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中編「他人の膿」⑺

「志望動機をお聞かせ下さい」
「御社を選んだ理由は企業理念に共感し~」
でた、いつも通りの暗唱テスト。またそんな教科書通りの感情の無い言葉を吐いている。といっても面接室に入った瞬間、緊張してしまって、自分の口から念のため考えておいた台詞が無駄に出てきてしまう。
二人組の女性の面接官は表情一つ変えない。こんなに人間味のないやつが人間を審査するなんて馬鹿げている。この人達は何を考えているのだろう。こんな機械的な面接をしている最中でも、頭の中では「今日のランチこれ食べたいな」とか思っているのかな。もしも思っているなら、少しでもそんな雰囲気を持ったあなたと話したい。機械と面接しているわけではないし、私は人間と話したい。役者のオーディションの時もそうだった。私は人間なのに、あっちは私のことを人間だと思わない。私もあっちのことを別に人間だと思っていなかった。なんだかつまらないなぁ、そんなの。そんなの生きている意味あんのか?人を人だと思わないなんて、かなり矛盾しているよ。だってこのぶすってしている眼鏡の女性だって、好きな人がいて、もしかしたら失恋してしまって、その分仕事を頑張っているのかもしれない。その隣の目の細い女性は私みたいに虐待とか、学校でいじめとか受けていて、必死に生きていたのかもしれない。そういう彼女達だけの物語が絶対にあるはずだ。ならそんなこいつらに私は審査されたい。チェック欄にチェックして、機械みたいなこいつらに内定、不採用を決められるなんて嫌だ。私はもう満員電車から抜け出したい。

……。

「どうしました?」
あれ?……あ、言葉が出てこない。忘れちゃった?…………やだ、嘘でしょ……。
「えっと、わ、私は、その、えっと……や、役者を目指していたのですが、そ、それを諦める覚悟をしました。だからこそ、その道に少しでも近い仕事に就きたいと思いまして」
中村 夕、もっと言葉を選べ。
「それは……妥協ってことでよろしいですか?」眼鏡の女性の鋭い言葉。
「いえ、諦めて、新たな夢を見つけたいなと思いまして」
すると次は目の細い女性が言う。
「でも、役者さんみたいに華やかなことをしている人にしてみたら、この仕事って地味だし、辛いし、給料は少ないし、コンビニでアルバイトしていた方がよっぽど稼げると思いますよ」
もういいや、どうにでもなれ。
「……大丈夫です。先を見てるので」
こんな所で止まってられないんだ、私は。
「弊社のアニメーションは観て頂けましたか?」
「あ、はい!「星空と少女」とても面白かったです。私は普段アニメそんなに観ないんですけど、本当に面白くて、泣きました。だからここに決めました。勇気づけられて、背中を押してくれた作品でした!でも残念だなって思いました。こんなに面白いのに、全然知られていないじゃないですか。知られていないってことは、宣伝面でも、きっとまだまだやれることがあると思うので、私が入社したら、もっと面白いモノを面白いと言ってもらえる会社にしたいです」
「……、そうですか」
あ、やばい。会社の宣伝力を思いっきり否定してしまった。しかもアニメを全然観ないことも言ってしまった。でもこれが本心だから仕方がない。「ここに決めました」発言も上から目線になっちゃったかな。でも嘘で塗り固めてきた私の人生、ここが変われるチャンスなんじゃないか?どうせ不採用で、この人達にはもう会わない。なら後のことを気にせずに人間で爆発したい。中村 夕を見せつけたい。どうせ後でネガティブスイッチが入るなら、この時だけはポジティブスイッチを指で押さえつけててやる。満員電車爆発しろ!満員電車爆発しろ!
「私、給料が少なくても、残業だって、休みだっていりません。何でもやります!根性はあると思います。役者も売れてなければ華やかではなく、ほんっとうに金魚のフン以下な扱いされてたし、過酷でした。だから、もしも御社の基準に満たないで採用されないならそれでもいいけど、採用しないと惜しいことしたなって思えるような戦力になれます!学もないけど、自分もないから、だから…何が言いたいかといいますと……私は一度役者で負けているのでもう負けたくないです。この会社に入りたいです!宜しくお願い致します!」
「……あ、はい」
完全に不審な目で見られた。特に眼鏡に。私は自分の身体が脱力していくのを感じた。
「では、最後に質問はありますか」
「そうですね、特には。もしも一緒にお仕事できるなら、頑張りたいです」
「分かりました。では、面接は以上です」
「……はい」
私が椅子から立ち上がろうとした時。
「あなたは、自分を持っていると思います。これからも頑張ってくださいね」
細い目の女性はにっこりした表情で言ってきた。機械が人間に変わった瞬間だった。少しだけ嬉しかった。満員電車の扉が少しだけ開いた気がした。でも「頑張ってくださいね」って結局は不採用宣言だよね。そりゃそうだよね。
結局、ガバガバなスイッチにてネガティブな気持ちになり、何も考えたくないから星野の待つ部室へ向かった。

