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彼が彼女を好きになったのと、彼女が彼を好きになったのと、どっちが先ですが?

 およそ6、7年前に、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』というSFラブコメが流行りました。
 もしかしたらあなたも、たとえ観た(読んだ)ことはなくても、名前くらいなら知っていたかもしれません。
 
 わたしはその頃、今よりもっと子供でしたが、読んでみて、ぼろぼろと涙を流したことを覚えています。
 そして、今思い返してみると、わたしたちの人生にも重なることがある、と言いますか、参考にできる点があると思いましたので、解説します。
(もう何年も経っているので、ネタバレありきで解説しますが、ネタバレが嫌いな方はご注意ください)
 

 
 この物語では、主人公がヒロインに一目惚れして、熱烈なまでに燃え上がり、運命的な恋をします。いつまで愛し合いたいと願います。
 
 しかし、それは30日間しか続かない短い恋でした。
 
 彼女の進む時間が逆だったからです。
 つまり、主人公がはじめて出会った日は、彼女にとって最後に会えるお別れの日となり、
 主人公のはじめてのキスは、彼女にとって最後のキスでした。
 
 なぜそうなるのでしょうか?
 それは、主人公とヒロインは別の次元で生きているのですが、5年に一度、30日間だけ、別の次元の存在と接触することが可能になるからです。
 
 主人公とヒロインはその短い時間だけ交流し、愛情を深めていきます。
 しかし、自分が相手のことを愛おしく思えば思うほど、相手は自分のことを知らないのです。
 そして、それは双方向に働きます。
 
 わたしは、この物語を読んだとき、悲しくて悲しくて、ほんとうに泣きじゃくりました。
 なんで、こんな悲しい、救われない話にするんだよぉ! と作者に怒りをぶつけたくなりました。
 
 しかし、今思い返してみますと、ふたりはとても幸せだったんだなあ、と思ったのです。
 
 ふたりはどんなカップルよりも幸福でした。
 なぜなら、彼らは、自分たちが深く愛し合える未来を確信できていたからです。
 
 基本的に、現在の出会いに対して評価を与えるのは、未来の自分です。
 運命の人だと思った人が、実は結婚詐欺師かもしれませんし、はじめは嫌いな奴だと思った人と、もしかしたら結婚するかもしれません。
 
 現在の出会いがどのような結果に結び付くのかは、未来になってみなければ、分かりません。
 
 コーチングでは、未来が近づいて現在となり、現在が過ぎ去って過去になります。
 そして過去は、未来によって評価が与えられます。
 
(引用開始)
 
 過去が幸せだったのか、それとも不幸だったのか。それを決めるのは、過去に起こった出来事そのものではなく、現在のあなた自身の解釈なのです。
 たとえどんな不幸な過去を過ごしていても、現在の幸福にたどり着くための伏線だと感じられれば、過去を肯定できるのです。
 であるならば、さらにこう考えることもできます。
 現在のあなたは、すごく不幸な状況に陥っているとします。今が不幸ならば、過去も不幸になってしまいますよね。一見、いかんともしがたい状況に見えるかもしれません。
 しかし「現在」も、「未来」から見れば「過去」の一部です。つまり現在の解釈は、未来によって決めることができるのです。
 


(引用終了)

 
 物語のふたりも、本来は未来にならなければ、自分たちが愛し合うことなど分からないはずでした。
 
 しかし、幸運なことに、彼らの時間は逆でした。
 
 逆だったからこそ、相手が未来で自分を愛してくれることを、深く確信できたのです。
 なぜなら、相手にとっての未来であり、自分にとっての過去では、相手は自分を深く愛してくれていたことを、知っていたから。
 
 ふたりは自分たちの出会いが「運命の出会い」だと確信できました。
 そして、それこそが、他のなにものにも変え難い幸福なのだと、わたしは思います。
 
 わたしは、ふたりが一緒にいられる時間の大小に、あまり意味はないと思います。
 なぜなら、ふたりの命が尽きるほど寄り添おうとも、せいぜい数十年程度だからです。
 
 30日と数十年。
 地球の雄大な時間にとっては、どちらも大して変わりません。
 どちらも、地球の時間からすれば、悲しいほどに短い時間です。
 
 だから大切なのは、どれだけ深く通じ合うことができたか。
 それこそが幸福で、たとえ一瞬であろうとも、深く愛し合うことができるなら、それは永遠になるのでしょう。
 
(引用開始)
 
Queenの映画で感動したものの1つに「誰が永遠に生きたいと願うのか?(Who wants to live forever?)」があります。
 
僕らのための時間も僕らのための場所もどこにもない。

誰が永遠に生きたいなどと願うのか、という一見すると絶望的な歌詞ですが、Butという逆説のあとに(英語の例にもれず)重要な秘密が開陳されます。

But touch my tears with your lips,
しかし君の唇で僕の涙に触れてくれたら、

Touch my world with your fingertips,
君の指先で僕の世界に触れてくれたら、

And we can have forever,
僕らは永遠を手にする

And we can love forever.
僕らは永遠に愛し合える

Forever is our today.
永遠とはこの瞬間のことなんだ

 

 
(引用終了)
 
 わたしは、彼らに見習いたいと思います。
 
 運命の人かどうかは、未来が決めます。
 だから、現在をどう評価しようとも、未来になった瞬間、その評価はひっくり返ります。
 
 なぜなら、未来の自分と、現在の自分は明らかに別人だからです。
 
 たとえば、あなたも昔は好きではなかったものがあると思います。
 そして、今その過去を思い返してみると、なんで、たかが「面倒くさい」という感情だけで、あの出会いを(機会を)ふいにしてしまったんだ……!
 
