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うっかり恋するところだった。

君との待ち合わせは横浜。

駅は仕事終わりの働きアリたちで埋め尽くされている。

着いてまず向かうのは、駅構内のお手洗い。

鏡で身なりの最終チェックをするために駆け込む。

右隣で鏡チェックをしている女の子は背中のジッパーとボタンが止められなくてずーっと両腕をあたふた上げてた。

左隣で鏡チェックをしている2人組の学生さんは両腕あたふた姉さんを横目で見ながらくすくすしていた、学生怖いわ。

目の前に映る女は湿気で浮き出てきたアホ毛をなんとかしようと試みているがどうしようもないので諦めていた。

初めはマスク越しで会うから、目元だけは入念にチェックしておく。

食事の時に口元も見えるから一応リップも塗りたくっておいた。

さて、予定時間より早く着いてしまった。

緊張で気持ちだけがせっかちに進んでいた模様。

君はLINEで今日の服装を伝えてくれている。

結局、私の方が早く着いたから探す必要なかったな。

改札から出てきた君をすぐに見つけられた。

背がずば抜けて高いのと、私好みの白いシャツが眩しかったから。

緊張はあったのに、昔から付き合いがあるかのようにしっくりくるのが不思議だった。

会って5分も経っていないのに、さらっと手を繋ぎ出してくるところもずっと一緒にいる恋人のようだ。

君は気にしていないけど、私の方はドギマギして落ち着かない。

話していたら花屋に寄るのを忘れてしまった。

予約してくれたお店へ向かう前に行くつもりだった。

だって今日は特別な日だからさ。

花がなくても君がいたらそれでいいか。

あとから気づいた君は慌てていたけど、忘れたふりをした私は焦る君を愛でていた。


食事はどれも美味しかった。

君はドリンクやカトラリーの準備、食事のとりわけまで慣れた手つきで進めてくれるもんだから私の出る幕はどこにもなかった。

まるでお姫様になったかのような気持ちだった。

後半になるにつれボリュームと味の濃さにお腹が悲鳴をあげていたが、話が弾んでいたのかペロリと完食してしまった。

せっかく君が一緒にいるんだから、もう少しお嬢様のように小さい胃袋でちょこちょこ食べればいいものを…。

食いしん坊なのがバレるバレる。

毎日やっていた小顔体操も無意味だ。

ダイエットも頑張る理由が明日からなくなる。

仕事のこと、恋のこと、人間関係、生活のこと、いろんな話題が尽きない。

こんなに誰かと話しながら、笑ってごはんを食べたのはいつぶりだろう。

最近はふたりなのに、ひとりでごはんを食べているような時間ばかり過ごしていた。

食事の時間はこうでなくっちゃっ!と笑みが溢れる。

目を合わせて美味しいねを言い合えるこの時間が愛おしかった。

相槌が上手なのは君の経験があるからだろうと頭をかすめる。


なにより嬉しかったのは君がさりげなく私の手元を褒めてくれたこと。

ハンドクリームを毎日塗りたくって、セルフネイルを丁寧にできるように少しずつ練習してきた甲斐があった。

小さな変化に気づいて誉めてくれる君を手にすることができたら、さぞ自己肯定感もQOLも爆上がりだろうよ。

食後のデザートは特別な物だった。

誕生日のお祝いは何歳になるまでは素直に喜べるだろうか。

今はまだこうしてプレートを目の前にして笑顔でいられる私がいるから少しほっとした。

君の屈託のない笑顔を見ていると私までつられて笑顔になる。

食後ははち切れんばかりのお腹を抱えて川沿いを散歩した。

君はコンビニで買ったお酒の缶を手にしてご満悦だ。

その横を申し訳ない程度に寄り添って歩く私はちょっと悪いことをしている気分になってそわそわした。

夜に街中を歩くなんてほとんどしたことがなかった。

私にとって君との時間はあまりにも刺激的で街頭の灯りは眩しかった。

帰り際、本音が言い合えていたかは分からない。

だけど、私が君を想うように、君が私を想って考えてくれた言葉のひとつひとつが忘れられずに今も心の中でふわふわと存在している。

また会えるかな、なんて思ったら迷惑かな。

危ない危ない、うっかり恋するところだった。

でも、願うくらいは許してね。

君が別の彼女といても幸せでいればそれでいい。

また会う日まで、元気でね。

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