「夕、おめでとう」
「え?」
星野は、私の顔を見るなりいきなり言ってきた。
「何が?」
「多分、夕、内定決まったよ」
「なんでやねん」
「顔が違うもん」
星野はそれを言うなり、ピースサインをくれた。内定が決まったかどうかはわからないけれど、星野のその言葉で自分はなんとなく間違っていなかったのかな、と思えた。
それから私達は映画を観て、グダグダして、この時期なのにやっぱりアイスが食べたくなり、カレー屋の日の出来事があっても、相変わらずな感じで笑ってしまう。
「そういえば、昨日テレビ付けたらね」
またいつものように星野が唐突に話し始める。
「ニュースでさ、いじめで自殺した子についてやってたんだよね」
「うん」
「いじめをしてた子は、その自殺した子のことが好きだったからいじめたって言ってたのね」
「うん」
「これってなんか、本質ついてるな~って思ったんだよね」
私は黙って、星野の言葉に耳を傾ける。
「だって、本当に嫌いだったら無視すればいいし、相手にしなきゃいい。だから、いじめはいけないことだけど、どうせ自殺を選ぶんだったら、そのいじめてた人の想いを少しだけ汲み取ってみたら見えるものがあるような気がする。自殺せずにすんだような気がするんだよね」
「それは、どうかな」
「だって、許してあげることも必要だと思う」
「じゃあ、あんたがもし酷くいじめられてたらさ、そいつがあんたのこと好きでやったことだとしても許せるの?他人事だったらなんでも言えるけど、きっとその子達はもっともっと深刻なんだよ。あんたの考える以上に」
私の反論に、星野は手遊びをしながら答えた。
「そうだね。その通りかも……、夕の言う通り」
私は必ず星野が話を続けると思ったから、待った。そしてその先に続く台詞は多分、
「でも」
やっぱり
「でもね、そのいじめられっ子が全員、『自殺』という行為を大っきな声で『許す!』って叫ぶ行為に変えたら、とってもすっきりしそうじゃない?電車のホームとか、屋上とか、お風呂場とか、自殺の名所とかで、そんなことを叫んだら、なんか勝ったって感じするよね」
「誰に?」
「まず、いじめっ子、後は自分とか、社会とか、この先の人生とか」
「ふうん」
私は反論も共感もしなかった。そして適当に過ごして私達は別れた。星野はカレー屋のアルバイト、私は家に帰った。星野の言っていることもわかるけれど、でもその言葉を少年に聞かせたらきっと怒るだろう。彼女は物事を客観的に見過ぎているから。

『いよいよ、明日で最後だね』少年からのメッセージ。明日で一週間経つ。つまり、明後日には彼と私は永遠に繋がらなくなる。
『だね、本当にありがとう。今日、会社の面接頑張ったよ。少年のおかげだよ』
『うん。ねぇ、お姉さん。最後に良かったらお願い聞いてほしいんだけど』
『お願い?』
『明日の夜八時に、一緒に包丁を握ってほしいんだ』
その文章には狂気を感じた。私は最後まで読んだ。
『どこでもいいんだ、場所は。家でも、公園でも、どこでも。ただ、今までの憎い人達を想像して、包丁を思いっきり振ってほしい。僕も一緒に振るから。お呪いというか、最後に思い出。同じ時間にどこかで同じように世界と戦っている人がいる。それだけで僕は今回お姉さんと出会った甲斐があるし、お姉さんは僕の唯一の同志だと思ってるから』
私は少し考えたが『いいよ、わかった』と送った。正直、意味がわからなかったし、別にその時になって、どうしてもできなかったら、やらなくてもいい。やらなくても少年にはバレない。だからあえて否定する必要もない。でも少年はすごく喜んでくれた。それからまたいつかどこかで会いたいね、という絶対に叶わないやりとりをしたり、「星空と少女」の感想を送りあったり、年齢に差があるのに、私達は同世代の友達みたいだった。すると突然、少年から思いもよらない言葉が送られてきた。
『やっぱり、今日退室します』
『え?』
あと一日、あるのに。そんな勿体無い事する必要ないのに。
『なんか気付いたら勝手に削除されてるのって寂しいから』
『だったら、明日しっかりお別れすればいいじゃない』
少し間があってから
『もう決めたから。今日退室する』
とても寂しかった。そしてとても心細かった。でも彼の決心は固いモノだろうし、退室したい人を止める事なんてできない。それがこのアプリの良さでもあるから。
『わかった』
『お姉さん、約束だよ。明日の夜八時、お願いします』
『わかったよ、約束』
寂しい。寂しいよ。
『ありがとう、この一週間楽しかった』
うん、これからもずっと一緒にいたかった。
『私も楽しかったよ』
『僕、お姉さんのことだったら何でも分かるよ。お姉さんと僕はどこにいても何をしてもずっと一緒だと思う。この先もずっと、お姉さんが苦しい時も僕はお姉さんの味方だからね。いつか一緒に「星空と少女」観ようね。僕はお姉さんのことずっとずっと永遠に想ってるからね』
うん……、うん……、ありがとう。

『大好きだよ、お姉さん』
【(少年h)さんが退出しました】

私は、このアプリ『One Week Friend』を削除した。少年以外の人間と会話しても仕方がないと思ったから。そして私は明日の夜八時に少年の約束を実践しようと、そう誓ったのだった。

(続く)

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