 そう後悔することもあったかと思います。
 
 ならば、「この人嫌いだなぁ」とか、「この人と会うの面倒だなぁ」という現在の評価は、あまり意味がないことを分かってもらえるはずです。
 
 むしろ、今現在、嫌っているひとたちこそが、未来のあなたに、大切なギフトを与えてくれるかもしれません。
 そして、そういう機会は、意外と少なくないとわたしは個人的に思います。
 
 つまり、今現在の評価で、他者との出会いを過小評価するのは、損でしかないということです。
 
 誰だって、「運命の人」は逃したくはありませんよね。
 ならば、することは一つでしょう。
 その出会いをこぼさないためには、すべての人との出会いを「運命の出会い」だと思えばいいのです。
 
 以下、元ネタを紹介します。
 
(引用開始)
 
メンターの受講生から、「運命の人とはどうやったら会えますか」というような質問をいただきました。

この回答はシンプルです。
「次に会う人が運命の人」だと考えることです。

ポイントは自分のマインドセットなのです。自分の心が変われば、宇宙は変わるのです。
次に会う人も、その次に会う人も、その次の次に会う人も全員、「運命の人」です。
 
そうやって出逢いを大切にしていくことです。これは出逢いを大切にしましょう!!!というような道徳ではありません。

いわば、重要なSecret(秘訣)であり、宇宙の書き換え方です。
 
わらしべ長者ではないですが、ささやかな出逢いとそこでのささやかな交換(交歓、情報交換)がどんどん自分自身というアセットを大きくしていくのです。
そこでのポイントは相手を「運命の人」だと考えることです。
自分にとって本当に重要な人だと。
(ちなみに、偉大な人というのは、僕が知る限りでは、このマインドセットをナチュラルに持っているように思います。一瞬しか微笑みを交わす程度なのに、前前前世からやってきたような空気感と情熱でコミュニケーションを取ってきます。濃密なんです。濃密で稠密なんです)。

 

 
引用終了)
 
 すべての人との出会いを「運命」だと思えば、自分のことを芯から変えてしまうような、そんな衝撃的な出会いができるかもしれません。
 主人公が通勤電車で見かけた女性に、一目惚れしたみたいに。
 
でもきっと、これは違う。そういうのとは、度合いが違う。この人だ、という直感がわけもなくあった。
(南山高寿)

 
 少なくとも、相手との出会いを避けている人よりは、ずっと確率は高いでしょう。
 
 しかし、過去から時間が流れていると思ってしまうと、なかなかこの考えは呑み込めないかもしれません。
 
 多くの人は、はじめに過去があって、その次に現在があって、最後に未来があると、そう思いがちです。
 
 でも、時間なんて本来は存在しないのです。
 
 もっと言えば、時間なんて流れていません。
 そして、その文脈で述べるのであれば、過去も未来も存在しないのでしょう。
 
 https://ameblo.jp/matoinoba/entry-10981069378.html

 
 この感覚は、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』を真剣に観てみると、もしかしたら掴めるかもしれません。
 
 この物語では、自分にとっての過去が、相手にとっての未来です。
 彼女は5歳のときに、35歳の彼に一目惚れします。
 しかし、彼女が惚れた瞬間には、すでに35歳の彼は彼女に惚れていました。
 けれど、彼が彼女に一目惚れしたのは20歳の時で、その時にはすでに彼女の方が先に惚れていたのです。
 
 はてさて。
 この場合、彼が彼女を好きになったのと、彼女が彼を好きになったのと、どっちが先ですか?
 
 これは、過去とか未来とかを軸に考えてしまうと、ドツボに嵌まってしまいます。
 
 ていうか、わたしも分かりません。
 どうなるんですか、これ。
 
 ひとつ言えるのは、彼と彼女が愛し合うことは、すでに確定していた、ということです。
 
 未来はすでに確定されている、という感覚はコーチングでも非常に重要だとわたしは思います。
 むしろ、それこそがエフィカシーであり、ゴール達成の臨場感ではないかと思います。
 
 わたしがゴールは、すでに情報空間では確定されている。
 ただ物理がまだ追いついていないだけ。
 
 そういう感覚を持つことができれば、すでにゴールは達成したも同然で、あとは自動運転に任せるのみです。
 とはいえ、そうなったら、また新たなゴールを設定しなければならないのですけれどね。
 
 なので、運命の人と愛し合いたいのなら、既に「運命の人と出会い、恋に落ちる」という未来は、確定されている、と思えばいいと思います。
 そして、すべての人との出会いを「運命の出会い」だと思って接してみませんか。
 
 それを、人はもしかしたら移り気というのかもしれませんが、わたしは“機を見るに敏”と言いたいです。
 
 それでは、また。
 またね、ばいばい。


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