私が過去に一度だけ母親以外の人間に声を出して悪意を剥き出した記憶である。
高校生になってからの話だ。少しはクラスで喋るようになったが、高校に入っても基本的には図書室にいるような私だった。或る日、お昼休みに図書室の前の木の下で一人寂しく購買のパンを食べていると、とある別クラスの男子生徒に声をかけられた。
「ねぇ、君、B組の中村さんだよね」
私は、びっ

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中編「他人の膿」⑺

中編「他人の膿」⑺

「志望動機をお聞かせ下さい」
「御社を選んだ理由は企業理念に共感し~」
でた、いつも通りの暗唱テスト。またそんな教科書通りの感情の無い言葉を吐いている。といっても面接室に入った瞬間、緊張してしまって、自分の口から念のため考えておいた台詞が無駄に出てきてしまう。
二人組の女性の面接官は表情一つ変えない。こんなに人間味のないやつが人間を審査するなんて馬鹿げている。この人達は何を考えているのだろう。こん

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中編「他人の膿」⑹

中編「他人の膿」⑹

朝になってコーヒーを入れた。私は三年前にバザーにて五百円で買ったボロボロのコーヒーメイカーをずっと愛用している。私はコーヒーには砂糖もミルクも入れない。黒くて苦いことがコーヒーの良さだとも思っている。
今日は何も予定が無いから、こんなに早く起きる必要もないのだけれど、朝、目が覚めた時に、「今日だ」と思った。一瞬の閃きや突然の思いつきは大抵朝に起こる。いつもはそんな朝の衝動も「まぁいいや」と思ってし

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中編「他人の膿」⑸

中編「他人の膿」⑸

今日は久しぶりのアルバイト。私はレストランのデータ入力の仕事をしている。文字通りデータを入力する。基本はずっとパソコンをカチカチしている。本店で研修を受けて、この店舗に配属になった為、ここの店舗のデータ入力は私しかいない。だから基本的に放任主義で、シフトを出すというよりは、行きたい時に行ってタイムカードを切り、事務所の棚に溜められた名刺や顧客情報、予約概要などの書類をパソコンに打ち込んで、帰りたい

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中編「他人の膿」⑷

中編「他人の膿」⑷

これは多分、夢だ。私の目の前に、若い女がいた。その女は乳児を大切そうに抱えている。彼女はおっぱいをあげて、飲み終わると乳児は安心したように眠っていた。その乳児に向かって若い女は静かに言う。
「この子は私の子供だ。私の唯一の味方なんだ」
本当に幸せそうな時間だ。

それから突然に場面が切り替わった。
そこには毎日毎日泣き続ける子供とそれに耳を塞いでいるさっきの女の姿。あまりにもうるさい泣き声に女は

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中編「他人の膿」⑶

中編「他人の膿」⑶

中学生の頃、私は学校の図書室にいた記憶が殆どだ。元々、別に本が好きだったわけではない。図書室には、たくさん人がいるのに沈黙が許されたからだ。当時の私は、思い返すと学校で一度も言葉を発したことがなかったんじゃないかと思うくらい静かだった。クラスの人が私を密かに噂しているのも知っていた。言葉を知らない女の子、喋らないんじゃなくて喋れないんじゃないの、そういったひそひそ声を私は常に感じていた。私の身体は

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中編「他人の膿」⑵

中編「他人の膿」⑵

『夕は、それでいいの?』
昨日、星野に言われた言葉が夢の中でずっとループしていた。目が覚めてもループしている。朝起きたら、鈍い頭痛がした。二日酔いかな……痛いな。昨日結局どうやって帰ったのかあまり記憶にないけれど、まぁ無事みたいだからいいか。
鏡を見ると、両こめかみに血管がぐわっと浮き出ていた。そこに生き物が存在しているみたいに見える。なんだこれ?私は心配するといつもネットでとりあえず調べるけど、

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中編「他人の膿」⑴

中編「他人の膿」⑴

「え?まだ観てるじゃん?」
「終わったじゃん」
「エンドロール」
「……」
星野は変なこだわりがある女で、エンドロールの人間の数をいちいちチェックをし、「これは人件費を使っているな」とか「プロデューサー、〇〇と一緒だ」とか、ちょっと変わった目線から作品を観る。星野が呟く。
「この映画は誰も死ななかったね」
「まぁコメディだからね」
私はさっきコンビニで買ってきたポテトチップスうす塩味を鞄から出した

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